表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
258/507

52-5

 診療所の扉には、休診の札がかかっていた。

 ヤタがいない診療所の扉の鍵はかけていなくて、中に患者の姿はない。フルーヴを抱えたトウゴは外で待つと言い、亜莉香はピヴワヌの後を追って奥の部屋まで進んだ。ユシアがいるはずの部屋の前で、被っていた着物を肩に掛けたピヴワヌが振り返る。


「開けるぞ」

「はい」


 確認してくれたピヴワヌに頷き、頭から被っている黒い着物の襟元を両手で強く握った。灯とそっくりの亜莉香が急に訪れて、驚かせたくはない。先にピヴワヌが話をすると言ったので、その話が終わるまでは大人しく待つ。


 コンコン、と優しくピヴワヌが扉を叩けば、中から返事が聞こえた。

 中で書類を片付ける音がして、急いで扉が開く。


「はい!お待たせしまし――た?」


 ピヴワヌの顔を見て、ユシアは瞬きを繰り返した。

 数日前にあった時と、何一つ変わらない。透き通る草木の色の髪も、長い髪を左側で一纏めにしてまとめている鈴蘭の簪も、濃い抹茶色の瞳も変わらない。


 診療所が寒いからと、亜莉香が縫った半纏を羽織っていた。

 黄金色を帯びた金茶の半纏は、熟した枇杷と暗い茶である黒鳶の二色のチェック柄。温かみのある黄色の着物に、袴は松の葉のような深みのある青緑色。

 一瞬だけ目が合ったが、亜莉香は反射的に顔を下げた。

 ユシアが口を開く前に、ピヴワヌが問う。


「昨日は何をしていた?」

「昨日、ですか?」


 目の前にいるのが精霊であると知っているユシアは、ピヴワヌに対して敬語だ。

 右手を口元に寄せ、えっと、と少し考えた。


「私は灯ちゃんに付き添っていました。まだ記憶が戻らないみたいで、不安そうでしたので。その、ピヴワヌ様やトウゴは――」

「じゃあ、他の連中は?」


 自分のことを聞かれる前に、ピヴワヌは質問をぶつけた。

 じっと見つめる真面目な顔に、ユシアは唇を閉じた。それから両手を合わせて姿勢を正し、奇妙な間が空く。


「…良かったら、中で話しませんか?」

「昨日と今日、他の連中は何をしている?」


 遠慮がちだったユシアの提案を無視して、ピヴワヌは言った。


「話さないなら、儂らはすぐに帰る。それでいいのだろう?」


 ユシア以外で部屋にいるのは、亜莉香しかいない。目を合わせて、小さく頷く。まだ何も言えないから、今はピヴワヌに任せる。

 亜莉香から視線を外して、ピヴワヌはユシアを見上げた。


「さて、話せないことでもあるか?」

「ないですけど…」


 ユシアの声が段々と声が小さくなって、不安そうな声に変わった。


「ピヴワヌ様がいなくなったことで灯ちゃんは塞ぎこんで、ルカとルイは二人を探しに行きました。トシヤも仕事の合間で探したけど見つからなくて、今日も探していると思います」

「そうか」

「帰って来ないのですか?」


 素っ気ないピヴワヌに、ユシアは訊ねた。


「フルーヴも、一緒ですか?ピヴワヌ様とトウゴがいなくなって、灯ちゃんは記憶が無くて、家の中がいつもと違う気がして。上手く言えないけど、このまま二人が帰って来なかったら、一緒に住んでいる家族がバラバラになってしまいそうで」


 泣きそうな顔になっているユシアを、亜莉香は瞳に映した。

 亜莉香の名前は一度も出て来ない。本気で心配して探しているのは、ピヴワヌとトウゴ。フルーヴも家に帰っていないから、一緒にいると信じているのは間違っていない。


 本当は、忘れてないと思いたかった。


 亜莉香がいた場所に、灯が当たり前のように存在していても。目が合えば、些細なきっかけで思い出してくれる期待していた。

 これが現実だと知った時、取るべき行動は何が正しいのか。

 考えるより先に、ユシアを安心させたい声が口から零れる。


「大丈夫ですよ」


 掠れなかった亜莉香の声は響いて、着物を被ったまま、目を見開いたユシアに微笑む。亜莉香を凝視するユシアは、信じられないものを見た顔をした。


「灯、ちゃん?」

「…いえ、別人です」


 顔を合わせて目を見て、灯の名前を呼ばれるのは辛い。

 これが現実だと知らされて、それでも逃げ出すのは嫌だ。息を吐き、見守ってくれるピヴワヌの優しさを感じながら、亜莉香は話し出す。


「私は灯さんではなくて、以前貴女にお世話になった者です。私が何を言っても信じられないかもしれませんが、ユシアさん達の絆は、そう簡単に壊れるものではありません」


 嘘じゃないと、分かって欲しくて言葉を重ねる。


「大丈夫。きっと、私が何とかしますから」

「貴女が?」

「はい。必ず」


 根拠もない言葉でも、少しでもユシアの不安が無くなればいい。

 ピヴワヌと一緒に来たおかげか、警戒心は抱かれていない。黙ったピヴワヌが何も言わないから、今度は亜莉香が情報を集める。


「そのためにも、幾つか詳しく伺ってもいいですか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