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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
203/507

42-2

 街を彩る花々が咲き誇る、セレストの水花祭り。

 水路の水面にも建物のベランダにも、目を向ければ至る所に花。

 情熱の真っ赤な薔薇や鮮やかな桃色の百日紅、太陽のような黄色の向日葵や純白の蓮。穏やかな香りの紫のラベンダーなど、数えきれない色と種類の花々にも圧倒されるが、朝顔やサルビア、露草や勿忘草の青が特に目立つ。


 飾ってある花だけでなく、祭りを楽しむ人々も様々な青い花を身に付けていた。

 女性なら髪や帯留めに華やかに、男性なら帯の端にひっそりと。青系統の髪色が多いセレストは一層青に染まって、空も晴れ渡っていた。


 道端や店先には、透明で美しい水が丸い容器を満たす。

 中には花が咲き誇っているものもあり、その水を掛け合っては笑い合う。水を掛け合うのが感謝のしるしだと分かっていて、濡れることを不快に感じる人はいない。誰もが楽しそうに、街の中を行き交い笑い合う。


 少し濡れた髪をいじりながら、亜莉香は目の前の光景を目に焼き付ける。

 数日前と同じ噴水の縁に座って、満面の笑みを浮かべた。


「楽しいですね」

「びしょ濡れだけどな」


 隣で足を組むルカが言い、後ろで結んでいた髪を肩から前に出して絞った。

 数分前にふざけたルイが水を掛けて、ルカだけがびしょ濡れだ。水の滴る髪は着物も濡らして、すぐに魔法で乾くとしても酷い有様には違いない。

 ルカの視線は露店で花を選んでいるルイを映して、心底呆れた顔になる。


「ルイはいつまで花を選ぶつもりだよ」

「まだ時間掛かりそうですね」

「どれでもいいのにな」


 他人事のように言ったルカに、亜莉香は思わず微笑んだ。

 青い花を贈り合うのは感謝の意思表示だとして、多くの女性は髪に青以外の花を飾りとして付けていた。折角の祭りに着飾るために、着物だけじゃなくて髪にも気合が入っている。祭りに参加する女性は着物姿が多いが、動きやすさを優先した結果、亜莉香とルカはいつも通りの袴姿。

