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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
27/507

06-2

 魔力を探る、とルイは言った。

 承諾を得ることなく、詳しい説明もなく、買い物を促され、ルイとルカは買い物に付いて来た。手伝う、とルイが名乗り出たものの、二人は時々姿を消して、また亜莉香とトシヤの前に姿を現すことの繰り返しで、手伝いはほとんどしていない。

 必要なものを買い終え、亜莉香とトシヤが住宅街を歩いていると名前を呼ばれた。名前を呼ばれて振り返った亜莉香とトシヤの瞳に、嬉しそうに手を振るルイの姿と、振り回されているようにしか見えないルカの姿が映った。

 早足で追いついたルイが、頬を膨らませて言う。


「ちょっと、置いて行かないでよ。トシヤくん」

「俺かよ」

「言ってみただけ」


 呆れ顔で言い返したトシヤに、ルイはお茶目に片目を閉じる仕草を付け加えた。その様子にルカも呆れ、亜莉香の方を見た。

 亜莉香が持っていた風呂敷を確認して、ルカが言う。


「アリカ、荷物持とうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。トシヤさんの方が、沢山持ってくれていますので」


 ふーん、と言ったルカを見て、ルイが小さな声でトシヤに耳打ちする


「ルカ、少し丸くなったよね」

「確かに」


 頷いたトシヤと、その傍にいたルイを、ルカは勢いよく振り返り睨みつける。小さな声で話していても聞こえたようで、ルカは眉間に皺を寄せてさっさと歩き出した。

 ルイが機嫌を直すためにルカを追いかけたのはそのすぐ後で、亜莉香とトシヤは目が合い、お互い笑みを浮かべながら、ルイとルカの後ろを歩き出す。


 亜莉香とトシヤが雑談をして、ルイはルカを宥めながら家まで帰った。ルカの機嫌が直ったのは、家に帰って冷凍庫の氷菓子を食べてからのことだった。






「それで、本当に魔力を探るのかよ」


 茶の間で一人ソファを占領して、氷菓子を食べながらルカは言った。

 亜莉香とトシヤは台所で、冷蔵庫に買い物した物を入れていた。ルイはルカの目の前でテーブルの上に平らな容器を置き、その周りに文字のような、よく分からない記号を描きながらルイの質問に答える。


「一時的にとは言え、やっと借りられたからね。試さない手はないでしょう?」

「いや、そうだけど」


 渋るように言ったルカに、ルイは描く手を止めて顔を上げる。


「大丈夫だよ。危険な魔法じゃないし、失敗したこともない。描き間違えさえしなければ問題ないから、アリカさんも平気でしょう?」

「そう、だけど。嫌な予感がする」


 勘だけど、と付け加えるように言えば、ルイは不思議そうな顔をした。


「この魔法、簡単だよ?」

「知っている」

「なんで今回はそんなに心配なの?」


 ルイの質問に、ルカは答えられない。ルイはまた記号を描き始め、真剣な表情にそれ以上は何も言えず、ルカは口を閉じて、氷菓子を口に運ぶ。

 話をしていたルカとルイを見ていた亜莉香の手は、いつの間にか止まっていた。

 聞こえた会話と、ルイの持って来た容器や描いている内容が気になる。


「アリカ?」

「え…っと、何でしょうか?」


 トシヤに声をかけられて、慌てて視線を向けた。何か言いたそうな顔で、少し考えてから、トシヤが言う。


「嫌なら嫌、と言っても、いいと思うけど?」

「え?」


 トシヤが言った意味が分からなくて、数秒沈黙が訪れる。何のことだろう、と考えてから、亜莉香はその意味を理解すると、すぐに首を横に振った。


「嫌なわけじゃなく、ちょっと気になって」

「何が?」

「あの、ルイさんが持って来たものとか、描いていることが」


 説明しながら、もう一度視線をルカとルイの方に向けた。ルカが視線に気付いて、顔を上げて目が合う。


「終わった?」

「はい、終わりました」

「ルイは何を描いているんだよ」


 亜莉香が答えると、その後にトシヤが亜莉香の疑問をぶつけた。

 ルカは宙を見上げながら、一言。


「説明、面倒くさい」

「おい」

「ルイが説明するから、終わったらなら座って待てよ」


 ルカに言われた通り、亜莉香とトシヤはテーブルまで移動する。腕を組んでルカがソファに、ルイはその前に座り、テーブルを挟んで亜莉香とトシヤがカーペットの上に座った。

 正座をしてから、亜莉香とトシヤはテーブルの上の容器をじっくりと見た。

 丸く、薄い、金の平らな容器の縁には、ルイが描いている記号と同じような羅列。読むことが出来ない文字のような記号が並び、手のひらがすっぽりと収まる容器の中には、並々と水が注がれていた。

