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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
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62-3

 ヨルもフミエも、亜莉香の事情は知っていた。

 大まかにピヴワヌが話したと言い、説明しなくていいのは助かった。お互いに事情があるからこそ、ヨルは自分のことは自分で始末をするつもりだったようだが、話し合いの結果で情報収集は協力。その後も話し合って決めることになった。


 亜莉香も外に出るつもりが、一人宿に残されて暇だ。

 フミエは仕事があるので、昼過ぎまで戻って来ない。ヨルとピヴワヌは二人で外に出て、一緒に行こうとしたら止められた。リーヴル家の本家の近くを探るのに、隠密行動を可能か問われれば、出来ないに決まっている。足音や気配を消して行動するなんて、考えたことすらない。

 早々に無理だと決めつけられて、ピヴワヌには絶対に外に出るなと念を押された。


 近くに精霊はおらず、こたつを満喫して外の景色を眺める。雪景色が綺麗で、溶け始めた雪の輝きも美しい。所々覗く緑の葉があり、名の知らない小さな赤い実もあった。年月を経た竹垣は雪を被り、広すぎない中庭を独り占めする。


 十分に休息を得た。美味しいご飯を食べて、お腹は膨れている。予定外ではあったがピグワヌのおかげでよく寝て、温泉にも浸かって体力も疲労も回復した。

 寝てしまいそうだと欠伸を零して、肩の力を抜いた。


 外を眺めながら両腕を枕にして、今後の行動を考える。

 この土地を知るためでもある情報収集は、外に出た二人に任せるしかない。ついでに壊れた武器の新しい代わりと、ヒナと連絡を取るための紙鳥を頼んだ。下手に精霊の力を借り、イオと同格の先代巫女に気付かれるとことを考慮すると、亜莉香の行動に制限がかかる。

 精霊経由でイオにも連絡を取りたかったが、今のところは見送りだ。

 ヒナからの連絡がない以上、待つしかない。


「やることがない」


 誰にも聞こえない独り言を零した。

 暇すぎて後ろに寝転がると、不意に思い出したのは胸元に忍ばせていた物。うつ伏せに変えて、いつだって持ち歩いていた二つの品を並べてみた。


 透から貰った髪飾りの花びら二枚は黒で、何も変わっていない。時々魔法を使うようになったが、亜莉香の魔力が溜まる気配はないようだ。色が変わって道標になるなら今こそと思えたのに、役に立ちそうにない。


 もう一つは、リリアから手渡された金色の手鏡。菖蒲の花が描いてある蓋を開けると、見慣れた顔が映る。何の変哲もない鏡で、やることがなさ過ぎて安直な考えを実行した。

 いそいそと立ち上がって浴室に行き、置いてあった桶を水で満たす。

 部屋に戻るとこたつの上に置き、手鏡を水に沈めた。


「水の中に鏡を入れて、水鏡なんて――」


 無駄だと分かった上で、能天気に口走った。

 瞬く間に鏡の表面が微かに光り、水面が波打ち、映す景色が変わる。水の精霊が近くにいるわけでもないのに、青い光を宿した水に少年二人の顔が映る。


 水鏡を通した対面に、お互い凝視した。

 紫と茶色の髪色を持つ少年達は、目を丸くして叫ぶ。


「「客人!」」

「えっと…ムトくんとテトくんは、相変わらず元気そうですね」


 意外な人に繋がってしまった。セレストにいるはずの少年二人は、全く変わっていない。十歳には満たない年齢で、それぞれ黒に近い灰色と、髪と同じ茶色の瞳を持つ。落ち着いている亜莉香とは対称的に、興奮して瞳を輝かせた二人は喋り出した。


「魔法の力だ!客人は凄い魔法を使えたのだ!」

「我々より凄い魔法を使えるに違いない!」

「「素晴らしい!」」


 尊敬の眼差しを受け、亜莉香は言葉に詰まった。偶然でもなければ、想定外の魔法だったと言える雰囲気じゃない。今更何を言えばいいのだろうと、ぎこちなく笑う。

 短髪でたれ目のテトを押し退けて、後ろで髪を結んでいたムトが話し出す。


「客人に会えたら、言いたかったことがあったのだ!」

「そうだ!まずは言うべきことがあった!」

「何でしょうか?」


 ムトも前に出て、水鏡に顔が迫る。

 心なしか身を引いた亜莉香には気付かず、せーの、と声を合わせた。


「「ありがとう!」」

「え?」


 亜莉香は間抜けな顔になり、少し照れたように二人は笑う。


「手紙を書いても良かったが、それでは俺達の気持ちが伝わらない」

「つまり顔を合わせた今この時こそ、お礼を伝える最優先事項」

「客人が来た日から、住み心地が抜群に良くなった」

「メル姉の怒る回数が減った」

「メル姉は魔法の訓練をしてくれる師匠を見つけて、今も外で自主練をしている」

「師匠は知っての通り。客人の友達の、増えた居候の一人で俺達の仲間だ」

「トオルは俺達の気持ちをよく分かってくれる。この前だって、悪戯に一役も二役も買ってくれた。ふざけて我が家に来る貴族を追い返すのが、どれだけ楽しかったことか」

「悪戯に引っかかった顔は無様だったな。リリア姉さんが悲しい顔をしていたから、今後は控えると誓った。とても優しいリリア姉さんには、迷惑をかけられない」


 聞いてもいないのにムトとテトは早口で言い、同時に深く頷いた。

 我先に重ねた言葉で、セレストにいる人達の様子を知る。トオルは呼び捨てなのに、リリアは姉さんと呼ばれているのは少し面白い。亜莉香のことを覚えている事実に笑みを浮かべ、ガランス以外の場所の人達は覚えていると確信した。

