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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
238/507

48-2

 ケイの店の催しは、三か月に一度行われる。

 前回は、亜莉香がセレストに行く少し前。七夜月の前である、水張月の初めに行われて、次は来月の紅葉月の予定だった。


 それが今回は例外として、本日行われる。

 本来は、例外なんて認められない。毎月行いたいと従業員から要望があっても、催しの回数は増えない。ケイが頑固として首を縦に振らないのだ。

 原因は一つで、従業員の五月蠅さのせいである。

 朝から晩まで話し合っても終わりが見えず、酷い時は深夜近くまで誰も帰らない。あまりに白熱した話し合いで、声は外まで響き渡り、近所が怒鳴る前にケイが喝を入れるのは一度や二度の話ではない。


 それが今回は例外として認められたのは、ルカの存在が大きい。

 そもそも始まりは、ケイの店にフミエを呼んでもいいか訊ねたことだった。やって来る日が定休日であったため、フミエがやって来る日を変える前に、イトセが顔を覗かせた。

 他のお客さんがいないのは定休日だからこそと、瞳を輝かせて。

 少しくらい店を開けて商品を見るぐらいならとケイが許可を出せば、イトセの次に恋人であるスバルが話に加わった。

 着物に帯や小物を合わせるなら、多数の意見があった方がいいと軽く提案して。

 イトセが歓喜を上げると、その勢いで有志を集い始めた。

 内容は、フミエの購入した着物に合う帯や着物合わせること。

 それは催しでの着物合わせと似ていて、今回は個人相手であるだけだ。あまりに騒がしくなっていく事態に、ケイは五月蠅くなったら即中断すると釘を刺した。

 五月蠅くならないはずがなくて、イトセとスバルが頭を抱えた。

 何が何でも催しを行おうとしていたので、小さく手を上げた亜莉香が口を挟んだ。

 知り合いに防音対策が出来るか、聞いてみると。

 その一言で少なかったはずの有志は、従業員の全員参加に変わった。イトセを中心に話がどんどん進み、開催はフミエが到着次第。ケイは途中で手綱を握るのを放棄した。


 その話を家に帰って、ルカに結界を頼んだ。

 少し渋ったルカだったが、最後には承諾してくれた。それを聞いていたユシアは、仕事があるけどフミエに会いたいと駄々をこねて、泊まればいいのに本音を零す。

 ルイはそれを聞き逃さず、フミエを泊めようと言い出した。

 フミエと一緒にヨルが来ると言いながらも、泊まる場所はフミエだけでいいと。それではあまりにもヨルが可哀想で、宿を取らせたり野宿をさせたりする可能性もある。二人を家に泊めることも出来たが、ここでトウゴが笑って口を挟む。

 折角なら女の子同士で夜通し語れば、と。

 トシヤが止める暇もなく、今度はユシアがキサギを巻き込んだ。父親が住んでいる家の部屋を貸してもらえることになり、フミエが泊まる支度だけじゃなくて、亜莉香とルカまで泊まる支度を整えた。

 ヨルが家に来れば、酒に付き合わせようと目論むピグワヌには背中を押された。

 夕食時の話で、おにぎりを頬張っているフルーヴはよく分かっていなかった。

 瞬く間に計画されたのは、ここ数日の話。

 裏門でヨルと別れて、亜莉香はケイの店を目指した。フミエには一部を省きながら説明して、ケイの家の裏口に回り、借りていた鍵を差し込む。


「従業員の方々が集まる前に、ルカさんは結界を張って、私と一緒にフミエさんを迎えに行く予定でした。実は少しだけ着物や小物を見たかったそうで、従業員の方々が来る前に済ませるつもりが、運悪く店にいたイトセさんに捕まってしまいまして」

「あのルカが、ですか?」

「はい。その後に人が増えて、まだ着せ替え人形になっていると思いますよ」


 信じられないフミエに、亜莉香は軽く頷いて引き戸に手をかけた。

 ごめんください、と大きめに声をかけても、奥の店までは届かない。玄関に草履を並べて、フミエを店の方へ誘う。


 廊下の途中から、騒がしい声は耳に届いた。

 あれじゃない、これじゃないと言い合う声には、男女共に遠慮がない。特に大きく熱の入った声は間違いなくイトセで、ケイの声は聞こえないが店の中にいるはずだ。


 ひょっこりと店の中を覗き込めば、ルカを中心にして対立する構図が出来上がっていた。

 従業員は十五人もいないとは言え、囲まれているルカの表情は消えている。普段は黒い紐で結んでいる紅色の長い髪を解かれて、薄く化粧までして正座していた。

 身に纏う着物は、色鮮やかな花々が咲き乱れる、やや紫がかった桃色とも言える紅梅色。鮮やかで高貴な着物に描かれている花々は、圧倒的に白や明るい黄色が多い。帯は深く上品な紫色で、遠目からでは分かりにくい小振りの花刺繍が施されていた。

