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挑発的なピヴワヌの言葉が合図になって、戦いの火花は落とされた。
駆け出したルイは、迷うことなく日本刀で斬りかかる。首を狙われたピヴワヌは頭を下げ、直後にルイの足を狙った。飛び跳ねたルイが攻撃を避けて、次の攻撃を仕掛ける前に、ピヴワヌの肩に緑の精霊が止まる。
何をしようとしているのか。
亜莉香の頭が理解するよりも早く、悪役のような表情のピヴワヌは口角を上げた。
「【吹き飛べ】」
たった一言を告げ、緑の精霊の力が放たれる。
言葉通りにルイの身体を吹き飛ばす勢いの風は、後ろにいたルカも巻き込んだ。塞いでいた場所から広い路地裏に押し出されて、顔を両手で覆ったルカは驚いた顔で、平然としているピヴワヌを見た。
「凄いな」
「感心している場合じゃないよ。いつの間にか、ピヴワヌ様は他の魔法を使えるようになったみたいだ」
嬉しそうなルイが言い、焔を纏った日本刀を構え直す。
「強い相手は、いつでも大歓迎だよ」
「それに俺を巻き込むな」
「ルカは適当に、トウゴくんと遊んでいて。僕は本気でピヴワヌ様と戦いたい。精霊と戦うことなんて、滅多にないからね」
ルイの言い分に、ルカがため息を零した。
瞳に光を宿したピヴワヌも、戦うことを望むルイも引く気はない。広い路地裏に人影はないことをお互いに確認して、今度は同時に駆け出した。
身体の軽いピヴワヌは空中で器用に身体を捻って、蹴りを入れようとする。
対してルイは素早く日本刀を回して、ピヴワヌの手足を狙う。
亜莉香だけじゃなくて、他の誰にも二人を止められない。
精霊を見ることの出来る瞳を持つ者なら分かるピヴワヌの魔法を、ルイは直感で防いでは攻撃を仕掛ける。どちらも笑っているのは本気ではない証なのか、それとも戦いが楽しくて笑えるのか。
地面に積もった雪を巻き上げながら、寒い空の下で戦いが続く。
「…トウゴさんも、戦います?」
「いやー、俺はあそこまで熱くなる気はなかったと言うか。買い言葉に、売り言葉だったと言うべきか。こんなの見せつけられると、怒りは冷めたと言うべきか」
「どれも当て嵌まるのですね」
棒を持ったまま、トウゴは構えを解いた。
「うん。そもそも俺、戦うのは苦手だもん」
「フルーヴも戦うの、いやー」
そっと亜莉香を抱きしめる力を緩めて、フルーヴは言った。
「みんなでご飯をたべたい」
「そうだよな。と言うことで、俺達は話し合いをするべきだと思うわけだ」
戦っているピヴワヌとルイを挟んで、広い路地裏の壁に寄ったルカがいる。
亜莉香達の会話は聞こえていないはずなのに、トウゴが大きく手を振ると、何かを察して遠回りに近くにやって来た。細い路地裏を塞ごうとはせず、壁に寄りかかって腕を組む。
「で、どういう状況だ?」
「どうもこうも、小兎二匹がじゃれているだけだろ」
「そういう話じゃなくて――」
「分かっているよ。俺とピヴワヌ様は、どうしても暫く家には帰れない。詳しい事情は言えないけど、分かって欲しい。家に帰らないのは、俺達自身とお前らの為だって」
「そこにいる…人のためじゃないのか?」
言葉を選んだルカの声は戸惑い、亜莉香は何も言わずに瞳を合わせた。
深い紫の綺麗な瞳に、表情の固い亜莉香が映る。顔を見ても、名前を呼ばれることはない。分かっていたことだと自分の心に言い聞かせて、息を吸って、微笑んだ。
「こんにちは」
「…ああ」
「私は、灯さんではありませんよ」
言われる前に言えば、ルカが瞬きを繰り返した。
「えっと、血縁者?」
「違います。ですが、貴女方の敵ではありません。私は――」
なんて言うか。迷って、間が空いた。心配してくれるトウゴとフルーヴの視線を感じて、ゆっくりと口を開く。
「私は、私なのです」
「え?」
「名前は言いません。今の状況で何を言っても、ルカさんは私を信じられないと思うので。でも思い出したら、私の名前を呼んで下さい」
お願いします、と付け加えて、亜莉香は立ち上がった。
寄り添うフルーヴと左手で手を繋ぎ、トウゴが亜莉香の気持ちを読み取った。魔法の棒は手から消えて、肩の力を抜いて、先に広い路地に向かって歩き出す。
図書館に会いに行くつもりだったけど、手間が省けた。顔を見て、話をしたのはルカだけだけど、亜莉香のことを忘れている以外は何も変わらないと、ユシアから話を聞いていた。
黒い着物を頭にふわりと被せ、包帯の巻かれた右手を隠した。
この傷が消えて元通りになるまでは、余計なことは知らなくていい。
すれ違いざまに、間近でルカの顔を見た。
「どうか、お元気で」
心からの祈りを込めて、別れを告げる。混乱しているルカの視線を感じたが、振り返りはせずに、亜莉香はフルーヴと共に真横を通り過ぎた。




