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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
213/507

43-7

 一時的にお互い無言になって、歩いている途中で目的地が分かった。見慣れた道は何度も通った道で、小道を抜けて、大通りに出る。

 真っ赤な鳥居に出迎えられて、亜莉香は昼間の神社に足を踏み入れた。

 数人の参拝客がいる神社は静かで、自然の多い場所。敷地内は緑に囲まれていて、小さいながらも立派な社殿。敷地の隅でお守りやおみくじを販売していて、水占いで有名な小さな池がある。

 地元では有名な神社は、記憶している神社と代わり映えなく存在していた。

 懐かしいと声が零れて立ち止まった亜莉香を、透は振り返って微笑む。


「毎年さ、俺が亜莉香を神社の祭りに誘って断られていたよな」

「だって透と一緒だと…凄く目立つから」


 小さな声で言って、亜莉香は困った表情を浮かべた。

 一緒に行くのが嫌だったわけではない。小学校の高学年頃から高校生になるまで、何度も祭りには誘われたが、その度に断っていた。

 変な噂が流れて、透に迷惑をかけるのが嫌だから。

 なんて理由を付けて、本当は透と二人で祭りに行く勇気がなかった。周りの人に見つかって何か言われるのが怖くて、透の気持ちなんて考えなかった。

 何度断っても毎年めげず、根気強く透は祭りに誘ってくれた。

 今なら一回ぐらい祭りに行けば良かったと思えるが、それは今だからこその話。


「一緒に祭りに行かなくて、ごめんね」

「謝るなよ。思い出したら悲しくなって、泣いちゃうだろう?」


 言葉とは裏腹に透が笑って、踵を返して歩き出した。

 置いて行かれないように亜莉香は隣に並んで、少し背の高い顔を見上げる。前を向いて歩く透の横顔はどこか楽しそうで、足取り軽く口を開く。


「確かに一緒に祭りに行きたかったけど、俺は亜莉香へのお土産を買うのが楽しかったからさ。一緒に行けなくても、それはそれで楽しんでいたわけ。亜莉香へのお土産を買うって言うと、親は多めに小遣いくれたし」

「だからって、お土産に金魚は要らなかったよ。結局、持って来てくれても飼えなくて、夜の小学校に忍び込んで池に放したでしょ?」

「そうそう。渋る亜莉香を無理やり外に連れ出したら、珍しく家に帰るまで不機嫌だったよな。お詫びに途中でアイス買って、家に帰る前に溶けて食べられなくなった」


 思い出話に花を咲かせようとする透が、あまりにも楽しそうに言った。

 亜莉香は笑みを浮かべて、適当に相槌を打つ。

 参拝者とすれ違う度に好奇心の視線を浴びるが、不思議と気にならないのは透が傍にいるおかげだ。周りに知っている人がいない現状が気楽で、人の目を気にすることなく、肩の力を抜いて話が出来る。