 ルイがテーブルに描き続けているので、水は微かに波紋を作る。

 じっと容器を見つめていたせいなのか、ルカがゆっくりと言う。


「魔力を探る魔道具が、それ」


 それ、と言ったのは、容器のこと。


「魔道具、ですか?」

「そんな呼び方あるのか」

「…なんで、トシヤも知らないんだ」


 言葉を繰り返した亜莉香と同じように、何も知らないトシヤの言葉に、ルカの眉間の皺が増えた。それ以上の説明をするか、悩むルカが口を開く前に、手が止まったルイが勢いよく顔を上げる。


「終わった!」

「ルイ、さっさと説明してやれよ」

「説明いる?」


 ルカを振り返りながら、ルイは言った。ルカにじっと睨まれて、ルイは肩を竦めてから、亜莉香とトシヤに向き直った。


「簡単に説明するね。これは、魔道具」

「それはさっきルカが言った」


 ルイが意気揚々と話した説明に、すかさずトシヤが言った。そうなの、と首を傾げてから、じゃあ、と言葉を続ける。


「この中に、血を入れるとその人の魔力が宝石となって現れます。その宝石を見れば、その人の魔力のことがよく分かる。試しに、トシヤくんが血を入れてみて」

「なんで俺が…」

「血が一滴でも入れば宝石が現れるはずだから、まずは手本が必要でしょう?あ、血を見るのが怖いなら、そう言ってくれてもいいからね」

「怖いわけがないだろ」


 はあ、とため息を零して、トシヤが言った。上手く口車に乗せられ、丸め込まれている。ルイが持っていた小刀を鞘から抜いて差し出し、トシヤが受け取るその前に、亜莉香は口を挟む。


「あの…手本は必要ですか?私の血を入れればいいだけじゃ…」

「いいの、いいの。成功例を見せてからの方が、アリカさんも安心でしょう?」

「それに失敗していたら、アリカが無駄に血を流すわけだろ。別に少し血が出ても、俺は気にしないから」

「いや、でも…」


 引き止めようとしているのは亜莉香だけで、トシヤは乗り気だ。実際は瞳を輝かせて、何が起こるのか、気になっているようにも見えるトシヤを、亜莉香は止められない。

 引き止める理由が思い浮かばず、成り行きを見守ることにする。

 ルカは始終黙って、亜莉香同様に見守るだけ。ルイに促されて、トシヤは左手の手のひらを少しだけ斬って、小刀に血が付いた。


 小刀から、一滴の血が水の中に落ちる。

 たった一滴の血が、水の中で淡く光り出した。

 淡く赤い光が、底の中で光っていたのは数秒。光が収まると、水の中に残っていたのは、真っ赤で、ビー玉ぐらいの大きさの小さな宝石。

 ルイはそっと水の中に右手を入れ、宝石を取り出した。

 亜莉香とトシヤによく見えるように手のひらに乗せる。


「これがトシヤくんの魔力の一部。綺麗だね、透明度が高くて、それでいて鮮やかな赤。絶対に、とは言えないけど。これはルビーかな?」


 疑問形で言い、ルイは持っていた宝石をテーブルに転がした。

 ルイの手前から、トシヤの前まで転がる前に、宝石は再び淡く赤い光を放って、静かに消える。最初から何もなかったように、宝石があった場所をじっと見ていた亜莉香とトシヤは、顔を上げてルイを見る。


「すごいですね」

「どうなっているんだよ」

「うーん…すごくはないよ。こういう魔道具だから、としか言えなくて、仕組みは説明出来ない。トシヤくんの手本で分かったと思うけど、この魔道具があると魔力を探ることは出来るわけ。トシヤくんは、真ん丸の宝石だったけど、人によっては形が歪の人もいる」


 あとは、とルイは間を置く。


「魔法の種類によって、宝石が違う。火の魔法を使う僕やルカの宝石も、やっぱりルビーとかガーネットの赤い宝石だけど、水の魔法を使う人は青い宝石が多いみたい。魔力が強い人ほど、綺麗な宝石であることが多くて、大きさは関係ない、とかね」

