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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
209/507

43-3

 畳の上には、小さな兎がうつ伏せになっていた。

 真っ白な手足を伸ばして、身動き一つない。顔が見えないから寝ているようにも見えて、亜莉香達が部屋に戻っても反応がない。


「大丈夫ですか?フルーヴ」

「これくらい平気よ。気にすることないわ」


 縁側の椅子に座っていたネモフィルが答えて、足を組み替えると椅子に背中を沈めた。美女とも言える姿で寛いでいるネモフィルと違い、もぞもぞ動いたフルーヴはゆっくりと顔だけを動かして、入口で立ち止まっていた亜莉香を見る。

 みるみる瞳に涙が滲んで、鼻をすすった。

 泣かないように耐えながら、立ち上がった途端に駆け出す。

 小さな兎は亜莉香の胸に飛び込んで、着物にしがみつくと顔を埋めた。


「かえるの!!」

「…え?」

「ガランスにかえりたいの!もういやなの!」

「落ち着いて下さい、フルーヴ」

「いやなの!!」


 うわーん、と泣き出したフルーヴに、後ろにいたルカとルイが耳を塞いだ。隣にいたトシヤは瞬きを繰り返した後、視線を縁側に向ける。


「今日一日、何をしていたんだ?」

「ちょっと遊んだだけよ」

「本当にそれだけですか?」


 今日まで帰りたいとは言わなかったフルーヴが泣いていて、思わず亜莉香は訊ねた。肩を竦めて見せたネモフィルは、悪びれなく言い返す。


「遊びながら、基本中の基本である潜水と水上歩行を叩きこんだの。水の精霊なのに出来ないなんて、恥になるでしょう?今日の戦いで、少しは役に立つかもしれないし」

「たたかわないもん!」


 急に叫んだフルーヴが、恨めしそうにネモフィルを振り返った。涙が零れ落ちて、青いサファイアの瞳を見据えると、はっきりと言い返す。


「たたかわないの。そう、きめているの」


 精霊同士の異様な空気に誰もが口を閉ざせば、ネモフィルが大きく息を吐いた。


「言うだけなら簡単よ。戦わないなんて言っても、例え貴女がそう決めても。どちらにせよ、結局は巻き込まれる戦いもある…嫌でも、ね」


 含みのある最後の声は低くなり、表情が消えて亜莉香を見つめる。

 その瞳は亜莉香を映しているのに、どこか遠くを見つめていた。亜莉香ではない誰かに同意を求める眼差しに何も言えず、唾を飲み込む。

 ネモフィルが瞳を伏せて、静かに立ち上がった。

 両腕を上に伸ばすと、部屋にいた面々を見回す。少し緊張した面立ちのルカと、微笑んだルイ。亜莉香の腕の中で睨んでいるフルーヴや落ち着いているトシヤ、最後に亜莉香を見てから腕を下ろして、今までの話などなかったかのように話し出す。


「さて、用事は済んだのよね?」

「はい。私はいつでも透を迎えに行けます」

「それなら少し早いけど送り届けることにするわ。他の三人はその後に、私と一緒にエトワル・ラックに行きましょう」


 ネモフィルは右手で髪を靡かせてから、亜莉香の傍にやって来た。

 目の前で腕を組み、足をクロスさせて立ち止まる。首を上下に動かして亜莉香の全身を見ると、不意に何かに気が付いた顔に変わった。


「ねえ、アリカ。貴女は今、魔道具を持っている?」

「魔道具、ですか?」


 一瞬ぽかんとした後、すぐに何のことか気が付いた。

 フルーヴをトシヤに預けて、慌てて胸元から取り出したのは、四角く小さい白の布。折りたたんでいた布を広げれば、現れたのは三枚の花びらしかない歪な髪飾り。

 透から貰って、セレストに来るまで花びらの色は黒一色だった。

 それが変化して、三枚のうち一枚だけ澄んだ水色に変わっている。いつ色が変わったのか。色から推測すれば溜まったのは、水の魔法。

 水の魔法を使った覚えは、と考えて、ルイを探し出した時のことを思い出した。


「…これ、魔力が溜まっていますよね?」

「そういう魔道具でしょう?」

「そうですが――」


 ため息交じりに肯定しつつ、亜莉香は左手の髪飾りを見下ろした。

 あれだけのことで魔力が溜まるとは、思ってもみなかった。今日まで魔法を使うことがなかったとはいえ、魔力が溜まるのには時間がかかると思い込んでいた認識を改める。

 今後も、花びらの色には注意しなくてはいけない気がした。

 花びらを凝視していると、亜莉香の横からひょっこりルイが顔を覗かせる。髪飾りを見て、黙っていたネモフィルに問う。


「それ、アリカさんが持って行くとまずいの?」

「まずくはないけど、少しでも魔力が引っ掛かって、透のいる場所に行けなくなると困るの。魔力がなければ、その点は全く問題ない」

「魔力が封じられている人間なら、行き来は自由?」

「多分ね。魔力調整した人間や魔力がない状態の人間、死んだ魂しか、私は行き来するのを見たことがない。向こう側へ行こうとして、失敗する人間は沢山いたわ」

「向こう側、ねえ」


 しみじみと言ったルイに、ネモフィルは詳しい説明をしなかった。

 無言の探り合いを他所に、亜莉香は髪飾りに視線を戻す。

 色は変わっても光ってない花びらを、魔道具として発動させる気はない。持って行かない方がいいと言われれば、置いて行く以外の選択肢はなくて、髪飾りを白い布に包み直した。

 他の荷物の所に置きに行こうとして、じっと見つめているフルーヴと目が合った。考えるよりも前に、髪飾りをフルーヴに差し出す。


「大事な物なので、預かっていてくれますか?」

「うん!」


 とても嬉しそうに、フルーヴは頷いた。

 すぐに兎の姿から見慣れた女の子の姿に変わり、落としそうになったトシヤに抱き直される。素晴らしい宝物を手に入れたように、顔を輝かせて受け取って、ぎゅっと抱きしめた。絶対に失くさないと感じる強い意思に亜莉香は微笑み、真っ白い髪を優しく撫でる。

 くすぐったそうな声を出したフルーヴを見て、一部始終を見ていたトシヤに言う。


「フルーヴのこと、よろしくお願いします」

「分かった。こっちは気にせずに、さっさと瑞の護人を連れて帰って来い」


 優しい笑みに安心して、はい、と短く返事をした。

 帰りを待っていてくれる人がいるだけで、心は温かくなり光が灯る。

 何が起こっても大丈夫だと思いながら、いつまでも続きそうなルイとネモフィルの腹の探り合いに目を向けた。傍観者でいたルカは呆れ果てている。そろそろ行こうと声をかけて、無理やりネモフィルの背中を押した。

 部屋を出る前に、亜莉香は振り返る。


 行ってきます、と笑顔で言った。

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