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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
309/507

62-5

 深い森の片隅で、向かい合う男女がいた。


 月明かりに照らされた女性の横顔は晴れやかで、真っ赤な長い髪を後ろで結んでいた。その髪には桃色の牡丹の花の簪があり、花びら一枚だけ色が違う。真っ赤に染まっているのは一枚だけで、大きく薄い花びらを幾重も重ねた毬のような小さな牡丹の花の簪は美しい。

 目の前にいる人物を見上げて、灯が言った。


「わざわざ来てくれて、ありがとう」

「仕方がないさ。灯や透に振り回されるのは慣れている」


 優しく言った人物の声は低く、優しさが滲む。

 真っ黒な着物を被っているから、声や雰囲気から想像する。灯より背が高くて、肩幅は広い。のど仏があるのは垣間見えて、男性だと思われる人物は灯の頭を優しく撫でた。


「大きくなったな」

「子供扱いしないで。そんなに年は離れていないでしょ」


 それに、と言いながら、灯の赤い瞳は顔の見えない男性を見つめる。


「これ以上は、大きくならないわ。どれだけ頑張っても、無理なものは無理」


 闇に溶け込む深い色の着物の袖を回しながら、灯は男性の手から逃げるように身を翻した。男性に背を向けて、空を見上げて息を吐く。


「私ね、愛されていた自覚はあったよ」


 語り出した灯に男性は何も言わず、ただ黙って傍に居た。


「千年の月日を灯として生きて、沢山の人に愛された。私も愛して、かけがえのない人達と出会えた。それがどれだけ私の心に光を宿したか、分かってくれるでしょう?」

「…ああ」

「私は十分に満たされた。皆のおかげだね」


 歩き出せば影に入り、灯は足を止める。


「千年前の選択で、私は大きな過ちを犯した」

「俺達の過ちだ」

「じゃあ、私達で。その過ちの償いは終わりを告げ、新たな選択を迫られる。どんな結末を迎えようと、光を消させはしない。もう二度と――光を手放しはしない」


 言い直した灯に強い光が宿り、男性は月の下から動き出した。振り返らない背中に近づき、その肩を叩く。


「今度は一人じゃない」

「…そうだね」

「透を仲間外れにしたら、生涯恨まれるぞ。お前達はいつだって一緒にいて、仲が良かっただろう?俺ならまだしも、透を仲間外れにするのは良くない」


 言い切った男性を見上げて、灯は笑みを零した。

 二人共空を見上げて、綺麗な満月と星々を眺める。静かで穏やかな空気が流れて、強い風が吹いて近くの花びらが舞った。まるで光を宿しているような花びらが灯の髪に付き、男性はそっと手を伸ばす。


「どんな魔法も、愛の前には障害にならない。愛し愛される力こそが魔法の根本にあり、愛する想いは強い魔法。愛に敵わない魔法はない」

「父様の声真似が本当に上手。まるで本人に言われているみたい」


 灯から一歩離れて、男性は誰もいない空間を見つめた。

 茶化そうとする灯から目を逸らして、言葉を重ねる。


「愛し愛された想いは、受け継がれて生き続けた。千年前とは違う結末が訪れる。例え灯が俺達を置いて行っても、俺も透も忘れない」


 口を閉ざした男性の隣で、灯は唇を噛みしめた。

 泣きはしないが、涙は浮かぶ。悲しくて、苦しいと訴えながらも、それを口にはしない。深呼吸をして、男性の腕を引っ張った。手を繋いで、二人で月明かりの下に出る。

 まるで踊るように回って、灯は明るく微笑む。


「そう信じられるから、私は行くの」

「そうだよな」

「皆を巻き込むけど、許してね。透にもリリアにも謝れなかったけど、いつか伝えて。私の想いを、私が愛していたことを」


 言いたいことを言って、自然と足を止めた。

 牡丹の簪を外して、髪が揺れる。

 腰まで伸びた髪は一瞬で解けた。月の光の下では一層美しかった髪の色も、瞳の色も黒く染まる。その姿は別人で、灯とは違う人物に見えた。

 髪と瞳の色が違うだけで、印象ががらりと変わる。


 灯ではなく、亜莉香と瓜二つの姿があった。それこそが本来の姿であるように、堂々とした灯は簪を男性に差し出して言った。


「全てを託すよ、兄さん」

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