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数々ある露店の一つで、心底満足そうな表情を浮かべていたルイが足を止めた。
手を繋いでいたルカも必然的に巻き添えを食らって、露店を覗き込む形で隣に立っている。その紅色の後ろ髪には重ねて結んでいた淡い黄色と白いリボンが揺れ、両端の金色の縁取りと深い緑の小さくて丸い宝石も揺れる。
ルカのリボンにも金具を付けてもらったのは、船を下りてからのこと。
昼間も寄った店で亜莉香はユシアに、ルカはフミエに、ルイは妹のイオのために。それぞれリボンと金具を選んで、お土産として買った。ピグワヌへの日本酒以外のお土産は買い終えて、真っ直ぐに領主の家に戻る予定だった。
そのはずが、何故かルイが露店の前で動かない。
露店で売っているのは茶碗や湯呑、お椀や箸などの食器。ちょっと見るだけ、と言ったルイが真剣に悩んでいる姿に、水路の近くまで下がっていた亜莉香は首を傾げた。
「ルイさん、何を買うのでしょうか?」
「何を買ってもいいけど、自分で持たせるからな」
傍に居たトシヤは風呂敷片手に、苦々しく言った。視線の先はルカに何か話しかけているルイで、独り言のように声が続く。
「荷物を全部俺に押し付けやがって」
「やっぱり私の分は、私が持ちますよ?」
「それはいい」
顔を見ずに即答されて、亜莉香は何とも言えない顔をした。
ほとんどお土産が、トシヤの持っている風呂敷の中に入っている現状。手伝いたくても拒否されて、何度かお土産を奪おうとして失敗に終わっている。出来るだけ軽いお土産を選んで買っているつもりだけど、量が多くて風呂敷は重そうだ。
唯一持っているお土産はユシアの為に買った、濃紺のリボン。
それも胸元に忍ばせられる程、とても小さくて軽い。
ルイを睨みつけているトシヤの気持ちが変わらないと悟って、今日だけで使った金額を考える。主に使った場所は、喫茶店や酒場、露店でのお土産代。
それら全てのお金は、シンヤから貰ったお小遣い。
今朝、ナギトを財布として付けようとシンヤが軽く渡したお小遣いは相当な額で、食事代とお土産代を合わせても余っている。お小遣いを貰うことを亜莉香とトシヤは遠慮したのに、全額使い切る勢いでルイがあっさりと受け取った。
お小遣いを渡したシンヤと受け取ったルイの感覚が、とても恐ろしい。
金銭感覚の違いを考えていると、トシヤが亜莉香を振り返った。
「買い忘れとか、ないか?」
「ないと思います。あとはピグワヌの日本酒だけですので、シンヤさんのおすすめを聞いてから買います。トシヤさんは?」
「俺もない。と言っても、そんなに買ってないけど」
買い出したらキリがない、と早々にトシヤはお土産を買うのをやめた。
風呂敷の半分は亜莉香の買いたかったお土産で、残りはトシヤとルイが買ったお土産。どちらかと言えばルイのお土産の方が多い。
お土産を配る様子を思い浮かべながら、口角の上がった亜莉香は前を見た。
「あっという間でしたね。明日の午後にはセレストを出るなんて、ちょっと信じられません。もっと街を散策すれば良かったです」
「今日だけで十分回っただろ?」
「でも、まだ行ってない場所もありますよ?」
「それを言ったら、ガランスの中でもそうだ。行ってない場所を数えたらきりがない」
当たり前のことに同意して、亜莉香は微かに笑う。
「でも、トシヤさんならガランスを熟知していると言われても納得してしまいます。顔が広くて、沢山の人と仲良しですから」
「アリカは俺を買いかぶり過ぎだ。俺よりアリカの方が凄い。たった数日で、何かあったら力になってくれる知り合いを作っただろ?」
「そんなことは――」
ありません、と否定する前によく考えて、亜莉香はそっと瞳を伏せる。足元の水溜まりを眺めて思い浮かぶのは、孤児院で出会ったメル達や夜会で出会ったウルカやニチカの顔。
セレストでは、確かに知り合いは増えた。
それでも、この土地はガランスじゃない。
地面や水路や匂いや音、雰囲気を肌で感じて、違いばかりが目に付く。
帰りたい、と言える場所はここじゃない。ガランスの街並みと住む人々を思えば懐かしくて、いつの間にか帰る場所になった土地に思いを馳せる。
「知り合いが増えても…私にとって帰りたい場所はガランスにしかありません」
