表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
292/507

59-3 Side由志有

 誰もいないはずの家の中で、物が落ちる音がした。

 聞き間違いかと、玄関で立ち止まったユシアは耳を澄ませる。重たい本が本棚から落ちたような、勢いよく散らばる音もして、夕食の材料を抱えたまま立ち尽くす。


「ユシア?」


 隣にいたキサギに名前を呼ばれて、我に返った。


「どうかした?」


 靴を脱ごうとしない顔を覗き込まれて、思いっきり首を横に振る。

 キサギには聞こえなかったのか。また、何かが落ちる音がした。規則的ではなくて、何かを引きずる音は、重たい棚を引きずる音に似ている。

 不思議なことに、怖くはない。それ以上に気になるのが、音の出処だった。


「キサギには…何も聞こえていないの?」

「うん?」


 顔を見ずに問いかけると、何の話か通じなかった。説明する気持ちは浮かばず靴を脱ぎ、玄関に荷物を置いて、ふらりと音のした方に踏み出す。


 茶の間でも、台所でもない。

 階段やルイやルカの部屋を越えて、一階の奥。


 見えない力に引き寄せられるように辿り着いたのは、一度も中に入ったことのない書庫だった。そもそも、部屋の中は本当に書庫なのか。子供の頃から書庫と言われ続けてきたが、確認したことはない。


 小さい頃に開けようと何度も試みたが開かず、早々に諦めてしまった。一緒に住んでいる誰も開けたことがない書庫の扉は重々しく、様々な花が彫ってある装飾は美しい。


 金古美の持ち手に、そっと手を伸ばした。

 幼い頃は回すことすら出来なかったのに、ゆっくりと回る。


 止まった瞬間、カチャ、と鍵が置く音がした。部屋の中から、聞こえていた音は続く。前に押せば扉が開き、同時に部屋の中に明かりが灯った。


 部屋の中は、書庫と言うより書斎だ。

 壁を埋め尽くす本棚があり、入りきらない本が無造作に詰め込まれている。縦ではなく横向きで本棚の隙間に置かれた本もあれば、部屋の中心の小さな丸椅子に積み重なった辞書のような本もある。

 古い本の匂いは独特だけど、嫌いじゃない。


 書斎を眺めて足を止め、匂いを嗅いで深呼吸を繰り返す。ユシアと同じように玄関に荷物を置いてきたキサギは、後ろから顔を覗かせて部屋を見渡した。


「この部屋、初めて入った」

「私も」

「そうなの?」


 小さく頷けば、今度は書斎の下からはっきりと音が聞こえた。

 ついでに人の声もして、聞き慣れた声が混じっていることに気付く。床下からの音や声はキサギにも聞こえたようだ。顔を合わせると部屋に足を踏み入れて、敷いてあったカーペットの上を進んだ。


 中心にあった丸椅子の下から、聞こえる。

 キサギが本を退かそうとしたので、ユシアも手伝って床に置き直した。

 数冊の本は全て重い。表紙には何も書いてない本ばかりで、とても分厚くて古い本ばかり。全て退かしてから丸椅子も動かすと、ふわふわで柔らかい深紅のカーペットの中に、小さく光る何かを見つけた。

 腰を下ろして、ユシアはその何かを拾う。


 見たことのない、とても綺麗な金の鍵。


 手のひらの中に収まる、古びた鍵は見た目よりも重い。ずっしりとした重みがあって、錆びているように見える。無駄な飾りのない鍵を着物の裾で擦れば錆は消えて、美しい金色が部屋の明かりを反射した。


 鍵に目を奪われる前に、キサギに肩を叩かれる。慌てて鍵を握りしめて、丸椅子をどかした。カーペットに耳を近づけると、聞き間違えることのない声が聞こえた。


「あれ?結構、固いや」

「トウゴ?」

「ユシア?」


 床越しに名前を呼び合った。

 意外な人物の名前を呼んで、ユシアの心に、勝手に家を出て行った家族に対しての怒りが芽生えた。何故床の下から声がするのかなんて、どうでもいい。捕まえて怒鳴りたくて、拳を握りしめれば、呑気なトウゴが話しかける。


