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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
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41-4

 途中まではトシヤを引っ張るようにして、歩きながらニチカに事情を説明した。

 亜莉香には兄妹などいなくて、探していた黒髪の青年は友人で何とか見つかりそうだということ。赤髪の家族はトシヤの家族で、セレストに向かう途中の馬車で襲われて生き別れになったこと。トシヤが家族のことを覚えていないことも、包み隠さず話した。

 嘘をついていたことを怒ることなく、一歩前を歩くニチカは納得した。


「あの話が嘘だとは分かっていたが、そんな事情があったとはな」

「嘘をついて、ごめんなさい」

「いや、やけに印象に残る話ではあったから。俺の方でも探してみる気になって、こうして関わっているだけだ。それに、探していたのは嘘じゃなかっただろ?」


 はい、と亜莉香は頷いた。

 顎に手を当てて何やら考えるニチカに、黙って隣にいたトシヤが遠慮がちに問う。


「見習いの名前は、なんて言いますか?」

「トシキだ。今は孤児院にいる妹と一緒に街にいたところを俺が見つけて、色々あって警備隊の見習いに入った」

「色々、とは?」


 省略した言葉が気になって、亜莉香は聞き返した。少し言いにくそうになったニチカが頭を掻いて、一瞬だけ亜莉香とトシヤを振り返る。


「いや…まあ、孤児院に行ったなら、魔力の強い子供には会っただろ?普通は両親や育ての親がいなくなって、孤児院に行く。あの孤児院は特別で、魔法を制御出来なくて親に捨てられた子供が行く場所だ」


 親に捨てられて、の言葉で亜莉香の心が痛んだ。


「そう、でしたか」

「街の中にいても、危険視されるからな。だから森の中、誰にも迷惑をかけないように街と離れた場所にある」


 淡々とした説明で、孤児院で出会ったメル達の顔が浮かんだ。美味しそうにご飯を食べていても、笑って遊んでいても、その背景にある過去を垣間見ることはなかった。

 その中にいた赤髪と言えば、一人しかいない。


「エイミちゃんが、トシキさんの妹さんですね」

「そうだ。昔、火の魔法でボヤ騒ぎがあって、街の連中が騒いだことがあった。犯人探しが始まって、その時に妹を隠そうとしているトシキを見つけた。犯人が子供だったから、手荒な真似をするつもりはなかった。だが、このままにして、またボヤを起こされても困る。両親を説得して、せめて魔法が制御出来るようになるまで、どこか別の場所で生活出来るように手配するつもりだったが――」


 遠い昔を思い出しながら語るニチカが、一息入れる。


「トシキの両親は街を出ることも、子供だけを孤児院に行かせることも拒んだ。手放したくなくて必死に抵抗した」

「ですが、エイミちゃんは今――」

「孤児院に行くと決めたのは、あの子の意思だったからな」


 亜莉香の小さな声は遮られて、ニチカの声に少し悲しみが混じった。


「幼くても、自分のしたことを覚えている。あの子は自分で孤児院に行きたいと言って、両親には会わせないように俺に頼んだ。両親に会えば、連れ戻されるのが分かっていたからだろう。トシキだけは渋々承諾したから、時々孤児院に顔を出しに行ける」

「家族を傷つけたくなかったから、ですよね?」


 まるでエイミの心情を理解したみたいに、黙っていたトシヤは言った。


「自分の魔法のせいで家族が危険な目に遭うことも、周りから白い目で見られるのも嫌だから。出て行くしか、選択肢がなかった」


 過去の記憶はないはずなのに、同じ選択をした子供の頃のトシヤを亜莉香は思い出した。

 ルグトリスに襲われて、家族には何も言わなくて、厄介者扱いされて離れようとしていた。結局は自ら戦いに混ざって、家族の手を振り切った。

 両親の元から離れたトシヤとエイミの行動は、似ていた。

 でも、と視線を下げていたトシヤが小さく付け足す。


「家族が嫌いになったわけじゃない」

「そうだろうな。寧ろ愛情の裏返しで、あの子なりの家族の愛し方だ」


 締め括るように言い、ニチカは真っ直ぐに道を進む。

 夜会の会場から庭に移動して、舗道された白い石畳の道を歩く。星の光を反射して明るく照らされた道は、馬車が一台通れる程度。道の両脇には木々が覆い茂っているが、水の流れる音も聞こえた。警備隊や使用人とすれ違うこともあったが、軽く会釈して咎められることはない。


