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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
241/507

48-5

 黄金色に輝く月が空に昇った頃、亜莉香はユシアの父親が住む家に到着した。

 敷地の大半は庭であり、夜になると中心にある噴水の水は止まる。その噴水を囲むように手入れされた庭には色鮮やかな花々が咲き乱れて、月明かりに照らされていた。


 庭を横切り、こぢんまりとした屋敷を目指す。

 夜ではよく見えないが、屋敷は温かな雰囲気のある茶色の建物。小さいながらも住みやすいように設計された屋敷は、窓の枠や扉の模様を含む所々の装飾が細かく美しい。

 亜莉香よりも前にいるキサギは屋敷を見ながらも、時々隣を歩くユシアを見ては話の相槌を打った。楽しそうなユシアはキサギの視線に気付いて、照れたように視線を外す。

 微笑ましく亜莉香が眺めていると、左隣にいたルカがぼそっと言った。


「転ぶなよ」

「もう、分かっているわよ。それにしても綺麗な庭ね」


 声を落としたフミエが答えて、きょろきょろと辺りを見渡した。てっきり自分のことを言われたと思った亜莉香は肩の力を抜き、ルカを挟んで横に並ぶフミエに話しかける。


「この庭園は、全部キサギさんが手入れをしているのですよ」

「そうなの?これを、一人で?」


 信じられない、と右手で口を押さえて、ルカはため息を零す。


「事実だから信じろよ」

「信じるわよ。ちょっと冗談を言っただけ」


 お茶目に舌を出したフミエに、いつもの格好のルカが苦い顔をした。

 見慣れたルカの袴姿の方が落ち着いて、亜莉香は数時間前の出来事を思い出す。

 ルイとヨルの喧嘩が始まった隙に逃げ出したルカは、亜莉香の手を引き、その場を離れてケイの店に向かった。その時のフミエは撫子の着物を身に纏っていたが、帯も小物も決め終えれば、自分の袴姿に戻る。


 二人が着替えている間、亜莉香は従業員に捕まり着物合わせに付き合うことにした。

 次に人気を集めるのはこれだと、盛り上がる従業員達を止めることはしなかった。店の端にいたフミエとルカを気にかけつつ、夕食だとケイが呼びに来るまで店に留まった。


 ケイに追い出される形で従業員が店を出てから、騒がしい夕食の始まりだ。

 いつの間にかキサギが合流していて、ケイを手伝い、次々にそうめんを茹でては流す。

 食べ始めても口喧嘩を続けるルイとヨルの仲裁をするのはトシヤで、ルカとフミエはお喋りをしながら、亜莉香はイトセとスバルから昔話を聞きながら、出汁と醤油とみりん、それから砂糖の入った器と箸を片手に流しそうめんを楽しんだ。

 途中でユシアとヤタが混ざって、笑いの絶えない夕食が続いた。

 最後に遅れてやって来たのが、トシヤの予想通り大量の酒を持って来たトウゴ。意気揚々と酒を持った人間姿のピヴワヌと、何を持っているか認識していないフルーヴをお供に連れて、それから数人を酒で潰し始めた。


 今日の一番の被害者を挙げるなら、それはスバルだ。

 早々に酒を持ったトウゴと恋人であるイトセに絡まれて、次々に酒をグラスに注がれていた。あっという間に顔を赤くして、酔っ払い二人の間で動かなかった。

 ユシアとフミエは程々に酒を注ぎ合い、ヤタとケイに至っては度数の強い酒を飲んでいたが、どちらも顔色一つ変わらなかった。途中で流すのをやめたそうめんをつまみに、いつまでも語っていそうな雰囲気だった。

 ルイとヨルの口喧嘩は酒の飲み比べに変わって、酒を一切口にしていないキサギが審判役を任された。一部始終を見ていたトシヤも巻き込まれて、中々決着のつかない事態に呆れ果てていた。


 その様子を観戦していたのがピヴワヌで、水を飲むふりをして日本酒をグラスに注いだ。注いだグラスは自分の分とフルーヴの分で、知らん顔でフルーヴに酒を飲ませた。

 たった数口でフルーヴは眠くなって、亜莉香の元へやって来た。

 酒の弱いルカと共に縁側に避難して、冷たく甘い西瓜で腹を満たしていると、トウゴが酒比べをしている二人に度数の強い酒を回して、一気に酔い潰そうとした。

 その頃にはスバルは部屋を出ていて、イトセが看病のために共に姿を消した。

 酒の匂いが充満する酷い有様の中で平然としていたのは、酒を飲まなかった亜莉香とルカと、勧められても頑なに微笑んで酒を断ったキサギ。

 そしてヤタとケイの年配組で、最後まで酒を楽しんでいた。

 夕食が終わったのは大量の酒が無くなったタイミングで、ルイとヨルが同時に気持ち悪いと口を押さえていたし、酔いながらも誰よりも楽しそうにトウゴは笑って、トシヤは片付けを考えて頭を抱えた。

