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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
269/507

54-5

 部屋まで案内してくれた女性が紅茶を注ぎ、一礼して部屋を出た。

 テーブルに並べられたのは、真っ白なお菓子ばかり。生クリームを挟んだサンドイッチに、焼きたてのワッフル。粉砂糖をまぶした丸い焼き菓子に、バニラの匂いが香る平らな焼き菓子、ふわふわのシフォンケーキも全て白い。

 ティーカップも白くて、薄く軽い。

 高級なティーカップを口元に運び、亜莉香は熱い紅茶で一息つく。落とさないようにテーブルに戻したのを確認して、隣に座って腕を組んでいたピヴワヌが口を開く。


「それで、儂らを呼んだ理由を話せ」

「呼んだのは一人よ。他は呼んでない」


 偉そうな態度のピヴワヌに対して、淡々と言ったヒナは紅茶を飲んだ。

 全く相手にされないピヴワヌの怒りを感じて、まあまあ、と声をかける。亜莉香の反対側にはトウゴがいて、焼き菓子の皿が目の前を通り過ぎた。


「お菓子でも食べて、落ち着きなよ。ピグワヌ様」

「トウゴ、お主は落ち着き過ぎだ」

「俺はほら、慣れているから」


 ティーカップに手を添えて、紅茶を飲む姿は様になる。

 おそらくトウゴが言いたいのは、この場に慣れていることじゃない。目の前にいる相手に対して落ち着いていることで、目の前のヒナには何も言わない。

 ヒナは一切トウゴを見ず、瞳を伏せてティーカップを置いた。

 揃えていた足を組んで、ソファに背中を預ける。


「…レイ」

「え?」

「昨日、貴方の前に現れた子の名前。私は彼女を、レイと呼んでいるわ」


 ゆっくりと顔を上げて、真面目にヒナは言った。

 レイ、と小さく亜莉香が繰り返すと、小さく頷いて見せる。


「あの子は殺しても、死なないわけじゃない。本当の身体が別にあって、普段は偽りの身体で過ごしているの。そのせいで殺しても死なないように見えていただけ。その偽りの身体は何度も殺されたことで、心が壊れ始めた」


