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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
233/507

47-3

 角から覗けば、そこは小さな庭だった。

 細かい石が敷き詰められた静かな庭。石は白や灰色が多く、波打つように綺麗に整備されている。職人の技で完成している庭に、草木はあまりない。竹垣近くには小さな池があり、湧き出る水が涼しい音を立てる。


 庭を眺めるために、向かいには屋根がある広い縁側。

 部屋との境には太い柱があり、リリアは寄りかかって座っていた。

 物思いにふけて、じっと動かずに庭を見つめる。薄い灰色の瞳には庭の景色しか映っていなくて、亜莉香の存在には気付かない。肩まで伸びた髪の両側の一部を三つ編みにして、後ろで一つにまとめ、毛先に行くほど濃い金色の髪は輝いて見えた。

 無地の純白な着物姿に露草色の帯を合わせて、庭を眺める姿は絵になる。

 感動している亜莉香と同じく、リリアを見ていたネモフィルが声を下げた。


「ここは離れだけど、廊下には警備隊がいるの。時折リリアに声をかけるから、この場を離れると気付かれる。あんまり大きな声では話せないけど、落ち着いて話せるはずよ。時間の許す限り、ゆっくり話してくるといいわ」

「ネモは一緒に行かないのですか?」


 付いて来るものだと思って言えば、目が合って小さく頷いた。


「ここで待っているわ」


 ほら、と言いながら、背中を押された。

 少し転びそうになって、慌てて体勢を整えた。踏み出した足が小石を踏み、小さな音がした。顔を上げればリリアと視線が絡み、どちらかともなく笑みを零す。

 物音を立てないように慎重に、庭の隅を移動した。

 縁側に近づくとリリアは背筋を伸ばして正座して、緊張していた亜莉香を見上げた。何か言いたそうな困った顔になって、そっと口を開く。


「朝早くから来てくれて、ありがとう」

「いえ…私も、リリアさんとは話をしなくてはいけないと思っていたので」

「良かったら座って、私も話さなくちゃいけないことがあるの」


 縁側に座るように勧められて、一人分の距離を置いて腰を下ろした。どこから話そうか迷った亜莉香より先に、庭に目を向けたリリアが言う。


「ごめんなさい」

「…え?」

「先に謝らないといけないのは、私なの」


 瞳を伏せたリリアは膝の上で両手を握り、肩を小さくした。


「ネモから、私がいなくなった後の話は聞いている。鈴を…鍵を壊して、私が住んでいた家が闇に落ちたと」


 謝ろうとしていたタイミングを奪われた。淡々とした事実に、亜莉香は申し訳なくなった。居心地悪く視線を下げる前に、リリアが身体の向きを変える。

 言葉に詰まっていた亜莉香に向き直り、静かに頭を下げた。


「亜莉香さんに不必要な罪悪感を抱かせて、本当にごめんなさい」

「いえ、あの…私の方が、謝らないといけないのです。私が鈴を見つけなければ、もっと別の方法でリリアさんに会いに行っていたら、こんなことには――」

「違うの」


 急いで言葉を重ねようとすれば、リリアがはっきりと遮った。


「あの場所は――あの家は、私が闇に落としたようなものなの」


 言い直したリリアが顔を上げた。戸惑う亜莉香を真っ直ぐに見つめて、もう一度同じ意味を含む台詞を繰り返す。


「私が闇に落としてと、そう頼んだの」


 近くで湧き出る水の音が、やけに大きく亜莉香の耳に響いた。

 リリアの言葉が信じきれずに、言葉を失う。なんて言えばいいのか、何をどこから尋ねればいいのか。聞きたいことはあるはずなのに、どれ一つとして声にならない。


「意味が…よく分かりません」


 掠れた声は小さく、リリアが再び視線を下げた。


「二十年前に灯様と会った時に、外の世界に出るように誘われたの。遠い所に行くから、一緒に行こうと。でも私は宝石が揃うまで森から出ないと決めていたから、その誓いを違えてはいけないと思った」


 肩の力を抜いて、一呼吸を置く。


「そうしたら言われたの――それっていつまで、と」


 苦しさを押し殺したリリアに何か言いたいのに、亜莉香は何も言えない。

 黙っていれば息を吐き、説明が再開する。


「終わりが見えないとしても、その時は何も答えられなかった。そんな私に灯様は微笑んで、いつか闇の者が森を見つけると告げた。そうなる前に誰かが森に辿り着けたら、その人と一緒に外に出なさいと。私の気持ちは変わらないと言っても、その時になったら、もう一度よく考えて選択することを忘れないでとも。だって……未来は誰にも分からないから」


