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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
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54-3

 カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、肌に感じる冷気に布団を引っ張った。布団の中が、ぬくぬくと温かい。特に亜莉香の右隣が温かくて、左隣はふわふわとした毛並みが手に触れた。


 ゆっくりと瞳を開けて、左隣を眺める。

 昨日の夜は、小さな女の子の姿で寝ていたはずのフルーヴの姿がない。少し手を動かすと小さな兎が手にすり寄って、身体の力を抜いた。

 右隣に首だけ動かすと、片腕を枕にしたピヴワヌの顔が真横にある。寝息を立てて静かに眠り、じっと見つめても起きない。


 もう少し寝ていようか考えて、起きることにした。

 二人を起こさないようにベッドの上に座って、寝間着を見下ろす。宿で最初に目が覚めた時と同じ、ストライプ柄の着物を身に纏っている。緩くなった帯を締め直して、欠伸を右手で隠しながら、ベッドの脇の床を見た。


 亜莉香に背を向ける様にして、トウゴは布団で眠る。

 全く動かない後ろ姿は、おそらく寝ている。誰も起こさないように、特に壁際とは逆で寝ているピグワヌを起こさないように、そっとベッドから下りた。


 今朝は晴天で寒い。ピヴワヌに布団をかけ直す。

 窓に寄りカーテンを動かして、部屋に差し込む朝日を減らした。

 振り返った部屋の中で、音を立てないように膝を抱えて座り込む。少し寒くて身を小さくし、穏やかな時間を噛みしめる。


 瞳を閉じれば、いつもの習慣が思い浮かぶ。

 朝起きて着替えて、髪を梳かして簪を挿す。ユシアを起こさないように部屋を出て、顔を洗って、朝ご飯の用意をする。雪の降る季節でなければ花に水をやり、トシヤが起きて来て、おはよう、と挨拶をする。暫くすると慌ただしくユシアとトウゴが茶の間にやって来て、遅れて顔を出すのはルカとルイだ。不機嫌なピヴワヌが寝ぼけたフルーヴを連れて来れば、皆で揃って朝ご飯を食べる。


 当たり前の日々が、少し恋しくなった。

 窓のガラスを叩く小さな音が聞こえて、目を開ける。


 何の音か。立ち上がってカーテンをずらすと、とても小さな鳥が窓を叩いていた。雪のように真っ白で小さく、丸い身体の柄が長い。

 大きくつぶらな亜麻色の瞳が亜莉香を映して、小さく首を傾げた。


「…紙鳥?」


 微かに魔法の緑の光を放つ鳥を見て、急いで窓を開けた。

 隙間から部屋に入った鳥は、降り立つ場所を探して部屋の中を飛び回る。そっと両手を差し出すと、くるりと方向転換して亜莉香の手の中に収まった。

 真っ白で美しい毛並みは、ふさふさで可愛らしい。

 とても小さくて、卵程度の大きさだ。


「正午に」


 目を逸らさない小鳥のくちばしが動いたかと思うと、静かな女性の声が耳に響いた。


「ここへ」


 二言を残して、鳥の身体の光が消える。

 最初から鳥がいなかったかのように、亜莉香の手の中には手紙が残った。手紙と言うには小さくて、二つ折りの上品な紙を開く。

 仄かな花の香りがして、女性の声が誰の声だったのか確信した。


「正午にここへ」


 鳥が話した同じ言葉を呟き、小さく書いてある地図を見る。

 宿から歩いていける。行ったことのない場所だけど、大まかな地図があれば問題ない。この場所なら、知り合いに会う可能性は低いはずだ。


「罠かもしれんぞ」


 いつの間にか起きていたピヴワヌの声に、手紙から顔を上げた。横になったままのピヴワヌが身体の向きを変え、肘を立てて頭を支える。


「わざわざ行くのか?」

「はい。ヒナさんからの呼び出しで、行かないわけにはいきません。それに指定している時間は昼で、人通りの多い場所ですから」

「それだけで信用するのは、どうかと儂は思うが。トウゴはどうだ?」


 不意に問いかけた人物の名前に、亜莉香は動かなかった布団を見た。

 起きていないと思っていたトウゴは背を向けたまま、ゆっくりと起き上がる。少し着崩れた黒の着物を直して、亜莉香に向き直って軽く頭を下げた。


「…おはようございます」

「おはようございます。起きていたのですか?」

「起こされるまでは寝ているのが、身に染みていて」


 あはは、と顔を上げながら、トウゴは頭を掻いた。

 今日も亜莉香が起こすまで、寝たふりをするつもりだったに違いない。明日からは起こさないことを考えると、布団を剥いだピヴワヌがベッドに座った。


「儂よりトウゴの方が、あの女のことは詳しいだろ?」

「あの女って…ヒナのことだよね?と言われても、俺も詳しく知らないけど」


 トウゴは胡坐をかき、腕を組んで唸る。


「最後に会ったのは、あの灯籠祭りの夜でしょ。それ以降の接触はなくて、それ以前だって俺の前に時々ふらりと現れた程度で。名前こそ知っているけど、どこの出身とか住んでいる家とかは一切知らない」

「役に立たない」

「知っていることがあったら、ちゃんと教えているって」


 困った顔になったトウゴに、亜莉香はその場に腰を落として問う。


「トウゴさんは、ヒナさんのことをどう思っていますか?」

「どうって?」

「私は何度か会って、最初こそ敵としか思えなかったのですが――」


 ですが、と言いながら口元に左手を寄せ、出会ってからのヒナを思い出す。

 ユシアを呼び出す人質として捕まって、酷い目に遭った。灯籠祭りの日には腹を刺されて死にかけ、薙刀と扇を武器に戦ったこともあった。

 顔を合わせる度に嫌な思い出があるかと言われれば、それは少し違う。

 重傷だったルイを助けてくれて、灯と出会う前には忠告をくれた。話が通じない相手ではなくて、可能なら歩み寄りたい。


「――悪い人、とは思えないのですよね」

「このお人好し」


 頬を膨らませたピヴワヌが、小さく即答する。そう思われているのは分かっていたことで、それに、と亜莉香は微笑みながら手紙を見せる。


「私の元に手紙を届けたと言うことは、ヒナさんは私を覚えているのですよね。忘れていたら友人になれたかとも思ったのですが、それは諦めます」

「アリカちゃん、意外と神経図太いよね」

「自分を刺した相手と、友人になろうとするぐらいだからな」


 若干顔を引きつらせたトウゴと、信じられないと言いたげなピヴワヌの声は聞かなかったことにした。この場でヒナの肩を持つようなことを言えば、反感を買うかもしれない。

 指定された場所に行くことは決定として、手紙を折り畳む。

 着物の胸元に入れて、立ち上がった亜莉香は思いっきりカーテンを開けた。

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