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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
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44-5

 眩しい太陽の光が当たって、立ち止まって瞳を細める。あまりの眩しさに動けなくなったのは数秒で、焦点が定まって夢と同じ場所にいた。


 チョコレート色の、可愛らしい一軒家。広い敷地を守っているのは、石を重ねて作った低い石垣。石垣の隙間から流れた小川は丸く浅い池に繋がり、大樹の下にはテーブルと四つの椅子。

 季節関係なく、敷地の花々は咲き乱れていた。真っ赤な牡丹も八重桜も、青い瑠璃唐草も黄色の向日葵も。緑の薔薇も見事に咲いている。


 美しく綺麗な場所なのに、池の縁では一人の女性が膝を抱えて蹲っていた。

 亜莉香の存在には気が付かない女性の髪は、毛先になるほど濃い金色。肩まで伸びた髪は乱れて、絡まっている。色鮮やかな花が咲き誇る淡く白い着物に空色の帯を合わせて、土で汚れた裸足の姿。

 痛々しい女性にゆっくりと歩み寄り、一歩手前で名前を呼ぶ。


「リリアさん」


 空気を伝って囁かれた亜莉香の声に、リリアの身体が僅かに震えた。両腕で身体を抱きしめたまま、顔だけがゆっくりと声のした方を向く。

 涙を浮かべた薄い灰色の瞳が亜莉香を捉えて、雫が頬を伝った。

 何も言わないリリアの隣に膝をつき、灯籠と鈴を近くに置いた。正座をして、両手を膝の上に置いて、もう一度優しく名前を口にする。


「リリアさん」

「あ――亜莉香、さん?」

「はい。待っていると言われたので、会いに来ました」


 微笑んだ亜莉香を見て、リリアの右手が伸びた。

 存在を確かめようとする右手は震えていて、亜莉香の頬に触れようとして止まった。触れてしまえば消えてしまいそうだと、怯えているリリアの瞳を見て、そっと左手を添える。

 重なり合った手は温かく、柔らかかった。

 初めて会った時は夢の中で、触れることすら叶わなかった手が頬に触れる。


「私は、ここにいます」


 もう大丈夫だと安心させたくて、ゆっくりと言葉を重ねる。


「数日前にセレストに来て、ネモフィルに会いました。ネモフィルに頼まれて、透を呼び戻しにも行きました。リリアさんに会いたいと、透は言っていましたよ」


 透の名を口にするたびに、唇を結んだリリアの頬から涙が落ちた。顔を下げて、ぽたぽた落ちる涙を左手で拭う。


「本当に…本当に、透が帰って来たの?」

「はい。私と一緒に」

「無事、なの?」


 震えた声は今にも消えそうだった。


「はい」


 たった一言で、リリアの右手がするりと離れた。両手で顔を覆うと、小さな子供のように泣き声を上げて、足を崩して座り込む。

 リリアの肩を抱き寄せて、背中に腕を回して優しく叩いた。

 初めて会った時よりか弱く、小さな存在のように感じた。誰もいない場所で、一人ぼっちでいたリリアにかける言葉はなく、今はどんな言葉も届かない。

 亜莉香が出来ることは、傍に居ることだけ。

 泣き止むまで待っていると、フードからフルーヴが飛び出した。軽やかに着地したフルーヴが亜莉香を振り返ったので、右手を口に当て、静かにしているようにお願いする。両手で口を押さえたフルーヴは首を縦に振って、それから近くの精霊を見つけて駆け出した。


 庭の隅っこに行って、何やら精霊と話しているフルーヴを眺める。

 声を出さないようにお願いしたせいか。唇だけを動かして話をしようとするフルーヴは必死に何かを伝えようとして、伝わらなくて耳が垂れた。しょんぼりと肩を落とした小さな兎が、他の精霊に励まされる構図。

