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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
260/507

53-2

「ようやく見つけたよ」


 細い路地裏に響いた声に、しゃがんでいた亜莉香は咄嗟に着物を被った。

 男性にしては高めで、呆れも混ざった声。行き止まりの路地裏を塞ぐように立ち、その右手は腰に身に付けている日本刀の柄に触れていた。

 角度によっては細かい格子柄が見える絹のような白い着物に、鼠がかった淡い藍色の袴には銀色に似た明るい鼠色の細い縦縞。灰色と青が混ざった色の羽織りに手を通して、ヒールの少しある濃い灰色の靴。


 美しい顔を持つルイの深い緑の瞳は、ピヴワヌとトウゴの姿を捕らえる。

 その隣には、肩に降り積もった雪を無表情で払うルカがいた。


 高い位置で一つに結んでいる長い紅色の髪と同じ着物に、合わせているのは小豆に似た暗みのある、淡い黄色みがかった赤の袴。女郎花の花のような、緑みのさえた明るい羽織りを身に付け、どれも無地。焦げ茶の底のない靴を履いて、男のような着こなし方。


 深い紫色の瞳と目が合う前に、亜莉香は視線を下げた。

 急な登場に気持ちが焦る亜莉香を庇い、トウゴが立ち上がる。


「わざわざ俺のことを探して、何の用?探さないで下さい、と書いた紙を目立つところに置いたはずだけど、お前らは見なかったわけ?」

「それだけで僕が納得出来ると思う?仕方がないから、探しに来てあげたよ」

「儂らは帰らんぞ。まだ、やるべきことがあるかなら」


 亜莉香の肩を軽く叩き、ゆっくりと立ち上がったピヴワヌが言った。

 守るように前に歩み出ながら、右足の踵で雪に書いていた文字を軽く踏み付けた。大丈夫だと心に届いた声を信じて、亜莉香は身を固くする。

 会話を聞き逃さないように決めれば、駆け寄ったフルーヴが亜莉香の頭を抱きしめた。


「ありかは、ここに」


 誰にも聞こえないように、フルーヴは言った。

 小さいながらも、必死に守ろうとしてくれるのは態度で伝わる。頬を膨らませて、ルイとルカを睨みつける姿に平常心を取り戻して、頷いてから顔を上げた。


 ルカもルイも、亜莉香など眼中にない。

 探していたピヴワヌとトウゴに向かって、肩を竦めて見せたルイが言う。


「灯さんが大変な状況だよ。ここは家に帰って、平穏に会話をすべきじゃない?」

「その会話が成り立つなら話は別だが、それは無理だ」

「無理かな?やってみないと分からないよ?」


 可愛く言ったところで、ピヴワヌには効かない。

 トウゴは悲しそうな顔を浮かべて、あくまで友好的な態度を見せる。


「話すなら、この場でしようぜ。俺もピヴワヌ様も武器は持っていないから、まずは武器から手を離して、さ」

「武器を持っていなくても、ピヴワヌ様は精霊様だからね。力づくは嫌だけど、灯さんの所に連れて行きたいかな。ついでに、トウゴくんはトシヤくんの前にね」


 トシヤの名前に、亜莉香は唇を噛みしめた。

 ルカとルイのように、心の準備が出来ない状態で会いたくない。今だって心臓が五月蠅い。なんて言われるのか、考えただけで怖い。

 亜莉香の心情など何も知らず、トウゴは頭を掻いて遠くを見つめた。


「トシヤ、絶対に怒っているだろうな」

「怒らせている自覚があるなら、家出は即刻終えるべきだろ」


 腕を組んだまま、黙っていたルカがぼそっと言った。

 ルカとは違って身構えているルイは、笑みを浮かべて低い声を出す。


「何をされるか、凄く楽しみだね。トウゴくんの格好は目立つから、そのうち僕達みたいに見つけて、ここに来るんじゃない?」

「その前に、儂が小僧を痛めつけてもいいけどな」


 何てことなく放った一言に、一瞬だけ空気が凍った。

 確かにピヴワヌなら出来てしまいそうで、それだけの力がある。ピヴワヌの怒りの矛先を向けられたトシヤがどうなるか、想像するのも恐ろしい。

 亜莉香がピヴワヌの名前を呼んで止める前に、隣にいたトウゴが遠慮がちに言う。


「ピヴワヌ様、程々にしてね」

「なんだ、反対はしないのか?約一名は、絶対に止めるぞ」