「おい、ユシア。多分お前がいると重くて扉が動かせない。ちょっと動いてくれない?」

「なんですって!」


 ムカついたが、キサギに宥められて場所を空けた。

 壁際に寄ると、丸椅子が置いてあった床の一部が抜けた。消えた床の隙間から、安堵を浮かべたトウゴが顔を出す。


「やっと、外に出られた」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。精霊達の案内に従って、ちょっと蜘蛛の巣に引っかかって、面倒な魔法を打ち消して、迷路のような道を抜け出しただけだから」


 あはは、と言ったトウゴの顔がうまく笑えてない。

 急に現れて部屋の中に入ろうとするトウゴを見て、キサギは驚きつつも手を貸しに行く。怒りは消えていないがユシアも傍に行き、胡坐をかいたトウゴを見下ろした。


 何か、いつもと違う気がする。

 トウゴの着物が黒じゃなくて、袴も履いている。格好だけじゃない。いつもより張り詰めた空気を醸し出して、部屋を見渡すと、目の前の何もない空間を見つめた。


 何かを呟いた後、隣に膝をついていたキサギにお礼を言う。

 頬を膨らませて睨み続ければ、トウゴが顔を上げた。へらへらと笑うトウゴと目が合い、その顔は昔から変わらないことに気付く。どれだけ怒鳴りつけても、へこたれなくて笑うのだ。ユシアの機嫌を直そうと馬鹿なことをして、酷い時はトシヤを巻き込んで、怒られて物をぶつけられても笑う。

 非常識な現れ方をしても笑うトウゴに、ユシアは声を低くして問う。


「それで、今までどこにいたの?」

「いやー、色々な所?それより、ここってどこ?ユシアの父親の家?」


 質問を返されて、口角を引きつらせた。ユシアの聞きたかったことは、何も教えてくれない。怒鳴りつけようかと思ったが、その前にキサギが口を挟んだ。


「ここは、皆さんの家ですよ?」

「そうなの?俺、この部屋なんて知らないけど?」

「一階の奥の、えっと…――」

「鍵の掛かっていた書庫よ」


 何とか怒りを鎮めて、行き詰ったキサギに変わってユシアが言った。

 ずっと怒っているのは馬鹿らしい。今は話を聞くのが先だ。書庫ではなく書斎の方が正しい気もしたが、ヤタはいつも書庫と呼んでいた。書庫、と首を傾げて繰り返したトウゴは、部屋を見渡して納得したような顔になる。


「唯一入れなかった、あの部屋か。ここは書斎の方がしっくりするな。繋がっている下の部屋の方が、ヤタさんの言っていた書庫っぽい」

「下にも部屋があるのですか?」

「あるよ。ここより広い部屋で、俺はその奥の通路から辿り着いたわけ。永遠と歩かされるかと思ったけど、案外早く着いたな」

「どこから歩いて来たのよ」


 ぼそっと言って、ユシアは近くにある丸椅子を引き寄せた。トウゴは床に座っているし、キサギはその傍で片膝をついたままだ。床に座るのは嫌で腰を下ろすと、ユシアが座るのを待ってから、両手を後ろに置いて背中を伸ばしたトウゴは話し出した。


「あのさ、俺がどこで、何をしていたかは詳しく言えない。それは許して欲しい」

「まだ許さない」

「そのうち、許してくれよ。それより先に言わないといけないことがあって、俺、さっきまでは領主の家にいた」

「「え?」」


 驚いたユシアとキサギの声は同時で、トウゴは気にせず話を続ける。


「領主の家から隠し通路を通って、俺はアンリ様と一緒に下の書庫に辿り着いた。領主の娘であるアンリ様、分かるよな?それと、お付きが三人一緒だ。この家を見に来たから、一晩泊めさせて欲しい。無理なことを言っているのは分かるけど、今夜だけは領主の家に帰すわけにはいかなくて、適当に話を合わせて協力してくれると助かる」

