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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
298/507

60-5

 ヒナの隣に並んで薙刀を構えれば、素っ気ない声がした。


「もう少しで味方が来るから。何もしなくていいわよ」


 戦おうと意気込んだ亜莉香にヒナは言い、剣先を下ろした亜莉香は素直に訊ねる。


「ヒナさんにも味方がいたのですか?」


 隣にいるピヴワヌが盛大に吹き出した。笑わせるようなことを言った覚えはなく、勝手に笑い出して顔を背けたピヴワヌを無視して、ヒナが言い直す。


「敵じゃない奴らが来る。私の立てた作戦は中止するわ。どうせレイに乗っ取られた時点で、魔法を発動するのは無理だった。日を改めて、何とかする」

「何とかって」

「あの魔法を使って、レイが私の目の前で消えるのは確実なの」


 確信ある言い方をして、遠くを見つめた。

 その視線の先にはレイがいて、亜莉香に口を挟めさせずに続ける。


「遠くない未来で、レイはこの世界から消える。それを見届けるのが私の義務。これからやって来る彼女は、レイに操られた男の闇を払う。レイには逃げられるけど、私はそれを追う。全ては決まっている出来事なの」

「未来を、見たのですか?」


 半信半疑だった言葉をぶつけると、扇をしまったヒナが答える。


「正しくは見るではなく、読む。見ただけでは未来は変えられない。未来を読み解くことが出来る人間は、先読みと呼ばれる稀有な存在。言葉に宿る力を、人は疎かにするべきではないわ。言葉は武器に、心を傷つけも救いもする」