 昔話をしながら池に向かい、近くのベンチに腰掛けた。

 池の傍では女子高生がしゃがんで、おみくじを池に浮かべて水占いをしている。池が空くのを待つ間、深く背もたれにおっかかった透は空を見上げた。

 亜莉香も晴天の空を見上げると、近くで赤ん坊の泣く声がした。

 母親が赤ん坊を抱き、あやす様子を眺める。泣いていた赤ん坊は暫くして泣き止み、母親が愛おしそうにベビーカーに戻した。


 泣き声を聞いて、夢の出来事を思い出す。

 セレストに行くきっかけとも言える、リリアの出てくる夢。透を助けて、と泣きながら繰り返していたリリアは今頃どこで、何をしているのか。

 考えても答えは出ず、亜莉香は声を落として訊ねる。


「透、一つだけ聞いてもいい?」

「どうぞ」

「リリアさんとの間に、何があったの?」


 軽く答えた透が咳き込んで、僅かに赤くなった顔で亜莉香を見た。


「な、なんで?」


 透の変化に気が付かず、亜莉香は視線を下げて答える。


「ちょっと前にね、変な夢を見たの。夢の中で私は森の中の一軒家にいて、リリアさんが池の縁で泣いていた。透を助けて、て泣いていたから」


 泣いていたと繰り返した言葉で、透は落ち着きを取り戻した。亜莉香が透の顔を伺おうとすれば、肩に重みを感じて頭がすぐ傍にあった。

 寄りかかる透の態度は珍しく、倒れないように肩に力を入れる。

 前を見据える透の視線は遠くを見つめ、表情は寂しそうだった。


「ちょっと前って、数か月前の話か?」

「一か月くらい前かな?」

「…あれからずっと、泣いていたのか」


 独り言のように呟き、透は顔を見せないように下を向いた。


「亜莉香は、俺とリリアの関係を知らないんだったな」

「当たり前でしょう。透からリリアさんのことを聞いたのも、リリアさんと会ったのも。全部、ガランスに行ってからの話だよ?」

「そうだよな。亜莉香と灯は違うよな」


 自分自身に言い聞かせる言葉に、亜莉香は黙って耳を傾ける。


「俺とリリアは、一言で言えば幼馴染のような関係だよ。正確には千年前は灯の友達がリリアで、灯経由で俺も知り合って、暫く一緒に暮らしていた」

「それって、魔女の御伽噺の通りってこと?」

「語り部の話か?まあ、だいたいそんな感じ。リリアが王冠を護り続けていることを知っているなら話を省くけど、その後の俺とリリアはよく水鏡で顔を合わせていた」


 大した話はしていなかったけど、と付け足した言葉は温かかった。


「顔を合わせて、世間話をして。リリアは年を取らずに生き続けて、俺は何度も生まれ変わった。色々あって俺はこっちに来ることになって、亜莉香も知っての通り、リリアの呼び掛けには無視していた…ただ、数か月前に一回だけ水鏡を通じて顔を合わせた」


 それ以上は言いたくなさそう口を閉じて、透は深く息を吐いてから続ける。


「その時に途中で魔力が途切れて、それっきり顔を合わせてない」

「もう一回、会おうと思わなかったの?」

「繋がらなくなったんだよ。俺がどれだけ探しても、リリアのいる場所を水鏡で繋げられなかった。だからセレストに帰ったら、一番に会うつもりだった」


 あーあ、と声を出した透が、情けないと言わんばかりの顔を両手で隠した。


「俺、亜莉香には言うつもりなかったのに」

「そうなの?私は話してくれて嬉しかったよ」


 返事がなかったので、亜莉香は空を見上げて言葉を重ねる。


「透がリリアさんのことを話してくれて、私は透のこと何も知らなかったと改めて思った。相手を知ろうとする気持ちって、凄く大切なことだよね。今までの私、全然透を見ていなかった気がする」

