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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
291/507

59-2

 馬の鳴き声と駆ける音が遠くで響いて、亜莉香の身体は震えた。

 灯のことを考えている暇はない。レイじゃない誰かが来たのは分かる。誰が来たとしても、レイが来る前に追い返す。


 邪魔をしたら容赦しない、とヒナは言っていた。

 封印に巻き込まないためとは言え、事前に話し合った時に、どんな手を使うのか、聞ける雰囲気じゃなかった。ピグワヌが穏便に追い払うとも胸を張ったが、それは少し信じられない。本気じゃないにしろ、精霊であるピヴワヌが追い返すために手加減をするかどうか。

 不安を覚えて、亜莉香は真横をちらりと見る。

 考えていたことが伝わった。腕を組み、頬を膨らませたピヴワヌと目が合う。


「儂とて手加減ぐらい出来るぞ」

「どんな風に、ですか?」

「まあ、手足が折れる程度は許せ。気絶させる時に頭を打っても、それは儂のせいじゃない。受け身を取らなかった方が悪い。さっさと風の魔法で遠くへ飛ばしてもいいが、どこまで飛ぶかは風の精霊の加減で、儂にはどうしようもないな」


 うんうん、と傍にやって来た緑の精霊が頷くように動いた。

 他の精霊まで近くに来て、仕方がないとか、自業自得とか。


 よく話を聞くと、好き勝手に言い合う。邪魔をするのが悪い、と誰かが言った。それが合図となって、我こそが力になると、五月蠅いくらいの声が上がった。

 予想外の展開に、亜莉香は瞬きを繰り返した。

 精霊達は怒っているのだと、ひしひしと伝わる。何に対して怒っているのかは、誰も口にしない。理由が分からないまま、燃やせ、沈めろ、吹き飛ばせ、と不穏な言葉が行き交い始めて、思わず口を挟む。


「えっと…何もしなくていいのですよ?」

「無理だな。こいつら、小さいながらも亜莉香の役に立ちたがっている」

「ピヴワヌなら、止められますよね?」

「止める必要はない。勝手に力になって、満足したら離れる。儂と違って手加減の意味すら知らんが、暴れたところで儂らに危害はない」


 断言したピヴワヌにしか、亜莉香の声は届いていない。

 精霊が加わることは決定事項になって、穏便から遠くかけ離れた気がした。話し合って立ち去って貰いたいと願うのは、この場で亜莉香だけ。ピヴワヌや精霊に期待は難しい。


 もう止められない、とさっさと諦めた。

 ヒナは何をするつもりかと、亜莉香は視線を向ける。

 離れていたヒナがフルーヴに何か言い、大きく頷いたフルーヴは兎の姿で亜莉香の元に戻って来た。ぴょんと手前で飛んで、亜莉香の胸に飛び込む。

 ぎゅっと抱きついて、うふふん、と声を出す。


「フルーヴ、ありかを守るの!」

「急にどうした?」


 呆れたピヴワヌに、瞳を輝かせたフルーヴが振り向いた。


「ありかの方があぶないから、フルーヴは守るように言われたの!フルーヴがいれば、ありかは絶対に安心だって!」

「…誰が、そんなことを言った?」

「ひな!」


 たった一言が、とても可愛く聞こえた。

 元気よく答えたフルーヴが、絶対に離れないと亜莉香にくっつく。頭を押し付ける兎は腕の中に収まり、柔らかい毛並みを撫でると温かい。


 安堵が心を占め、緊張や不安が薄れていく。誰が来たとしても、戦いは避けられない。フルーヴを抱きしめて、唇を噛みしめた亜莉香は顔を上げた。

 馬の駆ける音が近づいて、誰が来たのか悟ったピヴワヌが呟く。


「やはり来たか」


 姿が見えなくても、気配を感じていたに違いない。その姿は一瞬で、大きな兎の姿に変わった。普段の肩に乗る大きさじゃなく、亜莉香を全身で包み込む大きさ。守るように腰を下ろすと、どこからともなく降ってきた赤い着物が亜莉香の頭に被さった。


 見慣れた赤は、ピヴワヌの色。

 精霊達が着物を被せたようで、お礼を言って着物で顔を隠す。着物を預けた本人の瞳はヒナを映して、精霊とピヴワヌに囲まれた亜莉香は前を見据えた。


 無防備にも腕を組み立つヒナの姿を確認するなり、やって来た人達が立ち止まる。


 葉の色。淡い白の混ざった薄い青色。黄色を帯びた鮮やかな朱色の髪が揺れた。

 ナギトとサクマは、警備隊の証である無地の灰色の着物と黒い袴姿。ナギトは元々気難しい顔をしていることが多いが、サクマは建物の燃え盛る様子やヒナを見るなり、普段は浮かべない険しい表情になった。

 濃く暗い紺色と、灰みの黄緑である海松色の瞳の持ち主達は、それぞれヒナを睨みつけてシンヤを守る為に前に出る。


 対して後ろにいたシンヤは優雅に馬に乗ったまま、亜莉香を見るなり微笑んだ。

 深い緑の着物に黒の袴。黒と赤を帯びた橙色の瞳は弧を描き、距離があって表情からしか感情を読み取れない。警戒心は表に出ずに、まるで知り合いに会ったかのように、数メートル先で柔らかな笑みを零して言う。


