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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
302/507

61-3

 大きな兎の背の背に乗って、亜莉香は林の奥へ行く。


「誰もいませんね」

「精霊共はいるではないか」

「それはそうですが、精霊以外の姿はありません。これだけの精霊がいれば、案外簡単に、ヨルさんを見つけられる気もしたのですが」

「この土地に精霊が多いと言っても、自由気ままだからな。精霊の行かない場所もある。何より人の区別のつく精霊が、多いとは限らん話だ」


 それもそうかと、亜莉香は相槌を打った。

 呑気な亜莉香とピヴワヌの会話に、後ろにいたフミエが遠慮がちに口を挟む。


「あの、私は本当に…精霊様の背に乗っていてよろしいのですか?」

「はい?」

「私でしたら歩けますし、精霊様に乗せてもらうのはおこがましくて」


 間抜けな返事に対して、フミエの声は段々と小さくなった。

 当たり前のようにピヴワヌの背に乗った亜莉香とは違い、フミエは最初から申し訳なさそうだった。突然現れた兎に驚きもしたし、その兎の大きさが瞬時に馬や牛程度になれば身を引いた。

 それが普通の反応なのだと、改めて考えさせられたくらいだ。


 この場に、ヒナや狼はいない。

 勝手にすればと言い残して、ヒナはどこかへ行った。狼はヒナの後を追い、移動手段がなくなって、雪の積もる林の中に置き去りにされると困り果てたのが数十分前の出来事。


 その後に悩んだのは数秒で、即座にピヴワヌに目を向けた。

 嫌な予感を感じたピヴワヌに、背中に乗せて欲しい、とお願いした。まだ朝にはならない時間帯で、闇雲に探し回るのは危険。その点ピグワヌの背にいれば、ルグトリスに遭遇しても逃げ切ってくれる。


 段々とピヴワヌの正体を知る人間が増えていると、文句を言われたが聞き流した。あまりにも大きすぎる姿では動きにくく、適当に走るのは疲れると言われて速度は遅め。のんびりと林を歩きながら、精霊様呼びされたピヴワヌは調子に乗る。


「儂の心は広く、お主らを乗せるぐらい動作もない。後で菓子と酒を献上するのだな」

「それは勿論です。このお礼は必ず」

「話の分かる小娘だ」


 満足そうに言い、菓子と酒を想像しているピヴワヌの気持ちが伝わった。

 ヨルのことを見つけるより、山ほどの菓子と酒が貰えると今から期待している。余計なことまで意志疎通してしまうのは仕方ないとしても、優先順位は考えて欲しい。どんな物が貰えるか、胸を膨らませるピヴワヌに、亜莉香は思わず釘を刺す。


「さっさと、ヨルさんを見つけましょうね」

「分かっておるわ。だがしかし、ここらへんに人の気配はないな」


 ようやく真面目に答えて、ピヴワヌは足を止めた。

 木々の隙間から光が差し込む林を、亜莉香も眺める。夜の明るさに慣れて、それなりに見えても何の変哲もない林だ。ふらりふわりと精霊の姿が見え隠れして、時折傍にやって来る精霊の話に耳を澄ますが、有力な情報は得られない。


「この近くにはいないのでしょうか?」

「ヨルの魔力は覚えているが、全く痕跡がない。魔力を消しているなら追いかけられんが、狭間の中には残っているかもしれん。ヨルは狭間を行き来する珍しい人間だ。儂らはそっちから探してみるか?」


 ピヴワヌの提案に首を縦に振らず、亜莉香は疑問をぶつけた。


「ヨルさんは影渡りだったのですか?」

「古い言葉を知っているな。まあ、それだ。リーヴル家には稀に生まれていると、儂は随分前に聞いたことがある。狭間の中まで追いかける人間がいるとは、ヨルも思うまい。わざわざ気配を消す真似はしないだろう」