「急に…何を言っているの?」

「アンリ様には、俺が案内するまで下の書庫で待つように言ってある。トシヤとユシアが許可してくれるなら、下に戻って、ここまで連れて来るから」

「ちょっと待って!急に、そんなこと言われても」


 頭が混乱して早口で言えば、トウゴは姿勢を正した。深々と頭を下げる姿に言葉を失う。


「頼む」

「でも――」

「今夜だけでいい。今夜泊めさせてくれたら、明日の朝には今までのことを説明する。俺だって、いつまでも家に帰れないのは辛い。ちゃんと話したい」


 だから頼む、と言った。

 頼まれたのはユシアで、キサギが様子を伺っている。どうすればいいのか、全く分からない。どんな理由があって、領主の娘であるアンリを連れて来たのか。どこで知り合ったのか。どうしてそんな話になったのか。


 聞きたいことは山のようにあるのに、質問はしなかった。

 息をゆっくりと吸って、深く吐いて言う。


「私だけで、決めていい話じゃないと思うの」

「…うん」

「けど、トシヤがいたら断りはしないと思う。知り合いだし、トウゴがそこまで必死になるのに、駄目だとは言わないと思うわ」

「そうだな」


 お互いにトシヤのことは分かっているから、トウゴにもユシアの気持ちは伝わったはずだ。顔を上げたトウゴは微笑んで、肩の力を抜いた。


「ありがとう。トシヤには、俺からちゃんと話をするから」

「そうして、私は説明出来ないもの」

「だよな。悪いけどキサギ、夕飯を頼めないかな?適当でいいから」

「適当、ですか?」


 無理なお願いに、キサギが困った顔をした。適当と言われても、夕食を出す相手は領主の娘。適当な物は出せない、と考えているキサギの心情は手に取るように分かる。

 トウゴだけは全く理解していなくて、立ち上がりながら言った。


「キサギの得意料理でいいよ。食材を買いに行く必要があるなら手伝う。その前にトシヤに話がしたいけど、茶の間にいる?もう帰って来ているよな?」

「えっと…その」


 当たり前のように尋ねられて、ユシアは何となく腰を上げた。


「あのね、ちょっと言いにくいのだけど」


 ユシアが話し出せば、キサギも立ち上がった。全員が立ち上がった中で、両手を握りしめて、言いづらいと思いながら話し出す。


「私とトシヤは、今日もトウゴやピグワヌ様を探していたの。こんな風にトウゴが帰って来るなんて、全然想像してなくて」

「うん?」

「それで、そのね」


 一文字一句を丁寧に。何も知らないトウゴに、はっきりと伝わるように続ける。


「今日の昼間、私達も領主の家に足を運んでいたの」

「へ?」

「トシヤが警備隊に捜索を頼もうと言い出して、シンヤ様に会いに行って。話が済んで私は先に帰ったけど、トシヤは今も警備隊の訓練に混ざっているはず。夕飯までには戻ると言っていたけど」


 段々と小さくなって、首を傾げた。


「トシヤに会ってない?行き違い、になったのかな?」


 瞬きを繰り返す間抜けな顔に問いかけると、口が開いては閉じた。

 暫くトウゴは何も言わなくて、呆然としたまま言う。


「それじゃあ、トシヤは?」

「まだ帰って来てないの」

「まだ?」

「まだ」

「まだ帰ってない、と」


 信じきれない言葉を繰り返したトウゴの表情が、現状を認めたくないと物語る。

 どうしようかなー、と瞼を閉じて、空を仰ぐように上を向いた。


「巻き込まれても、俺のせいじゃないけど。今から連れ戻しに行っても遅いだろうな。余計なことして、ピヴワヌ様に蹴られなきゃいいけど」


 聞こえた呟きの意味を知らず、ユシアもキサギも首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