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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
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01-2

 そこの人、と言われて、亜莉香は周りを見渡した。傍には誰もいないことを確認する。おそるおそる振り返れば、階段の下、亜莉香を見上げる一人の少年がいた。


 黒に近い、焦げ茶の瞳を持つ、同年代の顔立ちの少年と目が合う。


 臙脂色の着物に、紺色の袴姿。少しつり目で、太陽の光で赤く光って見える明るい茶髪。前髪は短めで、後ろの髪は肩より長く、首の後ろの位置に紺色の髪紐で束ねていた。草履を履いて、腰には日本刀。

 瞬きを繰り返す亜莉香に、少年がもう一度口を開く。


「そこで何を――」

「トシヤ、遅い!」

「え、ちょ!ルカ、トシヤくんじゃ――」


 ない、と言おうとした言葉は、亜莉香の背中の方で聞こえた。

 振り返ろうとすれば、髪を巻き込んで、頬に何かが当たった。音もなく頬に当たった何か、認識できなかったクナイは焔を纏ってはおらず、目の前の階段に落ちる。


 音を立てて、階段下まで落ちたクナイ。

 亜莉香の髪の毛が数本、風に揺られて地面に落ちた。


 ほんの数秒、何もかもが止まった。


 一瞬で、血の気が引いた。


 それ以上振り返る勇気はなく、一歩も動くことが出来ない。もし後ろを向いていたら避けられたかもしれない、なんて思えるはずもなく、ただただ驚きで顔が引きつる。


「わ、私は…」


 掠れた声で、何かを言おうとした。何か言わなければいけないのに、それ以上の言葉が出ない。傍にいる少年も亜莉香同様に言葉を失っていて、たった数秒の出来事なのに、長い時間のようにも感じてしまう。


 声が、上手く出せない。

 頭の中が真っ白で、何も言えない。


 亜莉香が右手を喉に当てると、また別の声が聞こえた。


【ミツケタ】


 耳元で囁くように、雑音のような声がした。

 ゆっくりと、身体の向きを変えて、亜莉香は声が聞こえた隣を見上げる。


 真横には、黒い人の形をした何かが立っていた。

 大きな包丁のような、真っ黒で鋭い何かを頭上よりも上に掲げ、最初から隣に立っていたかのように存在している。不気味で、得体の知れない何か。

 黒い何かの、顔のある部分を見た途端、感じたのは恐怖だ。


 怖い。

 怖くて、堪らない。

 怖くて逃げ出したくても、一歩も動けない。

 身体はまるで凍りついたかのように固まって、心臓だけが五月蠅いくらい脈打った。頭が痛くて、呼吸が乱れる。視線を逸らせば襲われそうで、悲鳴を上げるのも忘れた。


【ミツケ――】

「意味の分かんねーこと、言ってんじゃねーよ!」


 雑音を掻き消すように、トシヤ、と呼ばれていた少年が言った。

 トシヤは腰に身に付けていた日本刀を鞘から抜くと、迷うことなく階段を駆け上り、黒い何かに斬りかかる。黒い何かは振り上げていた包丁で、日本刀を受け止めた。

 たった一度の攻撃を受け、黒い何かは境内の方に逃げ出す。


 ほっと安心した亜莉香の全身から力が抜けた。身体のバランスを崩した亜莉香の肩をトシヤが引き寄せ、一緒に座りこむ。

 息を吸っては、深く吐く。少しずつ、頭痛は消えて行く。

 必死に落ち着きを取り戻そうとする亜莉香に、トシヤが問う。


「大丈夫か?」

「…はい」


 下を向きつつ、何とか答えた亜莉香を確認して、トシヤはすぐに立ち上がった。そのまま走り出して、先に黒い何かと戦っていた少年少女に加わる。


 亜莉香はそっと顔を上げて、トシヤの後ろ姿を目で追った。


 トシヤの持っていた日本刀は、とても美しかった。黒い何かに斬りかかる直前に、一瞬で焔を纏った日本刀。その刃は銀色で太陽の光を反射していて、柄は金と黒の紐で固く結ばれている。


 トシヤが持っている武器だけでなく、少年少女の武器も焔を纏っていた。


 黒い何かはそれぞれの武器で傷を付けられる度に、黒い煙のようなものが出て、一回りやせ細っていく。包丁を振り回す黒い何かに、誰よりも多く攻撃を仕掛ける少女に向かって、トシヤが叫ぶ。


「ルカ!お前、一般人を巻き込むな!」

「わざとじゃない!」

「事故だよね、事故」

「当たり前だろ!」


 叫び返しながら、少女、ルカのクナイが黒い何かに突き刺さった。

 黒い何かはクナイを軽々と抜き、投げ捨てる。投げ捨てられたクナイを放置して、別のクナイで何度も攻撃を仕掛けるルカと、タイミングを見計らって斬りかかるトシヤを置いて、もう一人の少年が亜莉香の傍にやって来た。