「面白いですね」

「面白いでしょう?」


 アリカの素直な感想に、ルイは何度も頷く。

 トシヤとルカが興味の無さそうな顔をしているのに気が付かず、亜莉香はルイに訊ねる。


「宝石の種類は、どれくらいあるのですか?」

「何種類もあるとも言えるけど、同種で名前が違うものもあるよ。最初の国王が持っていた王冠に、ルビーとサファイアとペリドットの三つの宝石が埋め込まれていた、という言い伝えがあって。今でもその三種類が多いけど。種類が一緒でも、色も輝きも全然違うから」


 ルイは段々と早口になった。話をしたくて仕方がないのは亜莉香も同じで、言い伝え、と言う言葉で思い出したのは、ルカから前に借りた本のお話。


「最初の王が持っていたのは、金の王冠でしたよね。王冠の宝石は、真っ赤に燃えるルビーと、青く澄んで水に溶け込むサファイアと、爽やかに吹く美しい緑の風のペリドット」

「そう、それ。一目見ただけで、他の宝石とは比べ物にならないと誰もが感じる、幻の宝石。一度は見たいよね?」

「見たいですね」

「幻の宝石はお目にかかれなくても、簪屋の中には宝石の付いた簪も売っているよ。今度一緒に、宝石を見に行く?」

「是非!」

「…買い物の予定の話じゃなくて。そろそろアリカの魔力を探れよ」


 タイミングを見計らって、ソファに座っていたルカがはっきりと言った。

 はっとした顔になった亜莉香とルイの会話が止まり、肘をついて一部始終を見ていたトシヤは、固まった二人を見る。

 あはは、と先に声を上げたのはルイで、わざとらしく頭を掻く。


「ごめん。ちょっと、忘れていたみたい」

「なんで忘れた?」

「すみません」


 ルカの疑問に、亜莉香が謝った。恥ずかしくなって、視線が下げる。

 あまりにも夢中になって、周りが見えていなかった。両手で少し赤くなった顔を覆う亜莉香の様子に、ルカは深いため息を零して立ち上がる。

 立ち上がったルカはテーブルの前、亜莉香とトシヤの真ん中にいたルイを少し押しのけ、テーブルを挟んでトシヤの前に移動した。座る前に膝立ちになって、テーブルの上に置いてあった小刀に手を伸ばす。