 話をまとめて、ピヴワヌは身体の向きを変えた。


 光の少ない方向へ、迷わず進んで木々の影を踏む。

 暗闇に包まれたかと思えば、目の前に灰色の世界が広がった。どこまでも果てしなく続く狭間の中で、振り返れば水溜まりように一カ所だけ色が違う。

 透き通る白さが揺らぎ、消えてしまった。

 出口は別の場所だと認識した亜莉香と違い、フミエは不安そうに身を寄せる。


「私達、ここからちゃんと出られますか?」

「心配しなくても大丈夫です。ピヴワヌがいる限り、迷うこともなければ、外に出られないこともありませんので」

「時間の流れだけは分からん。ここからは走るぞ」


 返事も聞かずにピヴワヌが駆け出し、亜莉香の頬を風が撫でた。

 雪のある寒さと違って、狭間の中は涼しい。何もない場所だけど、暑いこともなく快適な温度で過ごせる。笑みを浮かべたのは無意識で、真っ直ぐに前を見据えた。


 顔を上げている亜莉香の背に、フミエの温かさを感じる。

 狼の背に乗っていた時は、同じようにヒナにしがみついていたに違いない。よく引き離されなかったな、と離れた今だからこそ思う。


 黙ってヒナのことを考えていると、亜莉香とピグワヌの瞳に同じ人影が映った。

 うつ伏せの状態で、左手で腹を押さえて倒れている男性がいた。

 緋色の髪が目立つ。着物は鮮やかな深紅で、黒の袴。右手は日本刀を握りしめて、くせ毛のある髪や着物に枯れた葉をつけて動かない。

 男性の元に到着するなり急停止したピヴワヌに、フミエは声を上げた。


「ヨル様!」


 掴んでいた腕を解き、亜莉香よりも早く降りた。駆け寄れば体の向きを変え、ヨルの頭を膝の上に乗せる。背中しか見えないフミエの表情は分からないが、その声は震えた。


「ヨル様、起きて下さい」

「ん…」

「ヨル様」


 泣きそうなフミエに名前を呼ばれて、ヨルが反応した。

 僅かに手が動いたのが見え、亜莉香もピヴワヌの背から下りて傍に寄る。フミエの隣に立てば、眉間に皺を寄せていたヨルは目を開けた。


「フミエ…だけじゃないから、これは夢か」


 ため息交じりに呟いて、ヨルが再び目を閉じようとする。

 その前にフミエの涙が頬を伝った。瞼に当たった水滴に気付くなり、熟した蜜柑のような瞳に焦りが浮かび、一気に慌てたヨルが飛び上がった。


「な、泣くな!夢でも泣くな!」

「夢じゃない、です」

「いや、でも――」


 現実を信じていないヨルの首に両腕を回して、フミエはしがみついた。一瞬だけ身を固くしたのはヨルから、離れないと言わんばかりに力を込める。


「ヨル様がご無事で良かった」

「フミエ?」

「本当に、もう会えないかと思って――」


 途中で泣き出して、今まで堪えていた感情を吐き出した。ルグトリスに襲われて助かった時より感情を露わにして、泣きながらヨルの名前を何度も呼ぶ。


 ようやく実感を覚えたヨルが、ゆっくりとフミエの背中に腕を回す。小さな子供を慰めるように、優しく慣れた手つきで背中を擦った。

 大丈夫だと声をかけるヨルに、フミエは頷いても泣き止まない。


 ほぼ同時にピヴワヌと一歩下がろうとして、ヨルが顔を上げた。

 気まずい。真っ直ぐに見つめられて、亜莉香は目を逸らそうかとも思った。何とか堪えて、咄嗟に口から出たのは小さな挨拶だ。


「…こんばんは」

「フミエが夢じゃないと、アリカとピヴワヌも現実か」

「儂らが邪魔なら一時撤退するぞ」


 何気なくピヴワヌが言い、少し驚いたヨルが笑みを零す。


「邪魔じゃない。悪かったな、わざわざ足を運ばせて」

「全くだ」


 首を横に振った亜莉香と違い、ピヴワヌが言い返した。

 何故か人の姿に変わると、腕を組んで堂々と言う。


「礼なら菓子と酒で良い」

「ここでも、それを言いますか?」

「何を言う。ヨルを見つけ出しただけでなく、今日は色々と頑張ったではないか。儂だけじゃなくお主も、そろそろ休息を得るべきだ。そのためにも菓子と酒が必要だ」

「結局はピヴワヌが食べて飲みたいだけではありませんか?」


 呆れた亜莉香が言って、ピグワヌが舌を出して見せた。

 これはもう何が何でも菓子と酒を手に入れる算段をつけていて、亜莉香には止められそうにない。頭が痛くなって片手で押さえると、わざとらしく具合が悪いか聞かれた。


 ヨルが小さく笑い出して、亜莉香とピヴワヌの言い争いは止まった。

 泣いていたフミエが落ち着きを取り戻して、涙を拭う。その間に首元から懐中時計を取り出したヨルは、蓋を開けて時刻を確認した。

 一瞬だけ表情を消して、顔を上げると明るく言う。


「腹減ったし、そろそろ帰るか」

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