表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
232/507

47-2

 身支度を整え、置き手紙を残した。

 襖の隙間から覗いた和室では、布団で顔を半分以上隠したトシヤと、枕に顔を押し付けたルイが熟睡していた。全く起きる気配がなく、置き手紙はルカの枕元に置いた。玄関から出ようとして、草履を取りに行く。ネモフィルに鍵をかけるのを頼もうと縁側に戻れば、ここから出ればいいと言われた。


 今度こそネモフィルの右手に触れて、縁側から外に出る。

 警備隊の目をかいくぐり、誰にも見つからないように移動する。ネモフィルは心底楽しそうに案内して、時には水の魔法で雨を降らして視線の先を変え、時には亜莉香を置いてわざと音を立てた。


 辿り着いたのは、竹林の中に隠されていた平屋建ての屋敷。

 竹林から覗く屋敷はひっそりと静まり返って、竹垣に囲まれていた。瓦屋根と格子が特徴的な門はガランスでも見覚えがあり、門の前に警備隊が控えている。竹垣の角にも警備隊がいて、非常に厳重に守られた場所だと誰でも分かるはずだ。


「本当に、この中に入るのですか?」

「当たり前じゃない。リリアも透も、この中よ。折角来たのに今更帰りたくなったの?」

「そうではなくて、この状況でどうやって入ればいいのかと」


 竹に身を隠し、亜莉香は顔を覗かせる。傍にいるネモフィルは堂々とした態度で、竹に背を預けたまま視線を屋敷に向けた。


「これくらい、どうってことないじゃない」

「よく見れば結界まで張ってあるのに、ですか?」

「あら、気が付いた?」


 流石ね、とネモフィルが微笑んだ。

 褒められて悪い気はしないが、目の前の難題に対する回答を得ていない。結界なら通り抜けられる気がしたが、人の目を欺く魔法を亜莉香は知らない。

 何を言えばいいのか、眉間に皺を寄せた。

 小さな笑い声が聞こえて、ネモフィルを見る。


「何か、おかしかったですか?」

「いいえ。あんまり苛めるのは可哀想だと思っただけ。心配しなくても、真正面から入るつもりはないわ。私だって、人に姿を見せるのは気を遣うのよ」


 背を預けるのをやめたネモフィルは、来た道を戻るように屋敷と反対側に歩き出す。


「道はこっち。裏口から行きましょう」

「裏口で行くのなら、最初からそっちを目指せば良かったのでは?」


 置いていかれないように後を追いながら、亜莉香は言った。

 何故か竹林の中をぐるぐる回るように、進んだかと思うと急に方向が変わる。同じ場所を行ったり来たりして、急に立ち止まったりもする。

 不思議に思いながらも背中を追えば、世間話をするようにネモフィルが軽く問う。


「アリカは、よく狭間に行くの?」

「いえ。ガランスにいる時は知らないうちに迷い込んだこともありますが、基本的には行きません。何故ですか?」

「狭間の中でも平然としているから、普段も渡っているのかと思ったのよ」


 渡る、の単語が頭の中に残った。

 意味を質問する前に、何かを探しているネモフィルは話し出す。


「狭間との波長が合う人間はね、時々いるのよ。そう言う人間は狭間が近くにあると何か感じて、道に迷うことなく上手く渡る。アリカも、それが出来るかと思ったの」

「狭間を渡るとは、自由に狭間を行き来することでしょうか?」


 説明に耳を傾けて、亜莉香は確認した。

 ネモフィルが立ち止まって、竹と竹の間に顔を寄せる。首を左右に動かすと、ここじゃない、と呟いてから振り返った。困った顔をして、唸り声を出す。


「ちょっと、違うかしら?」

「どういうことですか?」

「そもそも狭間とは、不安定な川のようなものなの」


 何もない空間に右手の人差し指を出すと、ネモフィルは大きめの円を描いた。

 魔法による青い光を放ちながら、水が生まれて循環する。ゆっくりと流れる川を作り上げて、その上に一粒の氷を浮かべた。


「常に揺れ動く狭間では気を抜けば流されてしまうし、道を見失えば出られなくなる。けど狭間を渡れる人間は川のような狭間で、船に乗って自分の望む別の場所へ行けてしまう」


