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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
261/507

53-3

 挑発的なピヴワヌの言葉が合図になって、戦いの火花は落とされた。

 駆け出したルイは、迷うことなく日本刀で斬りかかる。首を狙われたピヴワヌは頭を下げ、直後にルイの足を狙った。飛び跳ねたルイが攻撃を避けて、次の攻撃を仕掛ける前に、ピヴワヌの肩に緑の精霊が止まる。

 何をしようとしているのか。

 亜莉香の頭が理解するよりも早く、悪役のような表情のピヴワヌは口角を上げた。


「【吹き飛べ】」


 たった一言を告げ、緑の精霊の力が放たれる。

 言葉通りにルイの身体を吹き飛ばす勢いの風は、後ろにいたルカも巻き込んだ。塞いでいた場所から広い路地裏に押し出されて、顔を両手で覆ったルカは驚いた顔で、平然としているピヴワヌを見た。


「凄いな」

「感心している場合じゃないよ。いつの間にか、ピヴワヌ様は他の魔法を使えるようになったみたいだ」


 嬉しそうなルイが言い、焔を纏った日本刀を構え直す。


「強い相手は、いつでも大歓迎だよ」

「それに俺を巻き込むな」

「ルカは適当に、トウゴくんと遊んでいて。僕は本気でピヴワヌ様と戦いたい。精霊と戦うことなんて、滅多にないからね」


 ルイの言い分に、ルカがため息を零した。

 瞳に光を宿したピヴワヌも、戦うことを望むルイも引く気はない。広い路地裏に人影はないことをお互いに確認して、今度は同時に駆け出した。


 身体の軽いピヴワヌは空中で器用に身体を捻って、蹴りを入れようとする。

 対してルイは素早く日本刀を回して、ピヴワヌの手足を狙う。


 亜莉香だけじゃなくて、他の誰にも二人を止められない。

 精霊を見ることの出来る瞳を持つ者なら分かるピヴワヌの魔法を、ルイは直感で防いでは攻撃を仕掛ける。どちらも笑っているのは本気ではない証なのか、それとも戦いが楽しくて笑えるのか。

 地面に積もった雪を巻き上げながら、寒い空の下で戦いが続く。


「…トウゴさんも、戦います?」

「いやー、俺はあそこまで熱くなる気はなかったと言うか。買い言葉に、売り言葉だったと言うべきか。こんなの見せつけられると、怒りは冷めたと言うべきか」

「どれも当て嵌まるのですね」


 棒を持ったまま、トウゴは構えを解いた。


「うん。そもそも俺、戦うのは苦手だもん」

「フルーヴも戦うの、いやー」


 そっと亜莉香を抱きしめる力を緩めて、フルーヴは言った。


「みんなでご飯をたべたい」

「そうだよな。と言うことで、俺達は話し合いをするべきだと思うわけだ」


 戦っているピヴワヌとルイを挟んで、広い路地裏の壁に寄ったルカがいる。

 亜莉香達の会話は聞こえていないはずなのに、トウゴが大きく手を振ると、何かを察して遠回りに近くにやって来た。細い路地裏を塞ごうとはせず、壁に寄りかかって腕を組む。


「で、どういう状況だ?」

「どうもこうも、小兎二匹がじゃれているだけだろ」

「そういう話じゃなくて――」

「分かっているよ。俺とピヴワヌ様は、どうしても暫く家には帰れない。詳しい事情は言えないけど、分かって欲しい。家に帰らないのは、俺達自身とお前らの為だって」

「そこにいる…人のためじゃないのか?」


 言葉を選んだルカの声は戸惑い、亜莉香は何も言わずに瞳を合わせた。

 深い紫の綺麗な瞳に、表情の固い亜莉香が映る。顔を見ても、名前を呼ばれることはない。分かっていたことだと自分の心に言い聞かせて、息を吸って、微笑んだ。


「こんにちは」

「…ああ」

「私は、灯さんではありませんよ」


 言われる前に言えば、ルカが瞬きを繰り返した。


「えっと、血縁者?」

「違います。ですが、貴女方の敵ではありません。私は――」


 なんて言うか。迷って、間が空いた。心配してくれるトウゴとフルーヴの視線を感じて、ゆっくりと口を開く。


「私は、私なのです」

「え?」

「名前は言いません。今の状況で何を言っても、ルカさんは私を信じられないと思うので。でも思い出したら、私の名前を呼んで下さい」


 お願いします、と付け加えて、亜莉香は立ち上がった。

 寄り添うフルーヴと左手で手を繋ぎ、トウゴが亜莉香の気持ちを読み取った。魔法の棒は手から消えて、肩の力を抜いて、先に広い路地に向かって歩き出す。


 図書館に会いに行くつもりだったけど、手間が省けた。顔を見て、話をしたのはルカだけだけど、亜莉香のことを忘れている以外は何も変わらないと、ユシアから話を聞いていた。


 黒い着物を頭にふわりと被せ、包帯の巻かれた右手を隠した。

 この傷が消えて元通りになるまでは、余計なことは知らなくていい。

 すれ違いざまに、間近でルカの顔を見た。


「どうか、お元気で」


 心からの祈りを込めて、別れを告げる。混乱しているルカの視線を感じたが、振り返りはせずに、亜莉香はフルーヴと共に真横を通り過ぎた。


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