 トシヤの血が微かに付いていた小刀は、誰かが拭いて綺麗になっていた。

 ルカに無言で差し出され、顔を上げた亜莉香は小刀を受け取る。

 持ち方がおぼつかない亜莉香に、ルイは心配そうに問う。


「アリカさん、斬ろうか?」

「いえ、大丈夫です」


 多分、と付け加えて、トシヤを真似して、右手に小刀を持った。左手の手のひら、小指と手首の間を少しだけ斬ればいい、と小刀を当てる。

 深呼吸をして、思い切って小刀を引いた。


「――っ!」


 ざっくりと斬れて、血が溢れる。トシヤみたいに微かに斬る、なんて芸当が簡単に出来るはずもなかった。手のひらから肘に滴る血を見ながら、亜莉香は呟く。


「斬り過ぎましたね」

「馬鹿!血を止めろよ!」


 隣にいたトシヤが慌てて、亜莉香の左手を掴み、着ていた着物の袖で傷を塞ぐ。着物が血で汚れるのを気にしないトシヤに、平然としていた亜莉香は驚いた顔になる。


「大丈夫ですよ?着物が汚れますから――」

「いいから。うわ、ぱっくりやったな」


 亜莉香の言葉を遮って、トシヤは傷の具合を確認した。一度は離したが、もう一度右手で袖ごとぎゅっと傷を押さえる。

 痛い、と思いながらも、溢れ出る血を抑える術を、亜莉香は知らない。

 左手を押さえられ、どうすればいいのか動けなくなった亜莉香を心配したルカが、身を乗り出す。


「アリカ、とりあえず小刀渡せ。危ない」

「あ、はい。どうぞ」


 右手を差し出すルカに手渡そうと、亜莉香は小刀を差し出すが、その前にルイが横取りした。にっこりと笑みを浮かべ、小刀に付いた血を数滴、水の中に落とす。

 受け取る物を失くしたルカが、ルイの行動に呆れた。


「ルイ、お前なあ…」

「だって、アリカさんが流した血が勿体ないでしょう?」


 そうじゃなくて、と言ったルカの言葉を聞かず、ルイはじっと水を見ていた。

 結果がどうなるか気になったが、その結果を聞く前に、玄関の扉が開く音がした。ただいま、と言いながら、ユシアが玄関から話し出す。


「アリカちゃんとトシヤ、そこにいるー?」

「い、いまーす」


 名前を呼ばれて、亜莉香は反射的に返事をした。


「今日ね、早く帰って来られたの。患者さんが少なくて。あら、ルカとルイも帰って来ているのね。じゃあ、今日こそ皆で夕飯を食べましょう」


 うふふ、と楽しそうなユシアは、まだ茶の間に入って来ない。靴を脱ぐのに時間がかかっているユシアに、視線を下げたままのルイが、小さな声で言う。


「タイミングが悪い人が帰って来たみたいだね」

「アリカの怪我がばれたら、やばい」

「けど、ユシアに治してもらうのが一番早いだろ」


 小声でルカとトシヤが言い合い、亜莉香も口を挟む。


「自分で斬った、と言いますよ?」

「ばれるな」

「ばれないはずがない」

「それで通じれば、僕達も安心だけどね。問題を先送りにして解決する気がしない」


 トシヤ、ルカ、ルイの順に言い、必死に考えるが、名案は一つも思い浮かばない。

 ユシアが茶の間の扉を開け、誰もが口を閉ざす。

 静かな部屋を見渡して、不思議そうな顔をした。


「あら、トウゴ以外が揃っているじゃない。珍しいわね。何をしていたの?」


 テーブルの上にある魔道具や記号に視線を向け、ユシアは首を傾げた。今更隠すのは無理だと悟り、いつの間にかルカとルイは正座をしていた。全てが広げたままのテーブルに近づいて、ユシアは魔道具を見つけた。


「これは何?」


 ユシアの言葉に、亜莉香とトシヤ、ルカの視線がルイに注がれる。ルイは一度口を開け、観念してゆっくり話し出す。


「魔力を探る魔道具、かな」

「どうやって使うの?」

「魔道具の中に血液が一滴でも、水の中に落ちると宝石が現れて。その宝石を見ると、魔力を探ることが出来る、みたいな?」


 怒られることを恐れ、慎重に言ったルイの話の途中で、ユシアの顔色が変わった。少し黙って、ユシアはゆっくりと低い声で尋ねる。


「それで、誰の魔力を探ろうとしていたのかしら?」

「えっと、先に手本をトシヤくんで。アリカさんの魔力を探っていたら、ユシアさんが帰って来たところ」


 徐々に小さくなったルイが口を閉ざすと、にっこりと笑いながらも、目だけが笑っていないユシアがテーブルの前に座った。無言で、視線を下げていた亜莉香とトシヤの方を見る。亜莉香もトシヤも、怪我をしている手をテーブルの影に隠そうとしていたが、ユシアの視線が痛い。

 追い打ちをかけるように、ユシアが言う。


「血の匂いがするから、怪我をしているのは分かっているのよ?早く治した方がいいだろうから、二人とも怪我を見せて」

「いや、大した怪我じゃない」

「そうですよ。ちょっと、斬れただけですから」


 ぎこちない笑みを浮かべて言った亜莉香とトシヤに、ユシアは有無を言わせぬ口調で、はっきりと命令する。


「早く見せなさい」


 言い返す言葉を失くし、亜莉香とトシヤは素直に怪我をしている左手をユシアに見せる。

 トシヤの怪我は軽い傷で、すでに血は止まっている。問題は亜莉香の傷の方で、トシヤの着物の袖で押さえていたとは言え、少し動かしただけでまた血が溢れ出す。左手の血が垂れてしまわないように、右手を添えた亜莉香と、ユシアの目が合った。

 笑いかけた亜莉香の瞳に映る、笑みを浮かべているユシアの顔が怖い。

 無言が耐え切れず、亜莉香が恐る恐る口を開く。


「そろそろ、夕飯の支度をしましょうか?」


 そうじゃなくてね、と呟いたユシアが、すう、と息を吸いこむ。

 その息を吐くと同時に、笑っていた顔が一変した。


「貴方達は、何やっているのよ!魔道具なんて知らないけどね、わざわざ怪我をしてまで、魔力を探る必要があるのかしら!ないでしょう!!!」


 バンッとテーブルを叩いて、魔道具の中の水が零れた。一度喋り出したせいなのか、ユシアの怒りは収まることなく増えていく。


「怪我なんか当たり前みたいな顔して、怪我をして馬鹿なの!?当たり前じゃないわよ!心配になるこっちの身も考えなさいよ!!!」


 腹の底からの怒りの声は収まらず、叫ぶユシアの声は大きかった。

 言いたいことが溜まっていたようで、ユシアの怒り狂う声は留まることを知らない。誰もが口を閉ざして、視線は下げたままユシアの怒りが収まるまで黙り込む。


 万事休したと言わんばかりに、亜莉香はこっそりため息を零した。

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