 灯の言葉を思い出すリリアの声に段々と悲しみが混じって、ゆっくりと顔を上げた。その瞳が映すのは、二十年前の灯の姿のような気がした。

 泣きそうな顔で笑って、涙を浮かべて言う。


「灯様はきっと、私を外に連れ出したかった。けど私がそれを拒んだから、選択肢を与えてくれたの。ずっと待っているだけじゃない、別の道を。本当に誰かが辿り着くなんて信じていない私のために、幾つもの道を照らしてくれた」


 瞬きをして、リリアが亜莉香自身を見た。


「誰かが辿り着いて、私を連れ出す道。私が留まり続ける道。誰にも見つからずに変わらない道。幾つもの道から私が選べるように、魔女の御伽噺を作ったり、森の結界を強化してくれたりした。そして亜莉香さんが辿り着いて、私は外に出た」

「私は…透の髪飾りに導かれただけです」

「それでも私の元に来てくれた人は亜莉香さんだけだった」


 ようやく心の底からの笑みに変わった。

 頭で考えて、整理して、深呼吸した亜莉香は問う。


「だからって、どうしてリリアさんが闇に落とすように頼んだのですか?あの家は、リリアさんにとって大切な場所ですよね?」

「誰かが辿り着いたら、それは綻びが生じた証拠だから。隠せないなら、誰にも手の届かない場所にして欲しいと、私が灯様に頼んだの。辿り着いた人が誰であっても、私が外に出ない選択をしていても、鍵である鈴を壊せば闇に落ちるように仕掛けをして欲しいと」


 仕方のないことだと言いそうなリリアに、亜莉香は言わずにはいられなかった。


「それでも、私がリリアさんの家を闇に落としたことには変わりありません」


 口から出た言葉で傷つくのは、視線を下げた亜莉香だけ。


「もしかしたら、別の方法があったかもしれない。鍵を壊す以外の方法で、あの家を守れたかもしれない」

「亜莉香さん…」

「居場所を奪ったことが、心苦しいのです」


 胸を押さえながら言って、泣きそうな声が出た。

 リリアは納得しているのに、亜莉香は受け入れられない。もしかしたら鍵である鈴を壊しても、あの家は失われていないかもしれない。闇に落ちた瞬間を見ていないから、またあの家に辿り着けるかもしれない。

 そんなことは叶わないと周りに言われても、心が追いつかない。

 希望を捨てきれない。

 リリアが身を寄せて、右手を伸ばした。肩の触れた瞬間に亜莉香の身体が震えて、顔を覗き込もうとする。


「私の居場所は、誰にも奪われていない」

「でも…」

「私の居場所は、透や亜莉香さんが手の届く場所なの」


 優しい声に顔を上げたくなった。唇を噛みしめて動かず、リリアの言葉に耳を傾ける。


「二十年前から、いつも考えていた。灯様の手を取らなかったことが、正しかったのか。私はどうしたかったのか。その答えは出ないと思っていたけど、夢の中で亜莉香さんが言ったでしょう?――皆と一緒にいたいって」


 勢いよく顔を上げた亜莉香とリリアの目が合った。

 その言葉を覚えている。

 リリアと出会った時のことを。出来ることより未来を描くといいと言われたことを。リリアの言葉に救われて、描いた未来があって、前に進めた。

 手を離したリリアが微笑み、涙で視界が滲んだ亜莉香に言う。


「私の居場所は、あの家じゃなかった。私の願いは千年前から変わらなかった。私はずっと、透や灯様と一緒にいたかった」

「それが…リリアさんの願いでしたか?」

「ええ。そのために王冠を護り続けなければいけないと、王冠を護ることこそが透や灯様のためになると思い込んでいた。灯様はきっと、そんな私の気持ちに気付いていたのよね。だから外に出るように、私を説得しようとしたのかもしれない」


 美しい庭を見つめる瞳は、曇りのない晴れやかな色だった。


「間抜けな話で、私は私の心が分かっていなかった。だからね、亜莉香さん。貴女は私の居場所を奪ってもいないし、寧ろ、透を呼び戻してくれた。危険が伴うのに会いに来てくれたことが、嬉しくてお礼を言いたかった」


 嬉しそうな顔になりながら、リリアが亜莉香に向き直った。


「私を連れ出してくれて、ありがとう」

「――っ」

「私に居場所を与えてくれて、本当にありがとう」


 堪えようとしていた涙が零れて、亜莉香の頬を伝った。少しずつ胸に引っかかっていた何かが、ひっそりと消えていく。

 私の選択は正しかったと、今なら胸を張って言える気がした。

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