05-1
鳥のさえずりで、亜莉香は目を覚ました。
布団から起き上がると、隣のベッドではユシアが気持ちよさそうに寝ている。小さく欠伸をしてから、起こさないように布団を畳み、静かに着替えて、髪を結ぶ。
静かに部屋を抜け出して、向かったのは一階の洗面所。
顔を洗って、台所に向かう。
朝ご飯は各自、と聞いていたが、簡単な目玉焼きやウインナー、味噌汁などを人数分作るようになったのは、亜莉香がやって来て、三日目の朝からの習慣。四日目の朝には保温は出来ないが、炊くことだけが出来る炊飯器でご飯を炊くようになり、パンはすぐに焼けるようにトースターの傍に置くようになった。
朝食の準備だけをして、庭に出る。
雑草が茂っていた庭で、亜莉香は一人黙々と草むしりを始めた。
始めたきっかけは、ただやることがなかったから、と言う単純な理由。午前中は朝ご飯に使った食器を片付けたり、家を掃除したりして時間をつぶせたが、午後からが暇だった。
ユシアやトウゴは、帰りが遅い。
ルカとルイは夕飯を作っている途中に帰って来るのが大半。
トシヤの仕事は午前で終わるらしいが、ルカとルイの模擬戦に付き合って、適当に夕飯の買い物をして帰って来るので、早くても夕方。
一人で市場に行く勇気はなく、トシヤとユシアと一緒に買い物に行ってから、亜莉香は一歩も外に出ていない。このままでは駄目だ、と思いながら、ずるずると草むしりをして、時間だけが過ぎていた。
暇つぶしに始めた草むしりは、もうすぐ終わる。
あと数分で草むしりが終わり、少しばかり綺麗になった庭を見てから、しゃがみこんでいた亜莉香は晴れ渡った青い空を見上げた。
「さて、今日から何をしよう」
七日目の朝にして、やることがなくなった。
うーん、と唸ってから、亜莉香は残っていた草を取ることを優先して、考えるのを止めることにした。
草むしりが終わり、トシヤとユシア、トウゴを見送って、亜莉香は茶の間で朝ご飯の後片付けをする。三人共朝は慌ただしくて、朝ご飯を食べて、急いで家から出て行く。軽く挨拶をすることしか出来ず、会話をする時間はない。
やることはあるか、と聞く時間はなかった。
仕事を探すべきだ、と分かっていながら、家から出ていない事実に、布巾でカウンターを拭きながら一人落ち込む。一人で仕事を探せるなんて、これっぽっちも思えない。
何の仕事が出来るだろうか、と考えていると、誰かの鼻歌が聞こえた。
鼻歌を歌いながら、茶の間の扉を開けたルイと目が合う。
「あれ?おはよう、アリカさん。今日は草むしりしないの?」
「おはようございます。草むしりは終わってしまって…朝ご飯を食べますか?」
カウンターを拭いていた手を止め、亜莉香は尋ねた。
うん、とルイが頷く。
「僕はパン、ルカはご飯だよね?」
茶の間に入りながら、ルイは振り返って、後ろにいたルカを見た。
睨むような目つきで、眉間に皺を寄せているルカは一瞬だけ亜莉香の方を見て、小さな声で何かを言った。その声は亜莉香に届かず、ルイが代弁する。
「ルカはご飯だって。お願い出来る?」
「はい」
「わーい、嬉しいな。いつも朝ご飯作ってくれて、本当にありがとう。今までだったら、朝はパンだけ、ご飯だけ、だったから。物足りなかったんだよね」
話しながらルイはカウンターの椅子に座り、ルカは黙ったままその隣に座る。
亜莉香はまだ生温かい味噌汁を温めながら、パンを焼き、ご飯を茶碗に盛る。出来上がっているおかずの皿とご飯を先に出し、急いで味噌汁をお椀に盛った。軽く焼き上がったパンと一緒に、味噌汁を差し出せば、ルカとルイは同時に、いただきます、と手を合わせて食べ始めた。
二人の邪魔にならないように、亜莉香はトシヤ達が食べ終えた食器を洗う。
食器洗っている間に、ルイは朝ご飯を食べながら言う。
「アリカさん。草むしりが終わったのなら、今度は何をするの?」
「まだ考えている途中でして。仕事を探さないと、とは思っているのですが」
「仕事なんて出来るのかよ」
呟かれたルカの一言が心に突き刺さり、亜莉香は苦笑いを浮かべて視線を下げた。その通りで、何も言い返せない。
肘でルイがルカをつつき、声には出さずにルカを責める。
ルカが頬を膨らませて、ルイは肩を落とした。
それなら、とルイが亜莉香の方を見て、明るく提案する。
「本、または図書館には興味ある?」
「本と図書館ですか?」
「そう。暇なら、僕達と一緒に図書館に行かない?暇をつぶす本を借りてもいいかな、と僕は思うのだけど」
「行ってはみたいです、けど」
けど、と言いながら、ルカの顔色を伺う。
ルイの提案は魅力的だが、ルカは納得している顔じゃない。頬を膨らませて、残っていた味噌汁を、音を立てながら飲み干した。
来るな、と言いたげな雰囲気を醸し出されている気がして、亜莉香はそれ以上言えない。
視線を下げた亜莉香に、ルイは優しい笑みを浮かべる。
「ルカのことは気にしないで。大事なのは、アリカさんがどうしたいか。行ってみたい、で間違ってない?」
「…出来るなら、行ってみたいです」
「なら、僕達と一緒に行こう。ルカもそれでいいよね」
ね、とルイがルカに同意を求めた。
ようやく食べ終え、食器を重ねていたルカが、ルイを睨んだのは一瞬。深くため息を零して、立ち上がる。
「何でもいい。行くなら十分後に玄関。それ以上の時間がかかるなら、置いて行く」
「だってさ。アリカさん、十分後に玄関集合で」
残っていたパンを口に押し込み、ルイも立ち上がった。
食器をカウンターの上に残し、二人は早々に茶の間から出て行く。その後ろ姿を見送ってから、亜莉香は少し考える。
「準備…て、言っても。特に持って行くものはない、よね?」
自分に言い聞かせるように呟き、亜莉香は目の前の食器を見下ろした。




