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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
20/507

05-1

 鳥のさえずりで、亜莉香は目を覚ました。

 布団から起き上がると、隣のベッドではユシアが気持ちよさそうに寝ている。小さく欠伸をしてから、起こさないように布団を畳み、静かに着替えて、髪を結ぶ。


 静かに部屋を抜け出して、向かったのは一階の洗面所。

 顔を洗って、台所に向かう。


 朝ご飯は各自、と聞いていたが、簡単な目玉焼きやウインナー、味噌汁などを人数分作るようになったのは、亜莉香がやって来て、三日目の朝からの習慣。四日目の朝には保温は出来ないが、炊くことだけが出来る炊飯器でご飯を炊くようになり、パンはすぐに焼けるようにトースターの傍に置くようになった。


 朝食の準備だけをして、庭に出る。


 雑草が茂っていた庭で、亜莉香は一人黙々と草むしりを始めた。

 始めたきっかけは、ただやることがなかったから、と言う単純な理由。午前中は朝ご飯に使った食器を片付けたり、家を掃除したりして時間をつぶせたが、午後からが暇だった。


 ユシアやトウゴは、帰りが遅い。

 ルカとルイは夕飯を作っている途中に帰って来るのが大半。

 トシヤの仕事は午前で終わるらしいが、ルカとルイの模擬戦に付き合って、適当に夕飯の買い物をして帰って来るので、早くても夕方。

 一人で市場に行く勇気はなく、トシヤとユシアと一緒に買い物に行ってから、亜莉香は一歩も外に出ていない。このままでは駄目だ、と思いながら、ずるずると草むしりをして、時間だけが過ぎていた。


 暇つぶしに始めた草むしりは、もうすぐ終わる。

 あと数分で草むしりが終わり、少しばかり綺麗になった庭を見てから、しゃがみこんでいた亜莉香は晴れ渡った青い空を見上げた。


「さて、今日から何をしよう」


 七日目の朝にして、やることがなくなった。

 うーん、と唸ってから、亜莉香は残っていた草を取ることを優先して、考えるのを止めることにした。






 草むしりが終わり、トシヤとユシア、トウゴを見送って、亜莉香は茶の間で朝ご飯の後片付けをする。三人共朝は慌ただしくて、朝ご飯を食べて、急いで家から出て行く。軽く挨拶をすることしか出来ず、会話をする時間はない。


 やることはあるか、と聞く時間はなかった。

 仕事を探すべきだ、と分かっていながら、家から出ていない事実に、布巾でカウンターを拭きながら一人落ち込む。一人で仕事を探せるなんて、これっぽっちも思えない。

 何の仕事が出来るだろうか、と考えていると、誰かの鼻歌が聞こえた。

 鼻歌を歌いながら、茶の間の扉を開けたルイと目が合う。


「あれ?おはよう、アリカさん。今日は草むしりしないの?」

「おはようございます。草むしりは終わってしまって…朝ご飯を食べますか?」


 カウンターを拭いていた手を止め、亜莉香は尋ねた。

 うん、とルイが頷く。


「僕はパン、ルカはご飯だよね?」


 茶の間に入りながら、ルイは振り返って、後ろにいたルカを見た。

 睨むような目つきで、眉間に皺を寄せているルカは一瞬だけ亜莉香の方を見て、小さな声で何かを言った。その声は亜莉香に届かず、ルイが代弁する。


「ルカはご飯だって。お願い出来る?」

「はい」

「わーい、嬉しいな。いつも朝ご飯作ってくれて、本当にありがとう。今までだったら、朝はパンだけ、ご飯だけ、だったから。物足りなかったんだよね」


 話しながらルイはカウンターの椅子に座り、ルカは黙ったままその隣に座る。

 亜莉香はまだ生温かい味噌汁を温めながら、パンを焼き、ご飯を茶碗に盛る。出来上がっているおかずの皿とご飯を先に出し、急いで味噌汁をお椀に盛った。軽く焼き上がったパンと一緒に、味噌汁を差し出せば、ルカとルイは同時に、いただきます、と手を合わせて食べ始めた。

 二人の邪魔にならないように、亜莉香はトシヤ達が食べ終えた食器を洗う。

 食器洗っている間に、ルイは朝ご飯を食べながら言う。


「アリカさん。草むしりが終わったのなら、今度は何をするの?」

「まだ考えている途中でして。仕事を探さないと、とは思っているのですが」

「仕事なんて出来るのかよ」


 呟かれたルカの一言が心に突き刺さり、亜莉香は苦笑いを浮かべて視線を下げた。その通りで、何も言い返せない。

 肘でルイがルカをつつき、声には出さずにルカを責める。

 ルカが頬を膨らませて、ルイは肩を落とした。

 それなら、とルイが亜莉香の方を見て、明るく提案する。


「本、または図書館には興味ある?」

「本と図書館ですか?」

「そう。暇なら、僕達と一緒に図書館に行かない?暇をつぶす本を借りてもいいかな、と僕は思うのだけど」

「行ってはみたいです、けど」


 けど、と言いながら、ルカの顔色を伺う。

 ルイの提案は魅力的だが、ルカは納得している顔じゃない。頬を膨らませて、残っていた味噌汁を、音を立てながら飲み干した。

 来るな、と言いたげな雰囲気を醸し出されている気がして、亜莉香はそれ以上言えない。

 視線を下げた亜莉香に、ルイは優しい笑みを浮かべる。


「ルカのことは気にしないで。大事なのは、アリカさんがどうしたいか。行ってみたい、で間違ってない?」

「…出来るなら、行ってみたいです」

「なら、僕達と一緒に行こう。ルカもそれでいいよね」


 ね、とルイがルカに同意を求めた。

 ようやく食べ終え、食器を重ねていたルカが、ルイを睨んだのは一瞬。深くため息を零して、立ち上がる。


「何でもいい。行くなら十分後に玄関。それ以上の時間がかかるなら、置いて行く」

「だってさ。アリカさん、十分後に玄関集合で」


 残っていたパンを口に押し込み、ルイも立ち上がった。

 食器をカウンターの上に残し、二人は早々に茶の間から出て行く。その後ろ姿を見送ってから、亜莉香は少し考える。


「準備…て、言っても。特に持って行くものはない、よね?」


 自分に言い聞かせるように呟き、亜莉香は目の前の食器を見下ろした。

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