 建物をいくつか超えて、二階建ての黒い建物の入口に二人の少年が座っていた。

 お喋りしていた二人はニチカの姿を見つけた途端に、慌てて口を閉じて立ち上がる。真面目に仕事をしていました、と言わんばかりの態度にため息を零したニチカが、数十メートル離れた距離で足を止めて振り返った。


「先に、俺が話して来ようか?」

「出来れば」

「お願いします」


 トシヤの言葉の後に亜莉香も続けて、頷いたニチカが背を向けて歩き出した。

 二人になって、亜莉香は下ろしていた両手を強く握りしめる。緊張して身体が強張り、ぎゅっと唇を噛みしめた。

 息を吐いたトシヤが視線を前に向けたまま、頭を掻いて言う。


「目の前にしたら、何か言えるといいけど」

「無理やり連れて来て、ごめんなさい」


 視線を感じるが、顔を合わせられなくて亜莉香は瞳を僅かに下げた。


「トシヤさんは会うか迷っていたのに、私の気持ちを優先してしまいました」

「謝るなよ。どうせ確かめずにはいられなかっただろうし、さっさとはっきりさせた方が俺の気持ちも楽になる」


 緊張はしているが、穏やかな表情のトシヤの顔を盗み見た。

 家族と再会するかもしれないトシヤの心情が読み取れなくて、見つめていると目が合った。微笑んで、トシヤは左手をそっと腰に付けていた日本刀に添える。


「血の繋がりがあったとしても、すぐに家族と思えるとは思っていない。今の俺の家族はガランスにいて、血の繋がりのある家族がいるなら生きていて欲しい。それだけだ」


 それでも、と言いかけた声を飲み込んだ。

 家族が仲良く暮らして欲しい、なんて亜莉香の勝手な願望だ。それは自分が叶わなかった願いを押し付けることで、血の繋がりのある家族と会えても、トシヤは一緒にいることを望んでいない。


 まだ心のどこかで、家族三人で幸せな日々を過ごしたかったと思い知る。

 優しくて温かい母親がいて、大きくて頼もしい父親がいて。三人で仲良く出掛けたり、日々の生活を語りながら笑ってご飯を食べたり、そんな叶わない夢を見続ける。

 諦めろ、と自分自身に言い聞かせた。

 唾を飲み込んでから、感情を悟られないように言う。


「それでも…やっぱり弟さんだといいですね」

「まあな、違ったとしても気長に探すさ。どうせ暇なシンヤに事情を話して、セレストに来る度に探させてもいいだろ」

「シンヤさんなら嬉々として手伝ってくれそうですよ」

「恩を作るのは嫌だけどな」


 心底嫌そうに言ったトシヤに、亜莉香は右手で口元を隠して笑った。

 亜莉香の笑い顔を見てトシヤが微笑んだのに気が付かず、トシヤ殿、とニチカの声が響いて視線を前に戻す。


 仕方なくニチカの後ろに付いて来る、一人の少年がいた。

 並んで見比べなくても、トシヤと似ている。醸し出す雰囲気が、不機嫌な表情がそっくりで、黒に近い焦げ茶の瞳は同じ色。

 少年が顔を上げて、亜莉香とトシヤを見た。

 ほんの一瞬で、トシヤの家族の最後の様子が脳裏に浮かんだ。馬車の中にいた、怯えて怒鳴っていた母親と震えていた父親。それから幼い弟が最後に見せた、戸惑いの表情。


 唇を噛みしめて、出しゃばらないように一歩引く。

 傍に居ます、と無意識に囁いた声に、トシヤは頷いて前に出た。

 やって来た少年の金色の輝きを持つ赤い髪は短く、つり目だった。見習いでも黒い着物に袴姿で、胸元には何も付けていない。十三歳の身長は亜莉香より低くて、トシヤの前に立てば見上げる形になる。

 見守るニチカが少年、トシキの隣に立った。

 じっくりと観察するトシヤと、睨みつけるトシキ。お互いに何も言わないかと思えば、意を決したような顔つきのトシキが口を開く。


「俺の兄は昔に死にました」


 その場に響いた第一声に、その場が凍りついた音がした。

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