 今にも立ち上がりそうなイトセやその他数人の手には、幾つもの帯締めと帯飾りがある。

 そのどれを合わせるかで話し合いが続いているのは明白で、亜莉香は視線を店の入口に向けた。少し離れた定位置である場所に、ひっそりと腰を下ろして、ケイだけがお茶をすすりながら一部始終を眺めていた。


 なんて声をかけようか迷っていると、ケイと目が合った。

 肩を竦めて見せてから、ケイはゆっくりと立ち上がる。盛り上がっている面々を割ってルカの後ろに立てば、視線が集まって急速に鎮静化した。

 辺りを見渡して、動かなかったルカの肩に優しく手を置く。


「いい加減にしな。本来の目的を忘れたのかい?」

「そんなことは…ありません。お婆ちゃん」


 従業員を代表してイトセが声を上げたが、その声も身体も小さくなって視線を泳がせた。

 完全に本来の目的を忘れていたようで、それはイトセだけの話じゃない。ケイの視線をまともに受け止められる人はいなくて、大きなため息がその場に響く。


「他のお客様の前でも、そんなはしたない真似はするんじゃないよ。次のお客様が到着しているのだから、今度はちゃんと、もてなしな」


 ちゃんと、を強調したケイは、ルカに立ち上がるように促した。

 廊下に向かって歩き出したケイに背中を押されて、顔を上げたルカがようやく亜莉香とフミエに気付く。笑えていないルカが立ち止まろうとして、疲れ果てた顔色のケイが足を止めずに亜莉香に微笑む。


「あとは頼むよ」

「はい。分かりました」


 ケイが先を急ぐので、ルカとは挨拶せずにすれ違った。焦燥していたルカはケイに任せて、亜莉香は足が引いていたフミエを店の中に案内する。

 フミエを連れた亜莉香の登場でも、店の中は静まり返っている。

 静寂の中で心は波の立たない水のように静かになり、ルカがいた場所まで進んだ。注目を浴びて立ったまま、緊張しているフミエを紹介する。


「遅くなりましたが、彼女がフミエさんです。お会いした方もいらっしゃるかもしれませんが、今日の夕方頃までしか時間がありません。よろしくお願いしますね」

「アリカちゃん。さっきのこと、怒ってないよね?」


 誰よりも早くルカを捕まえた張本人のイトセが、おそるおそる問いかけた。

 亜莉香は笑みを浮かべているが、イトセからしたら笑っているようには見えていない。怒っているかと問いかけられたのは、イトセを含む面々が亜莉香との約束を破ったからだ。

 店を離れる際に、程々に、と何度も念を押した。

 少し困った表情を浮かべていたルカが大丈夫なように、約束したことは忘れてない。怒っているわけではないが、勘違いを否定もしない。

 笑って、はっきりと告げる。


「フミエさんに対して程々でなくなった時点で、私は次からの催しを辞退します。もしかしたら金輪際、参加しなくなるかもしれません。そのことをお忘れなきように」


 亜莉香にしか言えない切り札に、イトセを含む数人の顔色が悪くなった。

 辞退した場合、困るのは従業員だ。今までは頼まれたから快く承諾して、催しに付き合っていただけ。元々従業員同士で持ち回りの役目を引き受けたわけで、実際に着物を着るより話し合いたい従業員の意思を尊重して、手助けをしていたに過ぎない。

 亜莉香が引き受ける前に、何度か心優しい人はいたらしい。

 ただし、誰もが二度目はなかった。一日中着物や袴を身に纏っては脱ぎ、五月蠅い従業員の声に耐えきれる人は中々いない。体力も必要で、あまりの熱気と運悪い季節の変わり目で倒れた人もいた、とケイが以前ぼやいていた。


 慈善活動、と誰かが口にしていた。

 亜莉香からしたら、催しに参加するのは楽しい。様々な着物や袴、帯や小物を比べられて、とても勉強になる。確かに指示されるままに何度も着替えて疲れはするし、従業員の白熱した話し合いは口を挟めないが、それらを含めても嫌いにはならない。

 催しに来なくていい、と言われるまでは参加したいのが本音。

 それを今の状況で言ってしまうと、フミエもルカのような被害を受ける。それだけは避けたくて、何より催しに参加出来なくなるより仕立ての仕事が貰えなくなる方が困る。

 従業員たちより、圧倒的に頭が上がらない相手はケイだ。

 ケイから任された以上は容赦なく、パンッと手を叩いて場を支配する。


「それでは、フミエさんに似合う帯と小物を決めましょう」


 亜莉香の言葉に、反論の一つも言わせなかった。

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