「曲者が現れたかと思って来てみれば、何やら可愛らしいご婦人方だったな」


 呑気な挨拶に、亜莉香の気が抜けた。

 ピヴワヌも同じ感想を抱き、ため息をつく。ヒナは妖しい笑みを返して、ナギトは無言だったが、サクマだけが耐え切れずに振り返った。


「いやいや、シンヤ様。どう見ても怪しい人ですよ」

「そうか?見た目は普通。いや、それ以上だな」

「見た目は関係ないですから!まず、この状況!この場所に入るなんて、全く普通じゃないですから!何より目の前で燃やされているのは、ご自分の住まいですよ!!」


 段々と大きくなったサクマに、シンヤは軽く首を傾げた。


「最近新しく建て替えたいと、母上がぼやいていたから問題はないだろう?」

「問題ありますから!その考えしか出ないとか、阿呆ですか!!」


 サクマが叫んで、ナギトは心なしか離れた。

 怒られたシンヤは、ふむ、と頷く。納得しているのか、していないのか。全く興味がないとも思える態度で、燃え盛る建物を瞳に映した。

 騒ぐサクマを無視して何かを考え、ナギトの名前を呼ぶ。


「火を消せるか?」

「一応やってみますが――」


 言い終わると同時に、ナギトが何かを呟いた。

 建物の上に、青い光は集まる。その光に向かって赤い精霊が邪魔しに行き、激突すると光を分散した。再び集まろうとする光を、今度は青い精霊が吸い込んでしまう。他の精霊は火を煽ろうとして、特に活躍するのは緑の精霊であり、風を生み出し火の粉を舞い上げた。


 精霊達は、絶対に建物の焔を消させやしない。はっきり見えているのは亜莉香とヒナで、精霊達がクスクスと笑う楽しそうな声が聞こえた。

 眉をひそめたナギトが、淡々と話し出す。


「すみません。俺の魔法でも、この火は消せません」

「冬でなければ、池の水で消せたか?」

「いえ、おそらく別の力が働いています。空気中の水分を集めるのさえ、何かが邪魔をします」


 じろっと建物を睨んだナギトに、何故か精霊達が逃げ出した。

 音程様々な悲鳴を上げて、空高く舞い上がる精霊もいれば、亜莉香やヒナの元に避難する精霊もいる。腕の中のフルーヴでさえ、いつの間にか身体の向きを変えて、ひゃー、と言いながら身体を丸めた。


【…何をやっているのだか】


 頭の中で聞こえた呆れたピヴワヌの声に、亜莉香は苦笑いをするしかない。ちらっとピヴワヌを見れば目が合い、視線を前に戻してから、心の中で呼びかける。


【今のピヴワヌは、シンヤさんにさえ姿を隠しているのですか?】

【まあな。気を抜けば見えるだろうが、今はまだ、姿を見せる必要はあるまい。儂がいるのを感じても、見えぬ限りは余計な詮索をしないだろう】


 なるほど、と相槌を打った。先程からシンヤが亜莉香に向ける笑みには、姿が見えないピヴワヌに気付いていることが含まれるのかもしれない。


 全く動じない亜莉香とヒナを見比べて、シンヤは素早く馬から下りた。

 慌ててサクマも馬から飛び降りて、ヒナに近づこうとしたシンヤの前に出る。腰に身に付けていた日本刀を鞘から抜き、シンヤを後ろに留めた。

 前に出られなくなったシンヤが肩を落とすと、改めてヒナに向き合う。


「初めまして、雪の妖精のようなご婦人。ここは危ないから、早く別の場所に避難してはいかがかな?」

「余計な親切は迷惑よ」


 堂々と拒絶したヒナは、白い扇を広げて口元を隠す。


「私のことより、貴方達の方が早く避難したら?」

「いやいや、ご婦人方を置いては行けない。それに私達は友人の知り合いを探しに来たので、何か知っていたら教えて欲しいのだが?」


 胡散臭い笑みを見て、ヒナの眉間に皺が寄った。

 何も答えずにいれば、シンヤは質問を重ねる。


「探しているのは、トウゴと言う名の青年だ。ご婦人方と一緒に門を越えたと聞いたが、どこに行ったか教えて貰えないか?」

「それを教えたら、ここから立ち去ってくれるのかしら?」

「それは答えかねる」

「邪魔くさい」


 ぼそっと呟いたヒナの本音は誰にも届かず、代わりに扇が茶色に変わった。

 近くの木々に淡い茶色の光が宿り、亜莉香の足元の地面が揺れる。よろめけばピヴワヌが背中を支えてくれて、黙って成り行きを見守った。


 三メートル前後の木々が立ち上がるように、雪を押し退けて地面から根を覗かせた。

 地面の揺れは、根っこが地面から這い出たせいだ。顔はないが、木々は意思を宿したかのようにヒナの傍にやって来て、威嚇するように葉を揺らした。


「これも魔法ですか?」

【植物を操る魔法だな。あの小娘、いくつの魔法を扱えるのだ?】


 思わず口から零れた亜莉香の質問に、ピヴワヌは疑うように返した。

 すぐさま風を切る音がして、ヒナの一番手前にいた木の枝がサクマを襲った。咄嗟に日本刀で払い除けるが、枝は一つじゃない。急に成長した枝が今度は肩を狙って、反射的に枝を切り落とした。


 邪魔をしないように下がったシンヤは、日本刀を手に持ちつつ余裕の笑みを浮かべる。いつの間にかナギトも馬から下りて、シンヤの傍で日本刀を構えた。


「シンヤ様」

「行く手を阻まれたな」


 ナギトの言いたいことを悟って、シンヤが楽しそうに言った。

 木々はゆっくりと動き、ヒナの前に立ち塞がる。わざと一歩前に出たヒナは扇を掲げて、扇に光が集まった。シンヤ達が引く気のない状態で、どうやって決着をつけるのか。それはヒナにしか分からないことだ。

 精霊達の力も借りた本人は、にやりと笑って静かに言う。


「せいぜい私を飽きさせないでよ」

【完全に悪役の台詞だな】


 ピヴワヌの言葉に、亜莉香は内心同意した。

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