 せめて髪だけでも花を、とルイが花を売る露店の前から動かない。

 ルカに似合う花を選ぶルイに巻き込まれて、トシヤも動けなくなってしまった。亜莉香とルカは早々に近くの噴水まで下がり、買い物が終わるのを大人しく待つ。

 青い花はすでに購入済みで、膝の上で握りしめていた勿忘草を見下ろした。

 花冠に白や黄色の子斑点がある小さな花が集まって、細い茎は三本。

 そのうちの二つを脇に置いて、一つを握ってルカの方に身体を向ける。


「ルカさん、いつもありがとうございます。花を受け取って貰えますか?」

「それはこっちの台詞だな」


 亜莉香を振り返って、ルカは優しい笑みを浮かべた。


「こちらこそ、いつもありがとう」

「いえいえ」


 傍に置いていた鮮やかな青い薔薇を差し出されて、代わりに勿忘草を手渡した。

 受け取った薔薇をどうするか考えて、着物と帯の間に挟んだ。ルカも同じように勿忘草を身に付けて、少し照れた顔で頬を指で掻く。


「似合ってないよな、やっぱり」

「そんなことありません。よくお似合いです」

「そうそう。ルカは何を身に付けても似合うって」


 亜莉香に同意するようにルイは言い、二本の青い薔薇が目の前に現れた。突然現れた薔薇に驚きつつ、ルカと同じ青い薔薇から視線を外して、にっこりと笑うルイを見上げる。

 買い物は終わったようだ。左手を後ろに回して、右手に薔薇を持っていた。


「二人共、いつもありがとう」

「ようやく買い物が終わったのかよ」


 呆れながらルカは言いつつも、青い薔薇を受け取った。もう一本が亜莉香に差し出されて、素直に受け取ってお礼を言う。

 亜莉香は勿忘草を、ルカは薔薇をルイに渡した。

 ルイの着物と帯の間には既に勿忘草が挿してあり、青い花が増えた。先に勿忘草を贈ったトシヤが隣に立って、手にしていた勿忘草をルカに渡す。


「ほらよ」

「悪いな」


 お互いに淡々と青い花を交換して、ルイがため息を零す。


「ねえ、もう少し感謝の意思を伝えないの?」

「十分だろ」

「だよな」


 お互いに納得した顔で花を身に付けて、ルイは口を閉ざした。ふむ、と独り言を呟いて、それからにんまり笑うとルカの前で片膝をつく。


「ルカ、これも受け取ってくれる?」


 ルイが後ろに隠していたのは、三本の真っ赤な薔薇だった。

 淡い黄色と白の二重のリボンで茎をまとめた、燃えるような真っ赤な薔薇の花束。三本の薔薇の花言葉と色の意味を知っているのか、ルイに聞きたい気持ちを亜莉香は抑えた。

 一瞬ルカが呆気に取られて、ルイと薔薇を見比べる。


「お前…俺にそんなの似合うわけがないだろ」

「そう言うと思ったから、勝手に髪に付けさせてね」

「あ、おい!」


 即座に立ち上がったルイは、ルカに覆い被るように一歩前に出た。強引で楽しそうなルイが髪に触れ、ルカが硬直したように動かなくなる。頬が赤くなったように見えたが、その横顔を確認する前に名前を呼ばれた。


「隣に座っていいか?」

「はい、どうぞ」


 頷いて、置いてあった最後の勿忘草を両手で握って膝の上に乗せた。

 肩の触れ合う距離で座って、トシヤの方を見れば目が合った。ルカとルイに渡すより緊張して、顔が近くてお互いに視線を下げる。

 亜莉香が口を開く前に、先にトシヤが囁いた。


「いつも、ありがとう」


 優しい声と共に、ふわりと顔の前に差し出された勿忘草と霞草、そして一輪の桃色の薔薇。勿忘草と同じ色の青いリボンで茎をまとめた小さな花束に、思わず感動の声が出た。


「綺麗…ですね」

「俺は花のことは詳しくないから、適当に選んだ花だけどな」

「それでも嬉しいです」


 喜びが声に滲み、おそるおそる花束を受け取った。

 薔薇の匂いが鼻をくすぐり、花束で顔を少し隠して口角を上げる。


「本当に、ありがとうございます。このまま持って歩きたいですね」

「それでもいいと思う。簪があれば、わざわざ髪に付ける必要はないだろ?」

「そう…ですね」


 肯定しつつ、トシヤから貰った牡丹の簪に左手を伸ばした。存在を確認して安堵した後に、無意識の行動に恥ずかしくなって、そのまま髪ごと首を押さえる。

 毎日身に付けているとは言え、トシヤから簪の話題を出すことはない。

 簪を一つしか付けていないと周りに冷やかされることもあるが、日頃のお礼として受け取った簪に、それ以上の意味を考えない。自惚れるなと自分自身に言い聞かせて、亜莉香は右手の花束を膝に乗せると、深呼吸して顔を上げた。


「あの…私の方こそ、いつもありがとうございます」


 持っていた勿忘草を手渡して、微かに触れた手をゆっくりと引いた。


「どういたしまして」


 少し照れたトシヤの言葉に心が温かくなり、ほっと肩の力を抜く。

 トシヤが花を身に付けている間に、もう一度花束を顔に寄せた。折角の花束を崩したくない。このまま持ち歩こうと思えば、後ろで嬉しそうな声がした。


「よし、出来た!」

「…早く離れろよ」


 ぼそっと耳の赤いルカが呟いて、ルイが身を引いた。

 ルカの紅色の一つ結びの位置は変わらないが、普段は黒い飾り紐が花束の淡い黄色と白のリボンに変わった。可愛らしくリボン結びをして、結び目を囲むように真っ赤な薔薇が綺麗に並ぶ。

 満足した仕上がりに、ルイが腕を組んでしみじみと言う。


「可愛いねー」

「…可愛くない」


 素っ気ないルカが髪に右手を伸ばそうとして、ルイが慌てて左手で止めた。


「取らないでよ?」

「触らないと、どうなっているか分からないだろ?」

「似合っているから、そのままでいいの。アリカさんも似合っていると思うよね?」


 急に意見を求められて、反射的に亜莉香は首を縦に振る。


「はい。とてもお似合いだと思います」


 笑みを絶やさず、咄嗟に答えた気持ちに偽りはなかった。

 薔薇は髪に馴染んで、そこまで目立たない。二重の淡い黄色と白のリボンの方が印象に残り、ルイの言う通り可愛らしく似合っている。

 亜莉香の言い分に、追い打ちをかけるようにルイは意地悪な笑みを浮かべた。


「だってさ。観念して、今日はこのままでいてね」

「分かったよ」


 渋々とルカが承諾した。言いたいことはあっても、仕方なく諦めて小さくため息をつく。

 腕を下ろそうとしたルカの右手をルイが握り、そのまま立ち上がるように促す。決して手を離すとはしないルイに、抵抗することなくルカは従った。

 一部始終を見ていたトシヤが立ち上がり、亜莉香も慌てて立ち上がる。

 一同を見回したルイは、誰よりも楽しそうに訊ねた。


「それで、どこから回る?」

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