 何とも言えなくなった亜莉香が見ていると、リリアが動こうとしたのが伝わった。腕を離せば恥ずかしそうに耳まで赤くして、顔を上げずに言う。


「…取り乱して、ごめんなさい。亜莉香さん」

「もう大丈夫ですか?」


 小さく頷いて、リリアは鼻をすすった。

 泣き止んだのを確認して、亜莉香は結んでいたパーカーの紐を解いた。立ち上がって、肩にかけていたパーカーを、ふわりとリリアに掛ける。

 驚いたリリアが顔を上げて、涙で赤くなった瞳と目が合った。


「それ、透のパーカーです。良かったら差し上げます」

「透の…ぱーかー?」

「うーん、と。透の所有物だったもの、でしょうか?」


 パーカーでは通じず、亜莉香は腕を組んで首を傾げた。

 透が無理やり押し付けたものなので、どうしようが亜莉香の勝手だ。瞬きを繰り返したリリアは納得していないが、袖を通さず、亜莉香を真似して襟元の紐を蝶結びにした。

 実際の着方は違うが、今は何も言わない。

 立ち上がろうとしたリリアに手を貸して、池の縁で向かい合った。少し背の高いリリアを見上げて、微笑んだ亜莉香が口を開く。


 そのタイミングを見計らったかのように、走って来た誰かが足に抱きついた。

 誰かと言えば、この場にいて、亜莉香の足に抱きつく小さな子供は一人しかいない。転びそうになった亜莉香が見下ろせば、抱き付いたフルーヴは目を輝かせていた。

 恥ずかしそうに体半分を亜莉香の後ろに隠して、片手には瑠璃唐草を持っている。何をするのかと思えば、リリアに向かって瑠璃唐草を差し出した。


「げんき出る!」

「…私に?」

「うん!」


 フルーヴは楽しそうに大きく頷いた。

 受け取っていいのか、リリアが亜莉香の顔色を伺う。無言で頷けば、腰を下げ、フルーヴの目を見て、小さくお礼を言いながら受け取ろうとした。


 その瞬間、フルーヴは持っていた瑠璃唐草を思いっきり宙に投げる。


 花と一緒に水飛沫が上がって、空を見上げたリリアの上に降り注いだ。

 きらきらと、青い花びらと水が太陽の光を反射する。幻想的で、綺麗な魔法を予想していなかったわけではないが、フルーヴがあまりにも楽しそうだったので止める気はなかった。

 リリアの驚く声が零れて、止まっていた涙が溢れる。


 透、とリリアの口から零れた声が聞こえたのは、亜莉香だけ。フルーヴは落ちた花びらを集めて、もう一回同じことを繰り返そうとした。

 フルーヴを後ろから抱きしめて、もういいよ、と声をかける。

 不思議そうな顔で振り返ったフルーヴに微笑めば、何かを察して大人しくなった。集めた瑠璃唐草をいじって静かになり、亜莉香は視線を戻す。

 涙が滲んだ瞳を閉じてから、リリアは悲しそうな瞳で微笑んだ。


「素敵な、魔法ね」

「フルーヴのお気に入りです。気に入って頂けましたか?」

「ええ、とても」


 言葉とは裏腹に、表情は変わらない。何がリリアを悲しませているのか分からないまま、亜莉香はフルーヴを抱きしめる手に力を込めた。


「私は…リリアさんに会いに来ました」

「そう、よね」

「透のくれた髪飾りを追って、ただ会って話がしたくて来ました」


 か弱かったリリアの声とは対称的に、亜莉香の声はよく響いた。

 髪飾り、と口から零したリリアの表情が変わり、勢いよく亜莉香の肩を力強く握る。今まで泣いていたとは思えないほど瞳に光を宿して、真剣な表情になった。


「狭間を通って、ここまで来たの?」

「えっと、はい」

「それなら急いで来た道を戻って。年々結界が弱まって、敵がこの場所を見つけるのは時間の問題なの。ここにいたら、貴女も襲われてしまう」


 亜莉香は瞬きを繰り返し、戸惑った眼差しを向ける。


「…え?」

「ごめんなさい。てっきり亜莉香さんは、灯様の記憶を頼りにここまで来たと思っていたの。それなら安全な道だと思っていたけど…違うなら、引き止めるべきじゃなかった。早く追い返すべきだった。私自身でさえ、敵に襲われたら護りきれる自信はないのに」


 だから、と言葉を続けようとした必死なリリアの瞳に、黒い影が揺れた。

 ゆらゆらと、人の形をした黒い影。

 リリアは声を出さないように、両手で口元を抑える。後退って、恐怖で怯えた顔で亜莉香の後ろの誰かを見つめた。

 毛が逆立ったフルーヴが、感じた何かを見ないように亜莉香に抱きついた。妙に心臓が五月蠅くなって、後ろにいる何かに恐ろしさを感じる。見るなと、心の中で誰かが警告するのに、好奇心には勝てずに後ろを振り返った。


 黒い影は、一人の少女だ。

 数日前に亜莉香とルイを襲ったはずの、黄色の髪の少女。着ている着物も、手にしている小さめの刀も見覚えがある。全身から黒い光が溢れ出して、頭や首からは赤く染まった血も流し、金属のような血の匂いを漂わす。

 今にも倒れそうな一歩を踏み出せば、血が地面に落ちた。

 その一滴で地面に咲いていた花々は枯れて、地面が闇の色に変わる。

 黒い光を宿した黄色の瞳は亜莉香を映して、口元に弧を描いた。


「みーつけた」


小さくも嬉しそうな声に、亜莉香の腕の中で小さな悲鳴が上がった。

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