「その言葉が聞けて安心した。アリカがいないと、家の家事が回らない。ガランスに帰ったら、まずは掃除をしないといけないな。ユシアとトウゴが余計に汚くして、何か壊していないことを祈る」
「流石にそれは――ないとは、言えませんが」
話が変わって正直に答えた亜莉香を見て、トシヤが小さく笑った。
帰った後のことを話していると、店先にいたルイが名前を呼ぶ。
「二人共、ちょっと来て!」
「何だよ。買い終わったわけじゃないだろ?」
「ちょっと相談!」
挙手したルイを見て、トシヤが心底面倒くさそうな顔をした。仕方がないと呟いた背中に置いて行かないように歩き出すと同時に、自然と繋がれた手を意識した。
トシヤは全く気にしていないが、心なしか亜莉香の顔は熱い。
何度も繋いだはずなのに緊張して、少し顔を下げて付いて行く。
露店では腕を組んだルカは並べてある品物をじっと見ていて、ルイとの間に亜莉香とトシヤが割り込んだ。ルイは重ねてある茶碗の一つを指差して、隣に立ったトシヤに問う。
「僕とルカの茶碗とお椀を買おうと思って、買ってもいい?」
「買いたかったら買えばいいだろ?」
「そう言われると思った。けど、そうじゃなくてさ――」
段々と声が小さくなって、ルイは困ったような笑みを浮かべた。
「買いたい茶碗とお椀が、まとめて売っている品物でも買ってもいい?」
「まとめて、ですか?」
思わず聞き返した亜莉香に、ルイは頷いて見せる。
「うん、十二個ずつ。僕とルカの分を抜いたら十個ずつ残るわけで、使わないのは勿体ないでしょう?数が多いから置く場所がないと言われても困るし、普段台所を利用している二人の意見が聞きたい」
十二、と亜莉香とトシヤの口から同じ言葉が零れた。
先程からルカがじっと見ていた茶碗を見れば、六個ずつ重ねてある素朴で温かな白地の茶碗。どれも縁に沿って二重の細い線があり、一番下の茶碗にはそれぞれ雨の雫と雪だるまが描かれていた。その隣には黒地のお椀があり、同じ数と同じ柄。
それなりに値段がしそうな品物に何も言えない亜莉香とは違い、トシヤが呆れて言う。
「そんなにいらないだろ」
「でもトシヤくん達はお揃いの茶碗だけど、僕やアリカさんは違うでしょ。居候の面々だけでも五人、そこにトシヤくん達三人が加われば八人。時々来るキサギと、一応ヤタさん入れたら十個は使えるよね?」
「買う気満々じゃないか」
「置く場所だけは、しっかりと確認して買いたかったから。それとトシヤくん達三人分は個人の自由かなと?」
ルイの言い分に呆れ果てて、トシヤはため息を零した。他の意見を求めようと、ルイは茶碗を眺めていた亜利香の名前を呼ぶ。
「アリカさん。台所の棚の中、まだ置けたっけ?」
「置けないことはないと思いますよ。もし買ったら、私も一組使っていいのですよね?」
「勿論。好きな柄を先に選んでもいいよ?」
好きな柄、と言われて茶碗に視線を戻した。
ルカが上に重ねてあった茶碗を一つ手に取ると、描かれていたのは真っ赤な達磨。上から赤、紫、緑、桃色、黄緑、そして雨の雫が描かれた水色。その隣は黄色、青、橙、茶色、灰色、黒の線と真っ白な雪だるま。柄は小さく、ちょこんと描かれている。
瞳を輝かせながら品物を見比べる亜莉香に、ルカが話しかけた。
「これ、月毎に色と絵を変えたらしい」
「可愛いですね。茶碗とお椀が同じ色と柄で…でも、雪だるまの暮来月だけが、線の色が黒と白なのですね」
線の色が違った唯一の組み合わせに、亜利香は微笑む。
重ねてあった茶碗とお椀を手に取って、露店の空いていた場所にもう一度重ね直す。他の色は地の色が被っていないけど、雪だるまの暮来月だけは違う。白地の茶碗には黒い線が、黒い茶碗には白い線が目立っていた。
何より、雪だるまのつぶらな瞳が可愛らしい。
一通り確認してから茶碗とお椀を元に戻し、選んだ一組を両手で包んでルカに見せる。
「私はこの雪だるまが好きです」
「じゃあ、アリカはそれな。俺とルイは別の柄が気に入ったから、それ以外を適当に振り分けようぜ」
「お二人は、どれを選んだのですか?」
「俺は福寿草の雪解月で――」
亜利香がルカと話し込んでいる間に、ルイはさっさと会計を済ませた。いつの間にか並んでいた茶碗とお椀、トシヤの持っていた風呂敷を店主に手渡して、明日の昼までに届けてもらう手筈を整える。
数分後には後ろ髪を引かれる思いで露店を後にすることになり、身軽になったトシヤに促されるまで他愛のない話が続いた。