 元気そうで、素直に嬉しい。


「毎日楽しそうですね」

「楽しくて仕方がない!一番楽しかったのは、秋にトオルと森を探険した時。途中で林檎の木を見つけて山ほど持って帰ったら、リリア姉さんがお菓子を作ってくれた!」

「それは楽しかったじゃなくて、美味しかっただろ?あの時はトオルが、見事に鳥を撃ち落としたのを覚えてないのか?綺麗な水の矢で一直線に、俺もあんな魔法が使いたい」


 トオルに憧れるテトを見て、ムトは意地悪く言う。


「テトの魔法なら、氷じゃなくて頑丈で重い土の矢だな。それじゃあ鳥は撃ち落とせない」

「毒を作り出すムトなら、そもそも矢を作り出せもしないさ。せいぜい付与で我慢だろ?」

「土人形しか上手に作れない奴に言われたくない。俺の魔法だって、ここに住む連中以外なら最強だ。何故か、ここに住む連中には通用しないけど」

「感が良くて、誰も罠に嵌ってくれないよね。俺が作った落とし穴なんて、メル姉が上に氷の山を作った後に、二人で塞ぐ羽目になったのは嫌な思い出だよ」


 子供らしく言い合ったかと思えば、途中から暗い反省会だ。

 孤児院シエルに住んでいる子供だから、二人もそれなりの魔法は使えると思っていた。話を聞いている限り、他の面々には敵わないと、瞳を伏せたムトとテトは語った。

 気を取り直して、亜莉香は訊ねる。


「因みに、透とリリアさんは近くにいますか?」

「いや、今日はいない」

「何でも偉い人に呼ばれて夜まで帰らない。今朝になって警備隊の人が迎えに来て、急いで家を飛び出した。おかげで昼はエイミが一人で作ると張り切っている」


 丁寧な説明を付け加えたテトの表情が、途中から曇った。現実を見たくと言わんばかりに僅かに視線を下げ、その肩をムトは優しく叩く。


「エイミが手伝いなら、良かったな」

「本当に。エイミが張り切り過ぎているから、メル姉も強くは言えなかった。エイミの作るご飯はまずい。本当に美味しくない」

「それを俺達が本人に言った日には、丸焦げにされる」


 両手で顔を覆ったテトを、ムトが大袈裟に慰める。

 どう頑張っても、二人の気を紛らわせる会話が思い浮かばない。いつまで続くか分からない水鏡で何を話せばいいか考えると、不意にテトが顔を上げた。


「ムト、客人に俺達の傑作を見せないか?」

「それはいい。ついでにエイミを呼んで来て、少しでも昼飯を作らせないようにしよう」

「メル姉には話す?」

「いや、邪魔をしたら怒られるぞ。エイミだけ、すぐに呼んで来よう」


 勝手に話を進めて、亜莉香を置いて二人は慌しく消えてしまった。

 一息ついた亜莉香は取り残されて、首を傾げる。以前に出会った時と変わらずに接してくれるのは気が楽でも、まさかムトとテトと話すことになるとは思ってもみなかった。


 水面に触れようとして、淡く青い光が弱まる気がして手を止めた。

 姿勢を戻そうとすれば、一つの影がひょっこりと水面に割り込んだ。

 次から次へと、現れる顔が変わる。さらさらと細く艶やかな濃紺の髪が揺れて、横に流している前髪から覗く青いサファイアの瞳が亜莉香を見るなり弧を描く。


「あら、アリカ。ご機嫌は如何?」

「…ネモ?」

「そうよ。私が挨拶したら、変かしら?まあ確かに、ここはシエルの浴室。私は普段、足を踏み入れる場所ではないけど、最近は子供達と遊ぶ程度に仲良くなったのよ」


 言いながら水面に手をかざし、見えていた角度が変わった。

 浴槽の縁に肘をついたネモフィルには、相変わらずの美しさがある。上半身しか見えないが大きな胸を強調する着方をしていて、呆然とした亜莉香に優しく微笑む。


「ついさっきまで、透やリリアと共に領主の家にいたの。不思議な気配を感じて様子を見に来たら、まさかアリカに会えるとは思わなかったわ」

「ネモ」


 もう一度名前を呼ぶと、実感が湧いて堪えていた感情が溢れた。

 何も知らないムトやテトには言えなかった。亜莉香の今の立場を、ガランスにいる多くの人達に忘れられている事実を。時間はないと分かっているのに、精霊であるネモフィルには何でも話せる。話を聞いて欲しいと、ネモフィルの頬の辺りの水面にそっと触れる。

 深呼吸して、亜莉香は言う。


「力を、貸してください」

「アリカ?」

「お願いします」


 声が震えて、涙が零れそうになった。

 同じ精霊とは言え、ピグワヌとは違う。護人の自覚のある透や、千年も時を止めていたリリアとも違う。関わり方も、考え方も、何もかも違うからこそ、無意識に頼れる存在として選び、水鏡は繋がったのかもしれない。

 冷たい水を感じながら、水鏡越しに見つめ合う。


「私に力を貸してください。ネモフィル」


 名前を呼ばれたネモフィルが目を見開き、小さく水面は波打った。

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