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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
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49-2

 結論から言うと、薬は成功してしまった。

 成功したことは喜ぶべきかもしれないが、それが予期せぬことだと素直に喜べない。タイシの言っていた薬の効果に驚いて、思わずピヴワヌを呼んでしまったのも悪かった。


「あー!何が何で、こんな薬でお主がこんな状態になるのだ!」

「まあ、落ち着きましょうよ」

「お主は落ち着き過ぎだ!このまま戻らなかったら、困るのはお主だろうが!」


 噛みつくように言ったピヴワヌは人の姿で、目の前の椅子に座って頭を抱えた。

 亜莉香は大きな浴衣に身を包んで、テラスの椅子に座ったまま足をぶらぶらさせる。

 いつもなら足が届くのに、床までの距離が遠い。飛び降りられないこともないけど、両手を膝の上で合わせて中庭を見渡した。これからどうしようか。こんな状態でも今日の予定は外せない。ぼんやり考えられるのに、いつもより思考が回らない気がした。


 再びピヴワヌに視線を戻すと、今の亜莉香よりも背が高い。十歳にも満たない亜莉香の身体は、おおよそ七、八歳。身体が熱くなったと目を閉じた途端に、手も足も短くなっていた。


 薬の成功にタイシが歓喜を上げたのと、ネイロが驚きの悲鳴を上げたのを覚えている。

 成功したもののいつ元の身体に戻るか分からなくて、真っ青になったタイシは部屋に籠った。気が動転したネイロが動けずにいれば、やって来たキサギが持っていた新鮮な野菜を床に落として、タイシに詳細を聞きに走った。

 その音で目が覚めたのは、ユシアとルカ、それからフミエ。

 三人共、亜莉香を見るなり言葉を失ったが、即座に次の行動を起こしたのはルカ一人。ひとまず亜莉香に身体が小さくなった以外の異常がないか確かめて、ユシアの自室まで連れて来られた。


 ピヴワヌを呼んだのが、誰もいない部屋の中で良かった。

 現れると同時に亜莉香の状況に声を上げて、面倒事に巻き込まれた亜莉香に説教をした。長々とした話が続き、様子を見に来たユシアが紅茶とお菓子を持って来てくれて、テラスに移動したのが現状。


 ユシアは仕事があるから、ひとまず家を出た。

 ルカとフミエはヨルが来るまで、一応この家にいるらしい。二人の姿は部屋にはないが、亜莉香のいないところで、薬について話し合っているのかもしれない。

 不憫に見える程に項垂れたピヴワヌに、亜莉香はテーブルにあったお菓子を勧めた。昨晩の残りでもある紅茶の焼き菓子が近づき、ピヴワヌの鼻が微かに動く。


「…食べ物で釣ろうとするな」

「美味しいですよ?ピグワヌが食べないなら、私が全部食べてしまいます」

「食べないとは言ってない」


 ぶすっとした顔をして、深く腰掛け直したピヴワヌが焼き菓子に手を伸ばす。ザクザクと音を立てながら、冷めた紅茶のティーカップを右手に持った。


「お主、今日は瑞の護人がガランスに来るのではなかったか?」

「その予定ですね。お昼頃に到着する予定なので、それまでに身体が元に戻るといいのですが…やっぱり難しいでしょうか?」

「儂に聞くな。魔法薬に関しては、儂の知識なんてないに等しいからな」


 苦々しく言ったピヴワヌに、小さな両手でティーカップを掴んだ亜莉香は首を傾げる。


「魔法薬?」

「魔法を混ぜた薬だ。そのままだろう?素人が成功する確率は極めて低いから、気にも留めなかったのだが」


 深いため息は、おそらく亜莉香に対してだ。


「まさか魔法薬を成功させる人間がいるとは、これっぽっちも思わなかった。それを間抜けにも飲んで影響を受ける人間が、儂の近くにいるともな」


 紅茶もわざと音を立てて飲むピヴワヌは、亜莉香の軽率な行動を怒っているに違いない。起こってしまったことは変えられず、でも、と小さく問いかける。


「一生このまま、ではないですよね?」

「効力が切れるか。解毒剤となる薬が出来ん限りは、普通はそのままだ」

「えっと、本当に?」

「当たり前だ。だが、魔法薬に詳しい奴は知っている。最終手段として、解毒剤を作らせればいいが…あいつに頼み事をするのは苦手だ」


 小さく付け加えて、ピヴワヌは視線を中庭に向けた。

 ピヴワヌの知っている人物を想像出来ず、それ以上の追求をする空気はない。静かに紅茶を口に含んで、亜莉香は一息ついた。


「では、このままの姿で透に会うと想定しましょう。小さい身体では不便なので、ピグワヌには今日一日、私を手伝ってもらうことになりそうですが」

「何を手伝わせる気だ?」

「椅子に上るのすら辛かったので、まずは下りるのを手伝って欲しいです」

「そこからか」


 呆れが混ざって、ピヴワヌは紅茶を飲み干した。いつの間にか焼き菓子は皿の上から消えていて、軽やかに椅子から下りる。

 亜莉香の傍に回ったかと思うと両手を差し出したので、空になったティーカップをテーブルに戻して、小さな掛け声と共にピヴワヌに抱きついた。

 しっかりと受け止められて、ようやく地面に足が着く。

 目の前にいるピヴワヌを見上げる形に違和感があり、ルビーのような赤い瞳を覗き込む。


「いつもより、視線が近いですね」

「当たり前だろう。それで、真っ直ぐ家に帰るのか?」

「透と話をするのは家の予定でしたが、正門にトシヤさんと迎えに行くつもりでした。もう少し動きやすい格好で迎えに行きたいので、先にケイさんの店に行きませんか?」

「…行ってもいいが、誰もが驚くと思うぞ」


 ため息を零しながらピヴワヌが歩き出して、亜莉香も後を追った。

 小さな身体では歩幅が違って、自然と早足になる。引きずっている浴衣を踏まないように気を付けたつもりが、扉に辿り着く前に頭が床にぶつかった。

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