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数十メートル置きにある淡く白い小石を追って、亜莉香は迷わず歩き続ける。
どこまでも続く暗闇の世界に果てはなく、右手には四角い灯籠。牡丹の模様が描かれた和紙の灯籠は、いつも気が付けば手の中に現れる。
小石と灯籠の光だけが頼りで、ネモフィルと別れた直後こそ寂しさはあったが、歩いているうちに感じなくなった。一人のはずなのに目的地は明確で、まるで誰もいない夜道を歩いているようだ。
風もなければ音もない。足音だけが響いて、真っ直ぐに前を見る。
歩いた先に不思議な窓があるのだと、ネモフィルは言った。
正確には透から聞いた話で、それも二十年以上も前の話。当時の透は幾度となく狭間に行き、その向こう側を覗き見ていた。窓を越えることをしなかったのは、越えてしまえば簡単には戻って来られないと、根拠のない確信を持っていたに違いない。
だから一度も、窓を越えることはしなかった。
それでも今は、窓を越えた先の世界に透がいる。
どんな経緯があって、どんな理由があっての現状なのか。それは本人に聞くしかなくて、帰って来ないのだから迎えに行くしかない。
いつも迎えに来るのは透だったのに、と思えば亜莉香の口元は緩んだ。
小さい頃から、亜莉香がどこにいても迎えに来てくれた。道に迷ってしまっても、家に帰りたくなくて隠れていても、必ず迎えに来てくれた。
爽やかな笑みと共に差し伸べてくれた手は、いつも温かかった。
透と過ごした日々を思い返しながら、光る小石を幾つも辿る。
歩き続けた暗闇の中で窓を見つけて、足を止めた。
暗闇に溶け込む黒い窓枠の、丸い窓。無色透明な窓ガラスの中心に、金色の取っ手だけが宙に浮いているように存在する。大きさは亜莉香が悠々と通れる程で、踏み台がないので窓を越えるのは苦労しそうだ。
目を凝らせば、懐かしい喫茶店が瞳に映った。
何度も足を運んで、穏やかな橙色に包まれている店内には店主一人だけ。開店前か閉店後の店内に客の姿はなく、箒で床を掃いている。
店内に流れる音楽は笛の音で、店主は小さくメロディーを口ずさんでいた。
どこかで聞いたことのある音楽に耳を澄ませようとすれば、店の電話が鳴って店主が顔を上げた。急いでカウンターの中に入って、窓に背を向けて仕入れの話を始める。
喫茶店を眺めているだけでは埒が明かないのだろう。亜莉香は空いていた片手で窓に触れた。
触れても何も起こらない。灯籠を下に置こうとすれば、窓の脇に小さく丸い、真っ白なテーブルが隣にあった。灯籠を置け、と言われている気がする。直感に従って灯籠をテーブルに置き、窓に向き直る。
思いきって手を伸ばして、窓を引いて開けた。
髪を靡かせた風と一緒に、珈琲の匂いがした。全ての音がはっきり聞こえて、店主の話し声だけじゃなくて、喫茶店の外の行き交う人々の声も微かに聞こえた。
亜莉香の側から喫茶店の中が見えても、店主は何も気づかない。
繋がった道を目の前に、ゆっくりと息を吐いた。