 近くで見れば見るほど、美少女に見える少年は、にっこりと亜莉香に笑いかける。


「災難だったね。頬の怪我、大丈夫?」

「はい…」


 小さく頷いた亜莉香の前に、少年は袴を汚さないように気を付けながらしゃがみ込む。小刀はいつの間にか手の中から消えていて、しゃがんだ仕草は女性そのもの。驚く亜莉香を気にせず、少年はじっと亜莉香の瞳を覗き込む。

 真っ直ぐに見つめられ、少年の深い緑色の瞳に、戸惑う亜莉香の姿が映った。


「君は不思議だね…全然魔力を感じない」

「ま、りょく?」

「そう。誰もが持って――」

「「ルイ!!!」」


 トシヤとルカが同時に名前を呼んだ。

 話の途中で名前を呼ばれた少年、ルイがちょっとだけ驚いた顔になり、亜莉香から視線を外して、身体の向きを変えた。戦っている二人に笑いかけ、右手を振りながら大きな声で言う。


「なーにー?」

「何で休んでいるんだよ!」

「一人だけいなくなるな!」


 トシヤとルカに睨まれ、ぷう、とルイは可愛く頬を膨らませた。


「着物が汚れるから、あんまり無茶したくないんだよ?」

「だから女装を止めろ、と言っているだろうが!!」


 ルカの言葉に、ルイは何も言い返さず、肩を竦めてみせる。けれどもすぐに仕方がない、と言わんばかりに立ち上がると、ゆっくりと黒い何かに向かって歩き出した。

 ルイは歩きながら、小刀を手に持ち直す。


「じゃあ、僕とトシヤくんが交代ね。トシヤくん、あの子の傍にいてあげてよ」

「なんで俺が!?」

「いいから、いいから」


 言い終わらないうちに駆け出したルイが、トシヤと入れ替わるように戦いに加わった。場所を取られて、トシヤが不満そうな顔になり、大人しく亜莉香の元へやって来た。


 亜莉香とトシヤの目が合ったのは一瞬。


 すぐに視線を逸らされ、トシヤの日本刀に纏っていた焔は徐々に弱まり消えた。日本刀を鞘に戻し、亜莉香の真横に腕を組んで立つ。

 トシヤがルカとルイの方に視線を向けたので、亜莉香も二人の様子を伺う。

 黒い何かは、ルカとルイに挟まれて逃げる隙を伺っている。ゆらゆらと揺れて、包丁を手放さずに立っている黒い何かに、ルイは小刀の先端を向けた。


「ルカ、今日は魔法で終わらせない?」

「…ったく、そうするなら早くそうすればいいのに」


 ぶつぶつと文句を言い、ルカも右手に持っていたクナイの先端を黒い何かに向ける。

 クナイを持つルカと、小刀を持つルイが視線を合わせて、同時に武器を空高く掲げた。

 掲げた途端、黒い何かの真上に、小さな赤い光が見えた。

 小さかった光が焔の塊となって少しずつ大きくなり、直径一メートル程の大きさの塊となった。神社の気温は増し、緊張感も増す。


 亜莉香の背中を、汗が伝う。

 それは暑さのせいだけじゃなく、緊張とこれから起こることへの恐怖。

 一体どうやって現れたのか。どうしてそんなことが出来るのか。色んなことを理解出来ずに、顔が真っ青になる。


「あれ使うなら、最初から使えばいいだろ」


 亜莉香の心情などつゆ知らず、トシヤが小さな声でぼやいた。

 ルカとルイの瞳は自信に満ち溢れ、瞳に映るのは黒い何か、それだけだ。

 武器を振り下ろしながら、二人の声がやけに静かに発せられる。


「「【降り注げ】」」


 赤く光る焔が、数センチの焔の玉が黒い何かに向けって何個も勢いよく降り注いだ。それは大粒の雨が地面に叩きつけられるように、黒い何かだけを狙う。

 焔の玉が当たる度に、黒い何かが押しつぶされて小さくなっていく。


「今日はいつもよりしぶとい奴だな」

「そうだね。こんな場所まで入り込む奴だし、強い方かもしれないね。神社の結界を後で貼り直した方がいいとは思うけど」

「確かに」


 ルカとルイは一歩も動かず、少しだけ悲しそうな表情で黒い何かを見つめていた。

 黒い何かは、頭上からの攻撃を避けきることなど出来ない。ルカとルイがいて、逃げる事も出来なくて、おぼつかない足取りで一定の空間の中を彷徨っているみたいだ。

 背の高かった黒い何かが、亜莉香の腰ぐらいまでの大きさになる。

 顔が真っ黒で目なんてないのに、亜莉香の方を振り返るような素振りを見せた。


 目が、合った。


 前にどこかで見た人のような、知り合いに似ているような。ほんの一瞬だけ見えた、男なのか、女なのかも分からない人と目が合った気がした。

 そんな気がした途端に、黒い何かは最後の力を振り絞って亜莉香の方に走り出す。

 その動きは予想出来ず、逃げようにも身体は動かない。


 傍にいたトシヤは慌てることもなく、身に付けていた日本刀に手を伸ばした。

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