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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
288/507

58-4

 一時間後に向かった場所は、東の離れの手前の庭。

 落ち合った人物はカリンではなく、連れ出そうとしていたアンリ本人。


 最低限の警護を付けると言ったカリンの言葉通り、傍に控えているのは二人の警備隊と使用人である一人の少女。警備隊のうち一人はコウジであり、今でも亜莉香の代わりにパンを売っているはずのコウタの父親だ。


 もう一人の警備隊の若い男性と少女は、何度か顔を見たことがあるが話したことはない。どちらもアンリの傍でしか見かけたことがなく、アンリの横にいるのがコウジで、後の二人は一歩後ろに下がっていた。


 誰がアンリの傍にいるにせよ、亜莉香達一行が怪しまれるのは仕方がない。

 灯と顔がそっくりな亜莉香は、あまり顔を見せないように黒い着物を被って、中心にいるトウゴの左隣にいた。偉そうに腕を組むピヴワヌが右隣にいるのは勿論のこと、トウゴを挟んだ隣には、何を考えているのか分からないヒナがいる。亜利香よりも深く着物を被って顔を隠したヒナの背中には、兎の姿のフルーヴが張り付いて妙な膨らみがあり、白い髪の二人に挟まれた亜利香とトウゴは嫌でも威圧感を感じた。


 カリンの友人にしては若く、アンリにとっては知らない顔ぶれ。

 正面から堂々と門を通って庭に入ったが、その時も凄く怪しまれた。亜利香がカリンから受け取った許可証を見せても、中々信じてもらえず、ピヴワヌが喧嘩を売りそうになる始末。結局は入れたが、門を越えるのには一苦労した。


 許可証と言っても紙ではなく、首から下げられる小さな四角い金の飾り。

 領主の家を出入りする者が必ず持っている飾りは、身分証明の意味もある。それぞれ紐の色が違って、必ず裏には領主の家紋である牡丹の花と持ち主の名前を彫る。

 貴族は表に自分の家紋を、使用人や警備隊が刻むのは役職名。

 亜莉香が受け取った飾りは朱色の紐に通されて、裏には名前がなかった。牡丹の花が描かれていたが、それだけだ。表に家紋もなく、友へ、と見落としてしまいそうなくらい小さな文字が隅にあった。


 元は灯の物で、隠し通路の先で必要になる鍵。

 その鍵を扱えるのは、魔力の強い人間でなければいけない。


 本来ならカリンの役目だが、カリンまで姿を消せば周りは不審に思う。そう言われて託されたのは亜莉香だが、許可証兼身分証明である鍵はトウゴに手渡した。


 亜利香は隠し通路の先へは行かない。それはカリンにも話し、ヒナと合流してからも討論したこと。亜莉香が行かないのだから、ピヴワヌも行かない。レイをおびき寄せるためにヒナは残り、精霊を見ることの出来るトウゴにアンリを送り届けるように頼んだ。


 トウゴでも、鍵を扱う十分な資格はあるとカリンは言った。

 納得していないのはトウゴだけだったが、亜莉香が頼み込んで承諾してもらった。アンリと落ち合う前に隠し通路の入口は確認して、場所は把握した。あとはアンリを連れて行くだけとも言えるが、これが案外難しい。


 亜莉香は顔を隠しているので、口を閉ざして一部始終を見守る。

 さて、と場を仕切るようにピヴワヌが口を開いた。


「話は聞いていると思うが、儂らはお主達をある場所に連れて行くように頼まれた者だ。名は名乗らん。どうせ今回限りだ」


 素っ気ない言い方に、アンリがムスッとした顔をした。精霊であるピヴワヌの見た目は、アンリと年が近い。同い年のような存在に雑に扱われ、出会った時から不審がられていては、ますます警戒心を増やすだけ。