 流れていた氷の粒が小さな筏の形になった。舵がなければ、風もないのに動き出し、流れに逆らって漂う。


「ちょっと狭間を出入りするとは、訳が違うの。狭間と波長が合うから、上手に波を読み取って渡る。自由に行き来すると言うより、狭間と言う大きな川を渡れる人だと、私は言いたいのだけど…分かったかしら?」

「多分、分かったと思います」


 自信なくも言えば、ネモフィルは安心したように息を吐いた。


「影渡り、と言って通じるなら、話が早いのだけどね。今ではもう、その呼び名を名乗る人間はいないから」

「影を渡る、と書きますか?」

「そうよ。書いて字の如くでしょ」


 にやっと笑ったネモフィルが、亜莉香の後ろの竹林に何かを見つけた。あった、と小さく零したかと思うと、瞳を輝かせて、そそくさと移動する。

 振り返った先にあるのは、竹と竹の間の闇。

 それは影のようでもあり、時折揺らめいて見えた。

 普通の影ではなく、その闇を抜ければ空間が変わる。何度か目にしたことのある狭間への道は、日中では比較的見やすい。

 道を見つけたネモフィルは顔を覗き込み、中を確認して独り言のように言う。


「問題なく、裏口に行けそうね」

「その狭間から、ですか?」

「勿論。狭間を通るのは、精霊である私の特権よね」


 うふふ、と左手で口元を隠して笑うネモフィルと目が合った。瞳には悪戯を仕掛ける子供のような無邪気さがあり、悪気は一切ない。

 いいのかな、と言いたい気持ちを呑み込んで、ふと気になったことを訊ねる。


「精霊は誰でも、自由に狭間を渡れるのですか?」

「精霊は渡るとは言わないわ。人と違って流されることも、道を見失うこともない。ただの通り道の感覚で、光に引き寄せられて浮かんでいるうちに、必ず外には出られるの。まあ、出口を間違えることはあるけどね」


 狭間に入ろうとしていたネモフィルが、首だけ亜莉香に向けた。


「フルーヴだって、狭間の中ではどこに出口があるか分かっていたでしょう?」

「確かに、分かっていましたね」

「こっち、というのを何となく感じるのよ。もし狭間で帰れなくなったら、精霊に案内して貰えばいいと覚えておきなさい」

「そんなに簡単に、狭間で精霊を見つけられますか?」

「貴女なら呼べば駆けて来る小兎が、一匹や二匹いるじゃない」


 即座に思い浮かんだ小兎二匹に、亜莉香は思わず口元を押さえて笑った。

 呼ばなくても付いて来てくれるか、見つけてくれる。いつだって心強い味方である精霊に感謝して、手招きしたネモフィルと一緒に狭間に入る。


 出口は入ってすぐで、ほんの数分後には外に出た。

 外に出たはいいが、そこは木の上。太い枝に乗った状態だと気が付いた途端に、咄嗟に幹にしがみつき、数メートルの高さに小さな悲鳴が上がった。

 精霊であるネモフィルは宙を歩けても、亜莉香には無理だ。

 悲鳴を聞いて振り返ったネモフィルが、青白い顔の亜莉香を確認して瞬きをした。


「空中歩行、出来なかったのね」

「普通は出来ません」

「ごめんなさい。透はどんな状況でも氷を張って足場を作るから、それを当たり前だと勘違いしていたわ。ちょっと待って」


 右手を唇に当てたネモフィルが、指の隙間から息を吐いた。

 瞬く間に足元に現れたのは、魔法の氷の階段。直線の階段は真っ直ぐに地面に向かっているが、手摺もなければ幅も一人分しかない。

 亜莉香の元に戻って来たネモフィルの手を借りて、滑り落ちないように足を踏み出す。太陽の光を反射するほど、氷の階段は透明で綺麗。十何段の氷の階段を下りて、安心して座り込んだ。

