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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
259/507

53-1

 図書館へ向かう途中の行き止まり路地裏で、甘酒の紙コップを片手にトウゴが言った。


「つまり、灯とか言う子は今家にいないわけ?」

「はい。昨日は具合が悪くなって、診療所のヤタさんに診てもらった後、そのままユシアさんの父親の家に泊まったそうです。家には帰っておらず、キサギさんやネイロさんが世話をしている、と」


 ユシアから教えて貰ったことを報告しながら、亜莉香は買って貰った甘酒で両手を温める。白い湯気が出ていて温かく、一口飲めば優しい甘さが身体に染み込んだ。


「ユシアさんだけじゃなくて、ルカさんやルイさんのことも覚えていない。トシヤさんのことは覚えているけど、お互いの記憶が掛け違えたみたいになっているそうです」

「まあ、実際違う人だからね。でも、なんでトシヤのことは覚えているの?」

「正確には、灯が覚えているのは前のトシヤだ」


 さっさと甘酒を飲み干したピヴワヌは、トウゴとは反対側の壁におっかかって腕を組んでいた。紙コップを片手で握り潰したまま、不機嫌を隠そうとはしない。


「二十年前の灯の途中までの記憶が、今の灯を作っているのだろ。だから家のこともトシヤのことも覚えていたとして、亜莉香が過ごした時間の記憶はない。忘れているじゃなくて、知らないと言う方が正しい」

「はーい。質問いいですか?」


 わざと手を上げたトウゴは、承諾の声を聞く前に問う。


「俺でさえ護人が生まれ変わるのは知っているけど、トシヤも前のトシヤの生まれ変わりってこと?生まれ変わりって、沢山いるの?」


 とても説明が面倒くさそうだと、ピヴワヌの顔に分かりやすく書いてあった。

 トウゴの近くで、小さな雪だるまを作っていたフルーヴが急に顔を上げる。何故か胸を張って、満面の笑みで会話に加わった。


「フルーヴは、フルーヴだよ!」

「そうだよね。フルーヴはフルーヴで、俺も俺。でもトシヤだけは、前のトシヤの生まれ変わり?どう違うの?」


 全く引く気のないトウゴが首を傾げて、亜莉香にちらりと視線を向けた。

 亜莉香が説明を出来るならするが、生憎何も知らない。唯一知っているのがピヴワヌだけで、眉間に皺が寄っていたピグワヌに話しかける。


「私からも、説明をお願いしてもいいですか?」

「…そもそも、生まれ変わりとは何だ?」


 一応説明してくれる気になって、ピヴワヌが持っていた紙コップを宙に投げた。

 頭上で焔に包まれて灰となり、雪の上に落ちる前に跡形もなく消える。亜莉香とトウゴが答えないと、空を見上げてピヴワヌは話を続ける。


「魂は、身体を失っても消えはしない。まっさらな状態になって廻り、身体と言う器を見つけ生まれ変わる。それが世界の仕組みだとしたら、儂の考える生まれ変わりは、世界の歯車から外された存在だ」

「歯車から、外された存在ですか?」


 思わず聞き返すと、ピヴワヌは亜莉香を見据えた。


「過去の記憶や人生が錆か傷になり、上手く廻れなかった。何かに囚われたまま、地上から離れられなくて同じ運命を辿る。全く同じではないが、その魂が選ぶものが同じになるから、結果として同じ運命に結び付けられる」

「それに、トシヤも当て嵌まるってこと?」

「まあな。護人の魂がどうして生まれ変わっているのかは、儂も知らん。だがその魂の一部を持っているせいで、小僧の魂は影響を受け歯車から外されたのだろう」


 多分な、と付け加えて、亜莉香は少し考える。


「護人の魔力を持っていれば、誰でも生まれ変わりますか?」

「いや、そうじゃない。護人だから、と言いたかったわけじゃない。誰だって過去の記憶や人生が深く魂に刻み込められて、稀に生まれる変わることはある。それは魔力の強い人間が多いが、同じ運命を辿ってしまう人間を、儂は生まれ変わりと言いたかっただけだ。護人の魔力が関係していると言ったら、アリカから加護を受けているトウゴだって、死んだら生まれ変わることになる」

「死ぬ気はないけど、生まれ変わりたい願望は今のところないかな」


 トウゴの冗談交じりの言葉に、ピヴワヌは大人びた笑みを見せた。


「それでいいのだ。身体と言う器を失くしたら、魂は記憶や人生を手放す。それは次の器にとって必要のないものであり、誰かの歩んだ記憶や人生は、別の誰かの心に残っている。生まれたものは何だって、完全に消えてしまうわけじゃない」


 そして、と一息入れる。

 話の終わりが近づいていることを示すように、舞い降りた雪を手のひらに乗せた。


「運命を変えようとすれば、それは並大抵な気持ちじゃ済まない。特に鮮明な記憶や人生を受け継いだ者にとって、定められた運命を変えようとすることは、生きながらにして魂を新しく生まれ変わらせるようなものだろう」


 ぎゅっと雪の欠片を握ったかと思うと、手のひらには小さくも氷の結晶があった。

 透明な結晶は、雪の欠片。ほんの一瞬だけ青い光を帯びていたので、それが魔法だと分かっても、亜莉香の驚きは隠せない。


「ピヴワヌ、焔の魔法しか使えないのではなかったのですか?」

「練習していたら、少しだけ出来るようになったぞ」

「私は魔法も使えないのに、ですか?」

「その件に関して儂が知るはずがないだろ。さっさと瑞の護人に聞けば――」


 話している途中で目が合い、お互いの気持ちが通じた。

 今の状況を説明して、力になってくれそうな人物を忘れていた。ガランスにはいなくても、水鏡を通じて灯のことだって話せて、亜莉香のことを覚えている可能性は高い。

 路地の奥を見つめ合い、ピヴワヌは呟く。


「忘れていたな、あいつのこと」

「はい。すっかりと」

「え?何の話?」


 急に話が中断して、何も分かっていないトウゴが言った。フルーヴも不思議そうな顔をして、隣にもう一つ作っていた雪だるまから顔を上げる。

 亜莉香はトウゴを見て、ピヴワヌと同時に幼馴染の名前を口にした。

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