 ピヴワヌは飲み足りない様子だったが、それは口にしなかった。

 酔ってない人を中心に片付けをして、ケイの家を出たのが数十分前。


 ほろ酔いのユシアとフミエは歩いている途中で酔いが醒めたが、酔っ払いのトウゴを問答無用でトシヤが引っ張り、表面上は笑みを浮かべたルイとヨルは兄弟喧嘩をする気力もなく、始終にこやかな笑みを浮かべていたヤタが兎の姿で眠るフルーヴを抱え、ほろ酔いのピヴワヌの話し相手。

 自分の家に戻ると思っていたヤタが酔った面々を引き受けてくれたので、亜莉香は安心して任せた。口では大丈夫だと言っていたトシヤも顔は赤かったし、家に着いてもピヴワヌの酒の相手はヤタがするだろう。

 ピヴワヌの目論見はヨルではなく、ヤタに変わってもらうしかない。

 ルイもヨルも限界が近そうだったので、別れた後に無事に家に辿り着いていて欲しい。

 楽しくなかったか問われれば、正直楽しかった。また流しそうめんをしたくて、大勢で夕飯を食べたい。

 ただ酒は程々にしようと考えていれば、フミエの声が耳に届いた。


「この庭には、どんな花が多いかしら?ルカは知っているの?」

「知るわけがないだろ。俺の家じゃないし、滅多に来ないからな」


 小声の会話に、亜莉香は思わず口を挟む。


「全体的に薔薇が多いそうです」


 以前キサギから聞いた説明を、そっくりそのまま微笑んで言う。


「薔薇の見頃は一年に何度かありますが、沢山の花が咲いて綺麗なのは春です。春だけにしか庭園のつる薔薇は咲かなくて、大きい薔薇から小さい薔薇まで、珍しい青や緑の薔薇も咲きます」

「アリカさんは物知りですね」

「これはキサギさんの受け売りです」


 フミエが感心して、それから、と庭園に視線を向けた。


「薔薇の花言葉は色々ありますが、有名なのは赤い薔薇の花言葉の一つが、あなたを愛します。本数によっても意味があって、例えば三本だと告白、またはこちらの意味も、愛していますという意味を持つのですよ」


 話している途中で、ルカの足が止まったことに気が付いた。

 月明かりでは顔色はよく分からないが、その表情に恥じらいと困惑が浮かぶ。おそらく僅かに顔を赤くして、今の言葉を必死に理解している。

 無理やり笑みを作ったルカは、なんて顔をしていいか分からない亜莉香に問う。


「嘘、だよな?」

「いつか言おうと思っていたのですが、ルカさんと薔薇の話をする機会がなかったので」


 肩を竦めてみせれば、恥ずかしさでルカが顔を隠した。下を向いて、左腕で鼻と口元を覆うルカの耳まで真っ赤だ。

 水花祭りでルイから受け取った花束の意味を、ルカはようやく知ったようだ。

 多分気付いてないよね、ルイは軽く笑って気にしていなかったが、それとなく伝えておいてとも頼まれた。あからさまに話し出せば怪しまれそうで、それとなく伝える機会は大分前から伺っていた。