 一気に疲労を感じて、顔を上げられない。

 心配して見下ろすネモフィルを見られないまま、亜莉香は言う。


「狭間って、どこにでも道が繋がっているのですね」

「そうなのよね。だいたいは同じ場所だけど、それが常に同じとは言えないし、急に現れたり消えたりすることもある。でも良かったわ、今回はしっかりした枝の上で」


 しみじみとした声に顔を上げ、口角が引きつった。腕を組んで傍に立っていたネモフィルは、亜莉香がどれほど焦ったか分かっていない。


「しっかりした枝の上じゃなかったら、私は落ちていましたよね?」

「その前に、私が手を貸したわよ。もしも落ちても、この高さなら即死は免れたでしょう?怪我をしたならフルーヴを呼び出せばいいし――」

「この話、これくらいでやめましょうか」


 ぼそっと呟いた亜莉香に、ネモフィルは不思議そうに首を傾げて話をやめた。

 魔法や精霊の存在で、どんなことで何とかなってしまう。それは有難いが、想定外の出来事はいつだって驚く。

 きっと感覚が麻痺してきた。

 ここ数日の予想外の一つだと思えば、幾分か落ち着ける。


 亜莉香は立ち上がって、辺りを見渡した。

 木の上から地面に下りれば、すぐ近くには竹垣。竹垣の傍に植えられた木々は青々とした葉で覆い茂っている。竹垣とは反対側は木造平屋建ての見覚えがある外壁で、その距離は数メートル。

 屋敷の敷地に移動したと認識して、亜莉香は問う。


「ここは、どこですか?」

「正真正銘、屋敷の裏よ。警備隊が守っている門が唯一の出入口とされているけど、私が見つけた特別な裏口が狭間の道なの」


 なんてことなく言った言葉に、ふと疑問が芽生える。


「狭間を通れば、誰でも屋敷の中に入れるのですか?」

「うーん…そうじゃないのよね」


 なんて説明しようか迷って、ネモフィルは一呼吸を置いた。


「結界の中の狭間は、ちょっと複雑になるの。本来なら、狭間の出入りは自由よ。ただ、この屋敷には何重という結界が貼り巡られている。その結界のせいで、他の精霊でも人でも狭間から入ろうとすれば弾かれる。私はそれを許可された身だからこそ、狭間を通って中に入っているから――裏口は私だけの特権と言えるわね」

「ネモがいれば、裏口を利用出来ると?」

「この屋敷の場合は、一応ね。私が一緒なら、透だってウルカだって、ツユ坊だって。狭間で迷わず、誰にもばれずに外に出て帰って来られるわ」


 足取り軽く歩き出したネモフィルに続いて、亜莉香も足を踏み出した。

 今挙げた三人は、確実に一度は狭間を通って外に出たに違いない。よく会話に出て来る透以外の二人を思い浮かべて、ネモフィルが姿を見せているのは誰なのか考えた。

 瑠璃唐草の家紋を背負っているのは、二人だけの話じゃない。

 どこまで姿を見せているのか訊ねようとする前に、外壁の角まで進んで足が止まった。


「ちょっと、待ってね。人がいないか念入りに確認するから」


 背中を向けたまま、ネモフィルが角の先の様子を覗き込む。

 後ろ姿だけ見れば怪しく見えた。何もしない亜莉香は暇で、ぼんやりと空を見上げる。晴れた空を鳥が飛んで行き、ちらほらと精霊が風に流されていた。

 午後にはセレストを旅立つことを考えると、実感が湧かない。

 あっという間に、時間が流れた。

 ガランスを出てすぐにトシヤと気まずくなったのが、遠い昔のことのようだ。ルカとルイが喧嘩したり、孤児院で語り部であるメルから話を聞いたり。ウルカとお茶をしたり、透を迎えに行ったり。目まぐるしい数日は、セレストに来てこその体験だった。


 名前を呼ばれて、我に返る。

 亜莉香を見ていたネモフィルが、不思議そうに首を傾げた。


「どうかした?」

「いえ――何でもありません」


 微笑みながら言えば、あまり気にせずネモフィルが言う。


「それなら、こっちへ来てくれる?」


 何だろう、と思いながら、亜莉香はネモフィルの隣に移動した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