05-6
図書館に行ってから数日後が経過した。
毎朝、亜莉香は朝早く起きて朝食の準備をする。トシヤとユシアとトウゴを見送って、ゆっくりと食器を洗っていると、ルイとルカが茶の間に顔を出した。
「おはよう、アリカさん」
「おはようございます。いつもと一緒でいいですか?」
「お願いします」
ルイの言葉に頷いて、亜莉香は慣れた様子で二人分の朝食を用意する。ルカはご飯と味噌汁、それからおかず。ルイはパンとおかずを差し出せば、カウンターの椅子に座ったルカとルイが、同時に、いただきます、と手を合わせて食べ始めた。
食べながら、ルイが話し出す。
「本当に、あの三人は朝慌ただしいよね。朝ぐらい、静かに家を出ればいいのに」
「皆さんお忙しいみたいですからね。仕方がありませんよ」
食器を洗いながら、亜莉香は言った。
そうだね、とルイは亜莉香を見た。
「それで、仕事探しは順調?」
「うーん、トシヤさんにも相談して。探しているのは探しているのですが、なかなか私に合いそうな仕事がなくて」
ここ数日のことを思い出す。
トシヤと一緒に市場を回りながら、道を覚えて、色んな人と挨拶を交わした。トシヤがいるせいなのか、誰もが好意的に話しかけてくれるが、仕事はまだ見つからない。
ご飯は作って欲しい、と言うのはトシヤとユシア、トウゴ三人の共通の意見で、最初は短時間だけ働く仕事を探した。そのうち、家から近くがいいとか、買い物がしやすい市場の近くが良いとか、夕飯を食べる度にユシアやトウゴが条件を追加しているのが現状。
条件を付けて仕事を探すのは、難しい。
それでも亜莉香を思って条件を増やしているユシアやトウゴの意見を無視して、何でもいいから仕事をしたい、とは思わない。
暫くは、と亜莉香は言う。
「皆さんのご飯を作って、よく考えます」
どんくさいなりに、と小さく付け足せば、ルカが、そうだな、と頷いた。
亜莉香とルカにしか通じない言葉に、ルイは気付いていない。そっか、と言って、ゆっくりとパンを齧る。
ふと、読み終わった本を思い出して、亜莉香は眉間に皺を寄せながらご飯を食べているルカの名前を呼んだ。名前を呼ばれて、ルカが顔を上げる。
「何?」
「教えて頂いた本を読み終わりました。面白かったです。ありがとうございました」
「他の本も読むなら、持って来る」
「じゃあ、また返しに行った時に、面白い本を教えてください」
分かった、とルカが言って、会話は途切れた。
ルイは穏やかな笑みを浮かべている亜莉香と微かに笑ったルカを見比べて、一人頷きながら言う。
「仲良くなったねー、二人とも」
「別に」
「仲良く見えますか?」
素っ気ないルカと、疑問形の亜莉香の言葉に、ルイは嬉しそうな顔をした。
「僕は仲良くなったと思うな。よかった、ルカに友達が出来て。一緒に暮らしているのだから、仲良くしたいものだよね」
「そうですね」
「馬鹿なこと話しているなら、俺は先に行くからな。ルイだろうが置いて行く」
「いや、僕なら追いつけるし。アリカさん、ご馳走様でした。今日も行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。お気を付けて」
はーい、と言いながら、ルイが先に茶の間を出る。ルカもルイの後ろを歩いて、茶の間から出て行く。残っている二人分の食器を運ぶために、亜莉香は洗っていた手を止めた。カウンターの前まで移動して、重ねてあった食器を手に取る。
後ろから、アリカ、と突然名前を呼ばれた。
振り返って茶の間の扉を見れば、扉は閉まってなくて、腕を組んでルカがいた。言うか、言うまいか、少し迷った表情をしていたルカが、亜莉香を真っ直ぐに見た。
「ご馳走様。行ってきます」
たった二言。
素っ気なさがありつつも、言いたいことを言ったルカが扉を閉めた。ルカが家を出る前に挨拶をしたのは初めてだ。呆然としてしまった亜莉香は慌てて声を上げる。
「い、行ってらっしゃい!お気を付けて!」
亜莉香の声は予想以上に大きくて、嬉しさを隠しきることなど出来るはずがなかった。