「…それは俺も同じだけどな」

「透は違うよ。いつも私を気にかけて、助けてくれた」


 心の底からの感謝を込めると、透はゆっくりと顔を上げた。

 微笑んでいた亜莉香を見て、それから笑みを浮かべて空を見る。


「俺達はお互い、もっと話をするべきだな」

「そうだね。私、透に言えなかったこと沢山ある」

「それを言ったら、俺も数えきれないくらいある」


 どっちもどっちだと笑い合っているうちに、池の傍に人がいなくなった。

 透と視線を交わして、池に向かおうと立ち上がる。

 少し強めの風が吹いて、亜莉香はパーカーのフードを押さえつけた。簪に糸でも引っかかった気がして頭を下げると、そのまま頭を押さえつけられる。


「とお――」

「有川!」


 亜莉香を下に向かせた本人の名前を呼ぶ声は、別の誰かに掻き消された。

 透に捕まれている力が僅かに強まって、誰かが駆け寄って来る足音が聞こえた。何事か分からないまま動けなくなると、傍に居る透が鋭く言う。


「顔を上げるな」

「どういう――」

「あと、喋るな」


 手短に用件だけ言って、透の手が離れた。

 ほっと安心したのは束の間で、透の腕が亜莉香の肩に回った。引き寄せられて驚いて、微かに顔を上げて、透の顔を盗み見る。

 笑みが消えて、敵意を剥き出しにする雰囲気を醸し出していた。

 声をかけることも、指示に逆らうこともしてはいけない気がして、素直に頭を下げて息を殺す。触れている手から緊張が伝わって、亜莉香の肩が強張った。

 傍に誰かが来た気配を感じて、その誰かは遠慮がちに言う。


「あー、ごめん。お邪魔だったよな」

「そう思うなら、さっさと消えてくれ」


 あまりにも冷たい透の態度に、相手が戸惑ったのが伝わった。

 声だけで判断出来るのは、透と話している相手が若い男であること。透が毛嫌いしている相手なのか、幼馴染の亜莉香でさえ滅多に遭遇しない空気に、黙って成り行きを見守る。


「ごめん。俺は少し話がしたいだけで――」

「何度聞かれても、俺は何も知らない」

「けど、有川は――」

「ちょっと、いつまで私を待たせるの?」


 強気な若い女の声が混じって、亜莉香の足が竦んだ。


「陸斗、いつまでも有川と話していないでよ」


 不満そうな女の声を聞いただけで、心臓が五月蠅くなった。息をするのも苦しくなって、もう何年も声を聞くことも、顔を合わせることもなかった女に対して恐怖が蘇った。

 近くに寄って来た女は、亜莉香のことを覚えてない。

 頭ではわかっているのに、身体が震えた。

 目の前にいる女は、当時小学生だった亜莉香を崖の下に突き落とした。それからも小さな苛めを繰り返した主犯であり、会いたくなった相手。

 人違いではなく、陸斗と呼ばれた男が女の名前を呼ぶ。


「…麗良」

「早く買い物に行きましょう。そろそろお昼になるし、お腹減っちゃった」


 甘い声を出した麗良の声を聞いているだけで、気分が悪くなった。左手で口元を押さえて、透に寄りかかる。

 亜莉香の異変に透は気が付き、素っ気ない口調で言う。


「俺も急いでいるから、もう行くよ」

「いや、でも――」

「ばいばい、有川。またねー」


 引き止めようとする陸斗の声を遮って、麗良は軽く言った。

 透は返事もせずに足を踏み出して、亜莉香をその場から遠ざける。後ろで麗良が陸斗に話しかける声が聞こえたが、亜莉香は必死に足を動かした。

 池に辿り着く手前で、透が亜莉香の耳元で囁く。


「走るぞ」

「…え?」

「走って、池に飛び込むぞ」


 言い終わらないうちに、にやっと笑った透と目が合う。

 肩を抱いていた手が手首を握り、問答無用で駆け出した。力強く引っ張られて、フードが肩から落ちないように、亜莉香は空いている右手で襟元を握る。

 走り出せば、さっきまでの恐怖が吹き飛んだ。

 離れないように必死に走って、風に背中を押されて速度が上がる。

 池に飛び込むなんて馬鹿みたいだと思いながら、透が笑っているから亜莉香も笑った。一人だったら絶対にしない行為で、透と一緒だから迷わず池に飛び込める。


 池の縁で思いっきり足を踏み込み、身体は花びらのように軽く宙に浮いた。

 途中でフードが取れても気にせず、ふわりと舞い上がった身体の真下に池の水面が迫る。水中には透に会うために辿った光る小石と同じ光が見え、水飛沫を上げて池に沈んだ。

 春先の池は冷たくて、透に捕まれている手首だけに温かさを感じる。

 ぎゅっと瞳を閉じる前に後ろから苗字を呼ばれたが、振り返る余裕はない。


 セレストに帰りたいと、亜莉香はそれだけを強く願った。

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