 そっと中庭を眺めたヒナは、深くため息を零す。


「壊れ始めた心は、もう元には戻せない。本当の身体を見つけて殺さない限り、あの子は生き続けて自分の願いを叶えようとする」

「願い?」


 思わず聞き返せば、表情を消したヒナは亜莉香に向き直った。


「貴女がいる限り決して叶わない願いが、あの子にはある」


 それ以上は言わない、と口を閉ざして、ヒナはティーカップを手に取った。

 何の話をしたいのか。何の為に亜莉香を呼んだのか。その理由を聞くか迷っているうちに、隣で黙っていたピヴワヌが口を挟む。


「何が言いたい?」

「…さあね」

「この小娘が――」


 立ち上がったピグワヌの着物を、亜莉香は咄嗟に掴んだ。

 今にも掴みかかりそうなピヴワヌに対して首を横に振り、座るように促す。渋々ピヴワヌは座ったが、焼き菓子に手を伸ばしたヒナは、亜莉香としか話そうとしない。

 ヒナが焼き菓子を食べ終えるのを待って、ピヴワヌと同じ質問をぶつける。


「私がいる限り、決して叶わない願いとは何ですか?」


 ちらっと亜莉香を見て、ヒナは少し間を開ける。


「寵愛よ」

「「え?」」

「主の寵愛が欲しい。それが、あの子の願い」


 亜莉香とトウゴの驚いた声を気にせず、ヒナは言った。もう一つ焼き菓子を口に入れると、懲りずにピヴワヌが問う。


「それが何故――」

「私は貴女の主と面識はありません。どう関係しているのかを、きちんと説明して下さい」


 ピヴワヌの言葉を遮れば、何か言いたそうな視線を感じて無視した。

 亜莉香の後ろで、トウゴがピヴワヌを慰める声がする。お菓子のやり取りをする声もしたが無視して、少しだけ身を乗り出した。

 余裕の笑みを浮かべたヒナも身を乗り出して、声を潜めて話し出す。


「確かに、貴女は主と面識はない」

「はい」

「けど、牡丹の紋章を持っていた彼女は違った。主の寵愛を受けていたのは、貴女と同じ顔で同じ魂を持つ、その彼女」


 思わせぶりな言い方をして、ヒナは亜莉香を指差した。


「貴女、とも言えるでしょう?」

「私は――」

「灯ではない。それも間違いではない」


 指差すのをやめたヒナは、ソファに深く座り直した。

 はっきりと否定されて、何となく落ち着かなくなる。昨日は何度も灯じゃないことを口にした。今日はあっさりと亜莉香自身を受け入れられて、何だか戸惑う。


 亜莉香もソファに腰かけて、ティーカップに手を伸ばした。

 高価な物かどうかを忘れて、今まで聞いた話を頭の中で整理しつつ喉を潤す。部屋の中が静かになれば、ヒナは空になったティーカップに、ティーポットの温かい紅茶を注いだ。

 紅茶の香りが部屋に広がり、さて、と顔を上げる。


「主の寵愛が欲しいレイにとって、邪魔なのは灯。幾度となく生まれ変わる灯を見つけては、追い回していたわけなのだけど、ここからが重要」


 重要と言う割には軽く、ヒナは両手でティーカップを持って熱い紅茶を冷ます。


「ねえ、主は今日まで何をしていたと思う?」

「え?」

「分かるはずがないわよね。主の思惑と、その最悪の筋書きなんて、きっと気付いていたのは一部だけだった」


 急に話が変わって、雲行きが怪しくなった。亜莉香が口を挟む暇はなく、ヒナは顔を伏せる。ティーカップの水面には唇を噛みしめた姿が映り、ゆっくりと息を吐いた。


「主はずっと、灯が欲しかった」

「…はい」

「彼女が欲しいから、一から作ろうとした」


 ヒナの言葉に、ピヴワヌが息を呑んだ。トウゴは亜莉香と同じく、ヒナの言いたいことが分かっていない。


「作るって?」

「言葉通りよ。歴代の灯を寄せ集めて、主の愛した彼女を一から作り上げようとした。そうして生まれた失敗作が、貴女の前に現れた灯」

「そんなこと可能なわけがない!」


 ピヴワヌの声が部屋に響き、勢いよく叩いたせいでテーブルが揺れた。目の前のヒナを睨みつけて、怒りで肩が震える。

 泣きそうで、どうしようもない感情が亜莉香にまで流れ込んだ。

 両手を痛いくらい握りしめて、ピヴワヌは声を落とす。


「それはつまり、今の灯は…」

「ピヴワヌ?」


 何も言えなくなったピヴワヌの名前を呼べば、亜莉香を見て顔を背けた。

 ピヴワヌの言いたいこと読み取って、説明をするのはヒナしかいない。


「死んだ人間は生き返らない。死体を継ぎ接ぎして生まれた存在は、偽りの記憶を植え付けられた人形。彼女には人として、何よりも大切な魂が宿っていない」


 しんと静まり返った部屋に、冷静な声が響いた。

 何か言わなければいけないのに、何も言えなくて亜莉香の喉は渇く。その先の言葉を聞きたくないのに、中庭に目を向けたヒナは無情に言葉を続ける。


「今の灯は、生きる屍よ。ある意味では本人だけどね」


 ピヴワヌの奥歯を噛みしめる音が、微かに聞こえた気がした。

 トウゴのから笑いが聞こえて、動けない亜莉香の代わりに口を開く。


「嘘、だろ?いやいや、あり得ない」


 トウゴの言葉にも、ヒナは何の反応も示さなかった。

 中庭を眺めたままティーカップに口を付けて、ゆっくりと紅茶を味わう。肩の力を抜いたヒナを呆然と見つめて、徐々に落ち着きを取り戻して訊ねる。


「なんで、そんな話を私にしたのですか?」

「気まぐれよ」

「冗談は要りません。用もないのに、私を呼び出すような人ではありませんよね。今までの話をした上で、私に話があるのでは?」


 真剣な声で言えば、にっこりと笑ったヒナが振り返った。

 笑みを残したまま、ティーカップを置いて言う。


「回りくどい話はこれくらいにして、本題に入りましょう。本物そっくりの失敗作が出来上がり、気にくわないレイは、それをわざと外に逃がした。すぐに殺すはずが、逃げ出した失敗作は植え付けられた記憶を辿って、この街にやって来た。そして――貴女に出会ったことで状況は変わってしまった」


