表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
23/507

05-4

 眩しさのあまり、思いっきり瞑った目をそっと開ける。


 八畳程の、小さな部屋の中に亜莉香は一人でしゃがみこんでいた。

 本の山、と言う単語がよく似合う部屋。壁には何もなくて、天井に届くぐらいの大量の本が目の前に積み上げられている。


「何、ここ?」


 呟きながら、立ち上がって部屋を見渡す。

 窓も電気もないのに、部屋の中は白い壁に囲まれていて明るい。山積みになっている本以外なくて、後ろを振り返れば何もない。

 本当に、真っ白な壁しかなくて、帰る扉がない。

 元の場所に戻る方法が、全く思い浮かばない。


「また、帰れなくなったの?」


 呟きながら、真っ白な壁に触れる。壁に触れても何も起こらず、しゃがんでみても楓の葉はどこにも見当たらない。


「帰りたいのに」


 どうしよう、と言いながら、壁に背を預けてそのまま座りこむ。

 一週間前も、同じように突然知らない場所にいたのに、あの時とは全然違う。


 不安で、怖くて。

 泣きそうだ、と思った。

 泣いても意味がないのに、涙が零れそうになる。どうすればいいのか、考えたいのに頭は真っ白で何も思い浮かばない。呆然と座りこんで、亜莉香は泣かないように唇を噛みしめた。


「特殊結界、か」


 突然聞こえた声に振り返れば、いつの間にか隣にルカがしゃがんでいた。

 にやりと笑ったルカの姿が、今にも涙が零れそうだった亜莉香の瞳に映る。


「隠し部屋、よく見つけたな」

「ルカさん…」


 安堵して、涙が一粒、頬を流れた。

 亜莉香が泣き出して驚いたルカは、ぎょっとした顔になった。


「何で泣く!」

「一人ぼっちで、帰れなくなったと思って」


 淡々と言葉が出てくるのに、涙は止まらず、亜莉香は溢れる涙を袖で拭う。涙を流す亜莉香の姿にルカが狼狽しているので、それで、と下を向いて顔を隠しながら言う。


「特殊結界、とは何ですか?」

「あー…説明してやるから。先に泣き止んでくれ」


 頼む、とルカが付け加えた。

 亜莉香は小さく頷き、深呼吸を繰り返す。亜莉香が落ち着きを取り戻す間に、ルカは立ち上がって部屋の中をぐるりと一周した。

 山になっている本の一冊を抜こうとしては、抜くと山が崩れそうになるのを悟り、無理やりは本を抜かずに、本の山を見つめる。

 亜莉香が泣き止んだことをちらっと確認してから、ルカは口を開いた。


「特殊結界は、特定の条件が組み込んである結界。普通の結界が、どういうものか知っているか?」

「いえ…」


 泣き止んだ亜莉香は、首を横に振って否定した。

 ルカは少し間を置いて、説明を続ける。


「結界は、一定の区域を守るものが基本。外からも内からも、どちらからも破れないのが普通の結界で、透明な目に見えない壁が基本形」


 振り返ったルカが、袖からクナイを取り出した。そのクナイを右手の上に置き、そのままの状態で亜莉香の前までやって来た。

 しゃがみ込んで、右手を差し出す。


「クナイに触れるか、試してみろよ」


 言われた通り、クナイに触れようと手を伸ばせば、ルカの手の上のクナイに触れる前に、透明な何かがあった。それは四角い透明な箱のような形で、クナイに触れることは叶わない。


「これが、結界ですか?」

「簡単に言えば。この基本形に、特殊結界は条件を組み込む。今回はあの葉っぱに触れた者だけ結界の中に入れた。葉っぱはただの道標で、結界には関係なかった」

「神社みたいに鏡のように見えたりするのも、特殊結界ですか?」


 ルカの目を真っ直ぐに見て問えば、ルカは首を縦に振った。


「近くにある結界で言えば、俺らが住んでいる家も当てはまる」

「あ、ルイさんから聞きました。確か、主の許可がないと家に入れないと、害を為すものは家を見つけられないと」

「条件が揃わないと、入れない書庫の結界だろ?あの家で目立つ結界はその三つ。他にも絶対に壊れない物が数点、結界で守られているみたいだな」


 亜莉香の言葉を付けたすように、ルカは言った。

 さて、と言いながら、ルカは本の山に向き直る。


「問題は、ここから出る方法だな。閉じ込めるための部屋なら、こんな手の込んだ入口は作らないだろう。出口もあるはずだ。葉っぱが挟んである本を抜き出せば、部屋を出るヒントが分かりそうだけど」


 腕を組んで考えるルカ。

 心臓に手を当て、もう大丈夫だと確認してから、亜莉香は立ち上がった。ルカの傍まで行き、どれですか、と訊ねる。


 ルカが教えてくれたのは数十冊の本で、近くで見れば確かに楓の葉が挟んであった。その挟んである本を下から目で追い、一つの案が浮かぶが、その案を口に出した後のルカの方が気になる。ずっとこの場所にいたいわけじゃないし、何もしなければ外には出ることが出来ない。

 正解なのかも分からないが、黙っているわけにもいかず、亜莉香は遠慮がちに言う。


「本が好きなルカさんが、おそらく思い浮かばないことを一つ。言ってもいいですか?」

「何?」

「怒りません?」


 言ったら確実に怒りそうで、亜莉香は訊ねた。ルカの眉間に皺が寄る。


「内容にもよる」

「なら、やめときます」

「言え」


 はっきりとルカが言った。言っても言わなくても怒るだろう、と言う結論になって、亜莉香は口を開く。


「楓の葉が挟んである本なのですが」


 一呼吸置いて、亜莉香はしゃがんで一番下の本に触れた。

 表紙が半分以上出ている本、その本だけじゃなく楓の葉っぱが挟んである本は、全て表紙か背表紙が半分以上見えている。他の本に比べて痛んでいて、埃っぽい本を撫でながら亜莉香は言葉を続ける。


「この部屋に入る時も、楓の葉は道標でした。それは小さな子供目線で、道に迷わないようにしたのだとしたら、その本を階段にして上ったら、どうなるのかな、と」

「…」

「本を階段代わりにしたら、面白いですよね。なんて?」


 沈黙が怖くて、冗談交じりに言い切った。

 ルカの表情を伺えば、苦悩に満ちた顔で本の山を眺めていた。怒ってはいないが、心の中の葛藤が起こっている。

 勝手に本の山を上ることは阻まれて、ルカの様子を伺う。

 ルカは数分黙り込み、ゆっくりと口を開く。


「先に、俺が上る」

「私が上りますよ?間違っているかもしれないですし」

「いや、いい…」


 渋々、または嫌々本に足を乗せ、小さな声で本に謝罪しているルカの姿に、亜莉香の方も罪悪感を抱く。それでもルカは天井近くまで進み、天井に手を伸ばした。

 天井の板は簡単に外れ、薄暗い空洞。

 一度はしまったクナイを再び手に持ち、クナイに焔を宿らせたルカが、その焔の明るさで空洞の中を確認する。

 軽く中を見て、下で待っていた亜莉香を見下ろした。


「ここから出れそうだ。上れるよな?」

「はい」


 しっかり頷いて、亜莉香も小さく謝罪をしながら本の山を上る。先にルカは空洞の中に入り、手を差し伸べてくれたので、亜莉香は迷わずその手を掴んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