 その証拠にカリンと同じ黒い瞳は強い意思を宿して、刺々しく言い返す。


「その前に、許可証を見せてもらえませんか?」

「構わん。トウゴ」


 名前を呼ばれたトウゴは、首から下げていた飾りを外して前に出た。アンリはコウジの名前を呼び、同じく名前を呼ばれたコウジが前に出て、手渡された飾りを眺める。

 表と裏を見て、コウジはアンリの元に戻った。


 眉間に皺を寄せたアンリも飾りを眺めると、コウジ経由で、すぐにトウゴの元へ返って来た。首から見えるように下げ直して、アンリが深い息を吐く。


「貴方達は、確かに母の知り合いのようです」

「儂らは嘘をついてない」

「疑ったことはお詫びします。ですが、どうして貴方達を信用できますか?母に急に呼び出されたと思えば、貴方達に付いて行き、辿り着いた場所を見て来て欲しいと言われました。それも早々に出発して、明日になったら帰って来るように。母からのお願いですので無下にはしませんが、それでも意味が分かりません」


 アンリが真っ直ぐに見たのはトウゴで、ピグワヌ以外では唯一顔を出していた。


「どこに連れて行かれるのでしょう?行き先くらい、教えて頂けませんか?」

「申し訳ないですが、それは言えない約束です」


 微笑んで見せたトウゴは人差し指を唇に当て、ゆっくりと片膝をついた。アンリより少し目線を下げて、はっきりと言葉を続ける。


「ですが俺達はカリン様に頼まれたから、ここに来ました。怪しい人間ではあるけど、悪い奴らじゃないです。それだけは信じてもらえませんか?」


 優しく問いかけると、アンリは少しだけ肩の力を抜いた。ずっと寄せていた眉の皺が減って、仕方がありませんね、と小さく零す。


「トシヤさんの兄弟の言葉なら、信じるしかありません」

「そうそう――あれ、俺自分のこと名乗った?」

「以前、中央市場でお見かけしました。それに灯籠祭りの日に、我が家に来たこともありましたよね?その時は影から、こっそり拝見しました。トウゴさん、で間違いありませんね」


 本人が知らない事実と忘れていた過去の話をされ、トウゴは瞬きを繰り返した。


「間違いはない、です」

「では、貴方のことは信じましょう。失礼ながら、トウゴさん以外の方は存じ上げません。母とは古い友人を通して知り合ったそうですが、今回限りだとしても、やはり名乗って頂けませんか?」


 アンリは亜莉香とピヴワヌ、ヒナを見渡した。ピヴワヌはそっぽを向き、ヒナは着物を深く被る。亜莉香は口を閉ざして、誰も何も言わない。


 言えるわけがない。


 亜莉香のことは忘れているだけだし、亜莉香が名乗らないならピヴワヌは言わない。一時は警備隊に追われたヒナが言うはずはなく、結局は話し相手にトウゴが選ばれる。


「四人共、母の古い友人の知り合いなのですよね?その友人のことは、目的地に向かいながら話してくれますか?」

「それは明日、直接カリン様から話すと言われませんでしたか?」

「それも言われましたが、私は知りたいのです」


 年相応に頬を膨らませて、アンリは唇を尖らせた。

 何も知らないアンリを目の前にして、カリンと口裏を合わせていて良かったと亜莉香は思った。古い友人を話題にすれば興味を持ち、連れて行かれる理由を深くは考えていない。


 トウゴとアンリが仲良く話す。

 その様子で、少しでもコウジや他二人の信頼を得られることを願う。

 隠し通路の入口までは一緒に行けるが、中に入ってしまえば、その先はトウゴが道案内をする。亜莉香やピヴワヌが手助けすることは不可能で、トウゴ一人に負担をかけることになるだろう。どこに続いているのか、誰にも分からない。危険な場所ではなく、その場所はガランスで最も安全な場所だと、カリンは何度も灯から教えられたそうだ。


 今はただ、当時の灯の言葉を信じる。

 どうか無事に辿り着いてくれることを祈る。


 少しの不安を覚えて、ピヴワヌの視線を感じて目が合った。問題ない、と物語る表情を信じる。一緒に行くよ、と近くの精霊が声をかけてくれて、思わずお願いした。トウゴには聞こえたかもしれないが、アンリや他の人には聞こえない。


 アンリのことは、トウゴに任せる。

 亜莉香が立ち向かうべき相手は他にいて、ここから先はヒナとの協力も必要不可欠になる。戦う力は弱くても、立ち向かう力はある。帯の隙間に小瓶を忍ばせ、割らないように意識する。ピヴワヌが作った魔法薬もあれば、胸元の小刀の重みを感じた。

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