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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
222/507

45-4

 引き止めようとしたルカに、怯えていたフルーヴを頼んだ。

 少し偵察に行くだけだと納得させるのには骨が折れたが、最終的にはネモフィルから離れず、出来るだけ早く帰って来ると約束したことで承諾してもらった。透は氷の魔法に集中し始めて生返事で、リリアは何か言いたそうだったが何も言わなかった。

 二人と落ち着いて話が出来るのは、朝日が昇ってからだろう。

 足取り軽く、と言うよりは、ほんの少し宙に浮いて地面に足を付けないネモフィルと共に、亜莉香は狭間の中を歩く。少女を倒しに行く、と勝手に頭の中で変換したネモフィルが傍に居ると心強く、出会い頭に戦闘になりそうな不安もある。

 暗闇が濃くなった狭間で、亜莉香は緊張した面立ちになった。


「嫌な感じですね」

「元凶がこっちにいるから、闇が押し寄せているのでしょうね。見つけたらリリアを怖がらせた罰を受けさせてやるわ」


 意気込むネモフィルをそっと見上げると、瞳に闘志が宿っていた。


「戦いに行きたいわけではないのですよ?」

「分かっているわよ。隙を見て、ちょっと攻撃したいだけ」

「でも、血まみれの状態でも生きていましたよ?」


 透の言葉を思い出し、追い打ちをかけるように疑問をぶつける。


「首を刎ねても、凍らせても。何度も生き返るように動いていますよね?そんな相手に攻撃を仕掛けて戦いになるよりは、遠くからでも様子を見て、倒す対策を練る方が大事ではないですか?ネモ一人で、倒せるなら話は別ですが」


 一人で、を強調した。

 一呼吸を置いて付け足した言葉に、ネモフィルが渋い顔になる。


「う…それは正直、難しいわ」

「それなら、無茶なことはしない方向でいましょう。今どこにいるのか。目的は何か。明白にしたいことが多くて、私は少しでも情報を集めたいのです」


 行きましょう、と亜莉香は言った。

 暫くすると頭上から音もなく青い花びらが舞い落ちて、ゆっくりと前を飛んで行く。道案内だと思って進み、地面に置いてある灯籠を見つけた。

 暗闇の中で仄かに明るい灯籠を、リリアの家の庭に置き忘れていたことを思い出す。

 拾い上げると白いリボンと鈴が付いていて、亜莉香は首を傾げた。

 リリアを追っていた血まみれの少女がこんなことをするわけがないが、他には誰もいなかった。持っていろ、と言わんばかりに括り付けられている鈴を見て、隣で立ち止まっていたネモフィルが問う。


「それは、アリカの?」

「おそらく…私が狭間に行くと、いつも手の中に現れて、気が付くと存在しているのですよ。今回は置いてありましたが」

「へえ、無意識の産物かしら?それにしては何も感じないのよね」


 右手に持った灯籠にネモフィルは顔を近づけて、じっと見つめた。

 どれだけ観察しても何も得られなかったようで、肩の力を抜きながら姿勢を戻す。辺りを見渡して青い花びらを見つけ、亜莉香を促して歩き出した。

 灯籠を持っていると辺りが明るくて、うふふ、とネモフィルが嬉しそうに声を出した。


「光があると、力が溢れるわね」

「そうなのですか?」

「精霊は光の存在よ。聞いたことはない?」

「随分前に…教えて貰いました」


 ピグワヌの名前を出しそうになって、何とか呑み込んだ。その時も狭間にいたと思えば、一歩前を歩いたネモフィルが振り返り、後ろで手を組んで話し出す。


「不思議なことにね。私は貴女が瑠璃唐草の紋章を持つ者だから、最初は力を貸そうと思ったわけ。でも今は、紋章関係なく力を貸したいと思うわ。まさか透を呼び戻して、リリアをあの場所から連れ出すとは思ってもみなかったから」


 クスクスと笑うネモフィルに、亜莉香は遠慮がちに問う。


「私は余計なことをしましたか?」

「まさか、寧ろ想定外の功績よ。リリアと直接会って確信したことがあるの。あの子は今、王冠を手にしていない」


 王冠のことは、すっかり頭から抜け落ちていた。驚いた亜莉香の心情を知らず、ネモフィルがにやりと笑う。


「あまりに強い光が、あの子に移ってはいたわ。けれども、それは香りが乗り移ったようなもの。王冠の力ではないわ。あんな弱い力な筈がない。一段落したらリリアに色々訊ねようと思ったけど、その前にアリカと探れるわね」

「それで最初から乗り気だったのですか?」

「そうとも言える」


 素直に頷いて、背を向けながら続ける。


「王冠が失われれば国が滅ぶと言われているけど、まだ国は滅んでいない。敵は狭間をうろついて厄介だけど、それすら王冠を見つけられないからだとしたら愉快よね」

「その可能性もあるのですね」

「ないとも言えないでしょう?もしかしたら、王冠に触れられないのかもしれないけどね」


 思わせぶりなことを言い、ネモフィルが鼻歌を歌い出す。

 時々音が外れても気にせず歌い続けるネモフィルが、亜莉香の望む答えをくれる気配はない。ふむ、と前を向きながら、今まで聞いた全ての情報を頭の中で整理する。


「光と闇は相容れない存在ですよね?」

「そうね」


 何とも気の抜ける返事を気にせず、亜莉香は再び訊ねる。


「精霊は光、ルグトリスは闇。護人が二つを救う立場だとしたら。私達が探している少女は、どうなります?」

「闇に落ちた人間は光も闇も穢して、真っ黒に染め上げる立場。身体という器の中に収まっている限りはね」


 器、と亜莉香が小さく繰り返した。

 ネモフィルは右手の人差し指を宙で回しながら、軽い口調で答える。


「護人の魂は、精霊よりも眩しい光よ。対して闇に落ちた人間の魂は、ルグトリスよりも深い闇。どちらも身体があってこその立場を持ち、その役目を果たす」


 お互いに歩く速度を落とさず、後ろで黙って聞く。


「光も闇も、お互いを受け入れない。コインの表と裏のように交わることない二つの存在の、中間にいるのが護人と闇に落ちた人間。けれどもそれは、身体という器があってこその話であり、透によって身体を失った少女には当て嵌まらない」


 断定して言い、ネモフィルは立ち止まって振り返った。

 思わず身を引いた亜莉香を、人差し指が指し示す。


「貴女は光でありながら、闇との間に存在する稀有な人間なの」

「…自覚は、ありませんよ?」

「それでもいいのよ。あと、聞かれる前に言うわ。王冠は特別な代物で、光の結晶のようなもの。だから闇を決して受け入れず、拒絶するはずなの」


 にっこりと笑ったネモフィルは上機嫌で、亜莉香は首を傾げて問う。


「あの少女はリリアさんではなく、王冠を探していたのですよね?」

「そうだと思うわ。リリアは王冠の番人。王冠を持っていなければ用はなく、追いかける必要もないと判断したのかもしれないわね」

「透が器を壊さなければ、あの少女は既に王冠を手にしていたかもしれませんか?」

「さあ、それもどうかしら?」


 うふふ、と右手で口元を隠して、ネモフィルは再び歩き出した。

 置いて行かれないように背中を追うと、なんてことない声が響く。


「奇跡が起こるべくして起きるように、何事にも意味があるの。透が器を意図せず破壊したことも、貴女がこうして狭間にいることも――全ての事柄は繋がって、いつかは正しい未来に辿り着く」


 そういうものよ、とネモフィルは話を終わらせる。

 淡々とした言葉が心に染み込み、亜莉香は黙って歩き続けた。

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