「そりゃあ俺もこれに関してはちょっと、いや結構怒っているから。正直、この後にトシヤが合流して、余計な一言でも言ったら先に手が出そう」

「殴り合いか?精霊の力も貸してやるぞ」


 にやりと笑ったピヴワヌに、それもありかと、真面目にトウゴが呟く。

 ルカとルイを無視して、トシヤに対しての相談をするのはやめて欲しい。今はそんな場合じゃないのに、亜莉香の気が抜けてしまう。

 亜莉香が口を挟むより早く、ピヴワヌが急に話を変えた。


「と言うよりだな。トウゴの格好が目立つと言うことは、儂らの隠れ家が見つかる恐れもあるではないか?いい加減に、その恰好を変えろ」

「でもさ、黒って格好良くない?」


 トウゴの質問に、ピヴワヌは少し考え肯定する。


「まあ」

「全身黒ずくめで隠し事がある素振りを見せると、女の子の興味対象になるよね」

「それだけの理由だったか」


 くだらな過ぎる理由のトウゴに、ピヴワヌが本気で引いた。

 最早自由な二人にかける言葉がない。それはルカとルイも同じで、いつの間にか困った表情を浮かべていた。フルーヴだけますます頬を膨らませて、もう、と繰り返す。


「もう!もう!!ふたりとも、なんの話!フルーヴ、わかんない!」

「じゃあフルーヴ、僕達と一緒に帰る?」


 ピヴワヌとトウゴから視線を外して、優しい声でルイは言った。わざと日本刀から手を離して、両手を上げて、何もしないと意思表示を見せる。


「家に帰れば美味しい魚も用意するし、いっぱい遊んであげるし、それから――」

「かえらない!!」


 怒った声は路地裏に響き、いつもとフルーヴの声が違った。誰にも触らせないと言わんばかりに、強く亜莉香を抱きしめる。

 フルーヴの身体が、僅かに河のような青い光に包まれて見えた。

 ルカとルイを見据える瞳は強い光を宿して、堂々と宣言する。


「フルーヴの居場所は、ここにあるの!」

「よく言ったぞ。フルーヴの言う通り、儂らの居場所はアリカの傍だ」


 改めてルカとルイに向き直ったピヴワヌも言い、両手を腰に当て声高らかに続ける。


「アリカ以上の主はいないからな!」

「ふーん。知らない女にほだされて、今の状況か」

「おい、ルイ。それ以上は――」


 引き止めようとしたルカの前に出て、ルイが鞘から日本刀を抜いた。

 目が合っただけで、ルイの敵意を感じた。初めて向けられる感情は怖くて、被っている着物を握っても、フルーヴが傍に居ても、微かに身体が震える。


 敵に回したくはなかった。

 こんなことは望んでいなかったのに、受け止めきれない現実が押し寄せる。


「ピヴワヌ、トウゴさん。やっぱり、こんなのは――」

「間違っているのかもしれんな」


 亜莉香の言葉を遮って、背中を向けたままピヴワヌは言った。


「だが、売られた喧嘩は買うぞ。主を侮辱されたからな」

「それに、ぶつからないと前に進めない時もあるよ」


 振り返りはしないトウゴが言い、その右手に瞳と同じ澄んだ水色の光が集まった。


「誰だって譲れないものはある。ぶつかって、どちらかが勝つ以外の道はなくて、苦しくても悲しくても戦うしかない」


 話している間に、トウゴの手には水の魔法で覆われた武器が現れた。

 それは魔法の光に包まれている以外は、ただの長い棒に見える。トウゴの身長の半分程度の長さで、何もない場所から現れた魔法の武器。

 トウゴの母親と同じ武器を手に、棒の片方をルイの方に向ける。


「そんな感じで、ルイと戦うのは二回目だな」


 武器を手にしたトウゴに、準備は整った、とルイは判断した。

 余裕の笑みを見せて、剣先を向ける。


「僕達が勝ったら、無理やりでも連れて帰るからね」

「負けるわけがないだろ。師弟の実力を見せつけてやりますよね、ピヴワヌ様」


 ちらっとトウゴを見たピヴワヌは、声を落として問う。


「弟子の実力はルイ以下だと思っていたが、それでもトウゴがルイの相手をするのか?」

「いや、俺にルイの相手は荷が重いので、早々に相手を変えて下さい」

「情けない弟子だな」


 不敵な笑みを浮かべたピヴワヌの方が前に出た。


「ほれ、いつでも掛かって来い。儂の足元にも及ばん餓鬼共」

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