 静かに語るヒナに、いつの間にかピヴワヌは黙って耳を傾けた。


「どんな言葉だって、想いを宿せば力になる」


 そっと口を閉ざしたヒナは顔を上げて、空を見上げる。

 綺麗な星空を亜麻色の瞳に映し、小さく呟いた。


「――来たわ」


 狼の遠吠えが響いて、誰もが動きを止めた。

 木々の間を抜けて、真っ黒な狼が空を駆けるように飛んだ。トシヤとシンヤの上を飛び越え、呆気に取られたレイに激突する。


 誰も止める暇はなかった。それなりの高さまで上がったレイの身体は、呆気なく落ちた。

 酷い音がして、手足が動かない。髪で顔が隠されて、死んでいるわけではないと分かっていても、その姿は死体に見えた。

 途中で平然と歩くのをやめた狼はヒナにお辞儀をして、亜莉香は呟く。


「容赦ないですね」

「あれぐらいなら、儂でも出来るぞ」


 それはやめて、と対抗意識を燃やすピヴワヌに心の中で返した。

 爽やかな風を連想させる緑色の美しい瞳を持つ狼は、見覚えがある。ヒナと一緒に現れることのある狼で、その背中で何かが動いた。


「もう、いいのー?」


 聞き覚えのある可愛らしい声がして、亜莉香は狼の背を凝視した。

 ひょっこりとフルーヴが顔を上げて、辺りを見渡す。亜莉香を見つけると瞳を輝かせて、軽々と飛び降りると、両手を前に出しながら駆け寄った。


「ありか!」

「フルーヴ?」

「ただいま!」


 腰を落とした亜莉香に、うふふん、と言いながら女の子姿のフルーヴが抱きついた。褒めてと見つめられると頬が緩んで、亜莉香は抱きしめ返す。


「おかえりなさい。帰って来てくれて、ありがとう」


 お礼を言えば、照れくさそうな笑い声がした。いつまでも抱きついていそうな雰囲気に、ピヴワヌがフルーヴの頭を叩いた。


「さっさと離れろ」

「いたーい!」

「五月蠅い。黙れ。アリカからは離れろ」


 思いっきり頬を引っ張られて、フルーヴの泣き叫ぶ声が響く。

 亜莉香が間に入ろうにも、怒っているピヴワヌが怖い。今は任せようと着物の裾を払いながら立ち上がると、もう一人、狼の背に乗っていた少女が勢いよく身体を起こした。


「もう!早すぎて舌を噛むところだった!」

「…梅ちゃん?」


 名前を呼べば、にやっと笑った梅と目が合った。

 なんで、と訊ねる前に、大きく手を振った梅が大声で言う。


「呼ばれて来ちゃった!」

「今すぐ帰れ、人参娘!」


 梅の登場を信じたくないピヴワヌが叫んで、フルーヴを手放す。

 尻餅をついたフルーヴが逃げるように亜莉香の後ろに回り、足にしがみついた。ため息を零したヒナは傍観者になり、ピヴワヌと梅の言い合いが始まる。


「何よ!私は亜莉香に呼ばれたから来たの!帰るなら、そっちが帰れ!」

「儂が主の傍を離れるわけがないだろ!馬鹿娘!」

「馬鹿って言った方が馬鹿なの!」


 馬鹿を連呼する二人に、誰も何も言わない。

 突然の乱入者に状況が変わって、トシヤもシンヤも言葉を失っている。ナギトは操られたままで振り返りもせず、梅が身を低くした狼から飛び降りた。


「そこでよく見てなさい!この私が今から、華麗に闇を払うのよ!」

「出来るものなら、やってみろ!」


 指差して宣言した梅に対して、ピヴワヌが舌を出して見せた。

 言い返そうとした梅が奥歯を噛みしめ、背を向けてナギトに向かう。その足は途中で止まって振り返り、亜莉香に噛みつくように言う。


「亜莉香!今すぐに糸を切って!」

「えっと…私が、今ですか?」

「他に誰がいるの!」


 有無を言わせない雰囲気に、それ以上の質問が出来なかった。

 目を凝らせば、今の糸はナギトとレイの間に見える。亜莉香が薙刀片手に踏み出す前に、ピヴワヌが手を掴んで引き止めた。

 その瞳は梅を睨みつけ、深く息を吐くと叫ぶ。


「我が主に命令するな!」

「友達としてのお願いでしょう!」

「知るか!」


 子供の喧嘩が終わらない。

 そっと右手を上げて、亜莉香は会話に割り込む。


「そろそろ、喧嘩をやめませんか?」

「「まだ――」」

「やめないなら、私にも考えがあります」


 声を低くすると梅の顔色が悪くなり、ピヴワヌは黙った。追い打ちをかけるように、亜莉香は微笑んで、言葉を重ねる。


「喧嘩を続けてもいいですよ?私は後で、セリカさんの所に行きますね。二人に暫く甘いものを与えないように、セリカさんに頼むことにします」


 にっこりと言えば、二人の態度が一変した。梅の肩がビクッと上がって、申し訳なさそうな顔になる。ピヴワヌは手を離して、一歩離れて視線を下げた。


「引き止めて、悪かった」

「ごめんなさい…亜莉香、糸を切って貰ってもいい?」


 ほぼ同時の謝罪を受け入れ、亜莉香はフルーヴに声をかけて踏み出した。

 ピヴワヌが後ろをついて来て、糸の前に到着すると迷うことなく薙刀を振るった。ぷつんと切れた糸を見て、梅を振り返る。


 ふらりと前に倒れたナギトが日本刀で身体を支えて、片膝をついた。

 焦点の定まらない瞳に光が戻り、やって来た梅を見上げる。


「誰…だ?」


 擦れた声で訊ねたナギトを見下ろして、仁王立ちになった梅は息を吸い込んだ。


「この――間抜け野郎が!」


 知らない女の子に叱られたナギトは目を見開き、何も言い返さない。ただただ茫然と梅を見つめる。誰もが見守る中で、梅は胸を張って叫んだ。


「先に何も言わなくなったのは、ナギの方でしょ!」

「え?」

「自分の感情を押し殺して、何も言わなくなった!シンが貴方に何も言わなかったのはね、巻き込めば復讐しようと考えるから!復讐に囚われて、ナギが闇に落ちないように、ずっと気にかけていたから!」

「ちがっ」

「違わない!ちゃんと周りを見ていれば、その優しさに気付けた!笑って前を向いて歩けるように、気にかけていた人達に優しく出来た! これ以上、目を背けるのをやめて!」


 これでも言い足りない梅が、肩を揺らして言い切った。涙を浮かべたナギトを真っ直ぐに見て、掲げた右手は頬を打つ。


 幼い少女とは思えない力強さのせいで、ナギトの首が真横を向いた。

 叩いた本人はため息をついて、願うように言う。


「目を覚ましなさい。反論があるなら、ちゃんと言葉にして伝えて。目を見て話して。私達は気持ちを通じ合える――伝えることを無下にしないで」


 頬を押さえたナギトが、涙を流す姿を初めて見た。

 纏っていた闇が消える。操られていた糸が消える。梅の言葉は届いて、これからはずっとナギトの心に光を宿す。


 泣き顔を腕で隠したナギトから離れた梅は、亜莉香に向けて肩を竦めて見せた。

 華麗とは言い難かったが、梅だからこその言葉に拍手を送りたい。華麗とは何かとピヴワヌは呟き、何だか亜莉香は泣きたい気持ちになった。

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