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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
305/507

62-1

 扉が閉まる音で、意識が呼び戻された。ふかふかの布団の中は気持ちが良い。いつまでも寝ていられる気分で身体を丸めて、横向きになった亜莉香は反対側に目を向ける。


「…あれ?」


 障子越しの色が明るい。

 時計のない部屋にこたつはなく、隣には綺麗な状態の布団が一組。誰もいなくて静かな部屋に気付いた途端、飛び起きて辺りを見渡した。


「ピヴワヌ?」


 名前を呼んでも、真っ白い髪の少年も兎の姿もなかった。

 勢いよく布団から出て、和室への襖を開ける。焦った亜莉香の瞳に映ったのは、こたつに座って寛ぐヨルの姿。蜜柑を剥いていた手が止まり、お互いに驚いて暫しの無言が支配した。


「…おはよう、ございます?」

「おはよう。よく寝たな。ピグワヌなら、ここにいるぞ」


 ここに、とヨルが指差したのは、こたつの毛布の丸い膨らみ。よく見れば尻尾だけ出ていて、隠れているのか見つけて欲しいのか分からない。

 何も言わずにいなくなったわけでなく、近くにいて安心した。

 こたつに寄って、膝を抱えてしゃがむ。


「起こしてと頼んだのに」

「アリカが起きそうだと言って、慌てて隠れようした結果がこれだ」

「言うな!」


 布団越しの声はくもって、兎は尻尾を揺らしながら叫ぶ。


「約束を破ったのは儂だ。怒られる覚悟なら出来ている!」

「そういう割に隠れるから、格好がつかないのですよ」


 怒る気が失せて、ひとまず兎を引っ張り出した。

 両手で耳を抑える兎は、腕の中に収まっても顔を上げようとしない。座り込んだ亜莉香が撫で続けると、怒っていないと伝わり話し出した。


「もう朝になってしまったが、ヨルから話を聞くか?」

「そうしたいのは山々ですが、一度身なりを整えますね。せめて顔を洗って、口に何かを入れたいです。私は昨日の昼から、何も食べていないのですよ」


 肩の力を抜き、一部始終を聞いていたヨルに問いかける。


「少し時間を貰っても、よろしいですか?」

「好きにしてくれ。俺は動かないからさ」


 蜜柑の白い皮を全て綺麗に取ろうとしていたヨルは、途中で一粒を口に入れた。


「フミエからの伝言で、着替えを浴室に用意してある。好きに使って欲しいそうだ。ここの温泉は疲労回復にも効くからさ。ゆっくり浸かって、飯でも食いながら話すのはどうだ?」

「そうさせて頂けると、とても有難いです」


 なんて素敵な待遇だろうと思いながら、ピヴワヌを畳に下ろした。

 隠し持っていた小瓶を取り出して、こたつの上に並べる。それぞれ色の違う小瓶を、寝返りを打った時に割らなくて良かった。使いものにならなくなった小刀を置く前に、鞘から抜いてみる。変わらない刃こぼれがあり、これでは他の武器が必要だ。どこかで武器を手に入れることを考えつつ、そっと鞘に戻した。

 他に武器や薬は持っていないか、着物の上から身体を叩く。

 浴室に持って行く意味のない物は、信頼出来るピグワヌに託すことにした。


「頼んでもよろしいですか?」

「構わん。他にはないな?」

「煙幕はピヴワヌに預けてありましたよね?それなら、これだけかと」


 小瓶を一カ所にまとめて言えば、眉間に皺を寄せたヨルが口を挟む。


「物騒な物を持っていたな」

「この若返りの薬と惚れ薬は儂が作ったぞ」


 こたつの上に飛び乗ったピヴワヌが二つを引き寄せ、自慢げに腕を組んだ。


「効果は抜群だ」

「あとの睡眠薬と身体が痺れる薬。ただの唐辛子入りの液体は魔法薬ではありません。トウゴさんの知り合いの方から頂きました」


 一つずつ指を指しながら、微笑んだ亜莉香は説明した。最後に残った無色透明の小瓶を手に取り、少し困った表情を浮かべる。


「これだけは、効果不明なのですけどね」

「誰かから貰ったのか?」

「全く違う。アリカとトウゴが色々混ぜて、出来上がった結果だ。儂は捨てようとも思ったが、使い道がないとは限らないからな」


 素早く小瓶を奪ったピヴワヌが、そっと元の位置に戻した。

 じっと亜莉香を見つめて、はっきりと言う。


「儂の許可なく、絶対に飲むな」

「分かっています。暫く飲むつもりはありません」

「暫くと言ったな!やっぱり儂が持つことにする!お主に持たせたら危ない!」

「危なくないですよ?それにほら、いつかは実験が必要でしょう?」


 冗談半分で言えば、ピヴワヌが小瓶を隠す。隠そうとしても姿は兎であり、囲うのには限度があった。あまりにも必死な姿が可愛らしい。口元を押さえて、必死に感情を抑えようとしたが無理だ。

 可愛くて抱きしめたいと思えば、わなわなと震え出したピヴワヌが叫ぶ。


「可愛いなんて言われたくないわ!」

「まだ言っていませんよ?」

「五月蠅い!お主の考えなんて、言われなくても通じるのだ!」


 こたつの上で地団駄を踏むピヴワヌに、我慢出来なくなって手を伸ばした。

 ぎゅっと抱きしめても、そう簡単には静かにならない。隙を見て逃げようとするので、逃がさないと言わんばかりに力を込め、そのまま立ち上がった。


「折角ですから、一緒にお風呂に行きましょう」

「行かん!風呂ぐらい一人で行け!」

「最初の頃は一緒に入りましたよね?久しぶりに身体を洗いますから」

「儂が水を好きじゃないのを分かって言っているだろ!おい、放せ!ヨル、止めろ!儂は風呂になど行きたくない!」


 騒ぐピヴワヌを抱えて、足取り軽い亜莉香は浴室に向かう。ヨルの引き止める声があれば、振り返ったかもしれない。片肘を頬に添えてヨルは二人を見送り、楽しそうだな、と呆れた呟きは、亜莉香には全く聞こえなかった。

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