 貴女、とは間違いなく亜莉香を指した。

 テーブルに置いてあった角砂糖を一つ取って、ヒナは紅茶に入れる。音を立てて落ちた角砂糖は、ティースプーンで良くかき混ぜられて消えてしまった。


「失敗作は、貴方の魂の欠片を手に入れた」

「私の?」

「貴女の魔力を奪った。ついでに周りの記憶まで奪われるとは思わなかったけど、レイは失敗作が宿す魔力に気付いて、その主を探している。その相手が、本物の緋の護人だと感づいているのよ。それなら強い魔力を秘めた人間だろうと、候補者を推測した」


 にやっと笑った笑みは不気味で、亜莉香の背筋が凍った。

 表情は硬くなって、両手で包み込んでいたティーカップに力がこもる。


「それは、私ですか?」

「残念。貴女じゃないわ。顔を合わせても、レイは貴女の魔力に気付かなかった。この街で強い魔力を秘め、貴女の知り合いの少女と言えば、自ずと限られてくるでしょう?」


 例えば、とゆっくりと声が続く。


「領主の娘、とか」


 一瞬でアンリの顔が浮かんで、最悪を想像した亜莉香は唇を噛みしめた。


「緋の護人が消えたのは二十年前。二十歳以下で魔力の強い娘は少ない。今の狙いは領主の娘で間違いないと思うわ。失敗作は泳がせたまま、どうやって領主の娘を殺すか考えながら、この街をうろついているの」


 何てことなく言い、一息ついて紅茶を飲んだ。

 ヒナの考えが分からない。アンリが狙われていると知った以上は、例え忘れられても、何もせずにはいられない。それに灯が殺されていいなんて、これっぽっちも思ってもいない。

 深呼吸して、何から聞けばいいのか考えた。

 それで、と亜莉香は話を促す。


「ヒナさんは、何もしないつもりですか?」

「それなら最初から、私は貴女を呼ばないわ。私は主から何の命令も受けていない。傍観者に徹しても良かったけど、領主の娘には死なれたら困る」

「何故?」

「それをこの場で話すつもりはない。ただ私一人でレイを相手にするのは、あまりにも荷が重い。そこで、協力者が必要だと判断した」


 協力者、と言ったヒナの瞳には、亜莉香しか映っていない。

 この場で話すつもりがないことは、まるで後で話すと言っているようにも聞こえた。良からぬことに巻き込まれている自覚はあるが、ここまで聞いて引き下がりたくはない。


「私には、協力者と呼ばれる程の力はありません。それを分かった上での話ですか?」

「勿論。協力、いえお互いにとって不利益のない取引をしましょう」


 内容を聞いていないのに、素直に頷くことは出来ない。

 お互いに目を逸らさずにいると、思いっきり腕を引っ張られて身体が傾いた。引っ張ったピヴワヌを見れば睨まれて、おい、と耳元で低い声がした。


「本気で取引するつもりでは、ないだろうな」

「一方的な条件を呑み込めませんが、お互いに対等な条件を提示されたら。取引は成立しますよね?お互いに利益があるなら、断る理由はありません」

「いや、そうじゃなくて――」

「それに実際、今の私達には頼れる人があまりにも少ないです。アンリちゃんが狙われていると分かった以上、一人でも多くの味方は必要なのです」


 例えそれが、と囁きながら、優雅に紅茶を楽しむヒナに視線を戻した。


「今だけの味方でも。いないよりは、ましです」

「一時的な停戦だと思って、嫌なら断っても構わないわ」

「内容によっては取引しません。話を聞くだけ聞かないと、話が進まないので」


 ピヴワヌが何も言わなくなって、亜莉香の腕を離した。少し頬を膨らませて不機嫌に、焼き菓子をわざと音を立てて口に入れる。


「勝手にしろ」

「すみません」


 ふん、とそっぽを向いたピヴワヌも、レイが侮れない相手だと分かっている。そう簡単に勝てない相手だと思えば、不意にトウゴの存在が気になって振り返った。

 一部始終を聞いていたはずのトウゴは微笑み、亜莉香より先に口を開く。


「取引を受けるかどうか。それを決めるのは、アリカちゃん自身だよ。俺は何も言わないけど、何か言って欲しかったら口を出す」

「分かりました」


 ヒナとの取引を止めることはなく、安心して肩の力を抜いた。

 両脇には頼れる人達がいて、一緒に話を聞いてくれる。最後の決断をするのが亜莉香だとしても、誰かがいてくれるだけで心は揺るがずにいられる。


「では、取引の内容をお話しください」


 はっきりと宣言した亜莉香に、ヒナは微笑んでティーカップを置いた。

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