 フミエは何も分かっていなくて、亜莉香とルカを交互に見た。


「どういうこと?」

「えっと…ですね」

「ちょっと、私を抜けてルカの恋愛話を始めちゃ駄目だよ!」


 腰に手を当てて仁王立ちのユシアが振り返って、響いた声にルカの顔が真っ青になる。

 恋愛話、と呟いたのはフミエで、隣のキサギが盗み聞きしたことに対して罪悪感を抱いた。亜莉香と目が合うと気まずそうに逸らして、早口で言う。


「私は先に部屋の支度を整えておきますね」


 踵を返したキサギがいなくなれば、ユシアは腕を振りながらルカの元へやって来た。

 思わず亜莉香が隣を譲れば、自然に並んで、身を引きそうだったルカの腕に自分の腕を絡めた。身を寄せて、少し上目づかいで微笑む。


「今夜はとことん、ルイとのこと話してくれるわよね」

「俺は話すことなんて――」

「最近の二人を見ていて、何も気づかないはずがないでしょう。ずっと、ずっーと話してくれるのを待っていたのに、ルカは何も言わないから」

「え?じゃあ本当に、長年のルイ様の想いに気付いたの?」

「話してくれるわよね?」


 両側から問い詰められて、ルカの身体が小さく震えた。背は高いはずなのに、小動物のように身体を小さくして、視線を泳がせる。


「いや、だから――」

「ルカったら、赤い薔薇の花束をルイから受け取ったのよ。その時のリボンだって大事に部屋に飾ってあるし、ルイとの距離も前より近くなっていて」


 ルカそっちのけでユシアが話せば、興味津々のフミエの方が顔を赤らめた。


「前からだって、相当近かったのに?」

「この前は市場で手を繋いで歩いていたし、人混みの中でも気にせず頬に口付け――これはキサギから聞いた話だけど」

「それって、やっぱりルイ様から?昔は手を繋ごうとしても戦えなくなるから拒否して、口付けじゃなくて頭突きをする仲だったのに?」

「その話は後で、詳しく聞きたいわね」


 好き勝手言うユシアとフミエは、純粋な眼差しでルカを見た。口角を引きつらせて感情を抑えようとしたルカに、止めと言わんばかりに訊ねる。


「「なんで言ってくれなかったの?」」

「言えるわけがないだろ!長年って何だよ!それにユシアはなんで薔薇の話を知っているんだ!リボンのことだって誰にも言って――」

「毎朝起こしに行くルイが言っていたわよ」


 感情が高ぶって叫んだルカは、あっさり返されたユシアの言い分で撃沈した。

 ユシアの言う通り、朝が弱いルカをルイが連れてくることは毎日のことだ。二人一緒にいることが当たり前すぎて、すっかり忘れそうになる。

 そろそろルカが可哀想になった。

 とりあえず、と亜莉香は遠慮がちに声を上げる。


「部屋に入って、落ち着いて話しませんか?このまま外にいると、キサギさんが心配するかもしれませんので」

「そうね。父が起きて待っているとも言っていたから、挨拶しなくちゃ」

「ユシアさんのお父様は甘いもの大丈夫ですか?時間がなくて、きちんとしたものを用意出来なかったのですが」

「好き嫌いはあまりないから大丈夫だと思うわ。でも、気を遣わなくていいのに」


 ユシアとフミエは穏やかに話をしながら、どちらもルカの腕を掴んで歩き出した。

 この調子だと、部屋に行ってもルカへの追求は続きそうだ。薔薇の話をしなければ良かったのかと、後ろを歩きながら、少しだけ後悔する。


「けど私が言わなくても、ユシアさんは止まらなかっただろうな」


 零れた本音は、前を行く三人には聞こえなかった。

 夜通し語ると決めた時点で、ユシアはルカの恋愛話を聞くつもりだった。フミエも加われば昔話も混ざって、文字通り夜通し話すことになるかもしれない。

 明日も予定があるから、数時間でも寝たい。

 それは亜莉香だけの話ではないが、楽しそうなユシアとフミエの会話が止まらない。


「それでね、今日の為にお菓子を作って貰ったの。紅茶の茶葉を混ぜた焼き菓子で、ネイロさんのお手製の特別なお菓子」

「それは、とっても楽しみ。因みに、ネイロさんとはどなたですか?」

「あ、ネイロさんは、この家にいるもう一人の使用人の女性で、私とアリカちゃんのお菓子作りの先生なの。私は時々しか教われていないけど、アリカちゃんはもう何度か、お菓子作りを習っているのよ」

「へえ、お菓子作りを習えるなんて羨ましい。私は和食を作るのは得意だけど、お菓子作りは苦手で。それに習える人もいなくて」

「それなら時間がある時に、いつでも習いに来て。きっとネイロさんも喜ぶわ」


 そうよね、と同意を求めたユシアは、亜莉香が隣にいないことに気付いた。急いで振り返り姿を確認すると、にんまり笑って亜莉香の手を引く。

 勢いよく引っ張られて転ぶ前に、ユシアは口を開いた。


「ほらほら、アリカちゃんも話に加わって。ルカみたいに逃がさないからね」

「逃がしてくれよ」


 小さく反論したルカに、ユシアはきっぱり言い返す。


「嫌よ。今日はルカとアリカちゃんの話も聞きたかったのよ」

「私も?」


 突然名前を呼ばれて、亜莉香は瞬きを繰り返した。


「私は特に話すことないけど?」

「そんなことないでしょう。最近のアリカちゃんとトシヤの様子を詳しく、ね」

「やっぱり、お二人はそういう関係なの?」


 やっぱりとフミエに言われて、どんな関係を怪しまれていたのか聞きたくなった。

 簪を身に付けているのは周知の事実だから、何となく言いたいことは想像出来る。フミエの想像している関係ではないが、トシヤへの気持ちを認めもする。


 嫌われるのは嫌。今はただ傍に居たい。

 それ以上を望むことは、少し怖い。隣にいるだけで幸せだと思うし、居心地が良い。今のままでも心が満たされれば、それだけで十分だろうと気持ちを割り切る。

 正直、踏み出すことが難しいのだ。

 いつか嫌われてしまうのではないか。離れてしまうのではないか。不安が芽生えて、伝えたい言葉が声にならない。

 もう少しだけこのままで、とも願う。


 自分の気持ちを整理して、ゆっくりと息は吐いた。

 それを言うなら、と亜莉香は微笑んで口を開く。


「私の話より先に、ユシアさんとキサギさんの話を聞きたいな。私とルカさんがセレストにいる間とか、まずは自分の話をしてくれるよね」

「へ?」


 間抜けな声を出したユシアは、自分に矛先が向かって来るとは思ってもいなかった。普段、亜莉香から話を聞くことは少ない。ユシアが惚気ることがないわけでもないが、聞きたいと言ったのは初めてだ。

 瞳を輝かせるフミエの視線を浴びて、ユシアは頬を赤くした。

 ルカは安心したように息を吐き、亜莉香は満足げな表情を浮かべる。するりとユシアの手を解き、辿り着いた玄関の扉に手を添えた。

 にっこり笑って、扉を開ける。


「それでは楽しく語りましょう」

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