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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
199/507

41-3

「噂の…とは?」

「シンヤ様が連れて来たご友人だろ?わざわざ夜会に連れて来るご令嬢だから、一部では婚約者じゃないかと囁かれていた――」

「違います」


 耳を疑う言葉に呆然とした亜莉香の代わりに、途中でトシヤが口を挟んだ。


「絶対に、違います」


 開いた口が塞がらなかった亜莉香は、ゆっくりとトシヤに目を向けた。

 念を押すトシヤの表情は笑っているようで、内心全く笑えていない。振り返りはしないが、心なしか握りしめている手が強くなった。

 否定してくれたことが嬉しい。緩んだ頬に気付かれないように左手を添えて、唇をぎゅっと結んだ。目が合えば顔が赤くなりそうで、視線を少し下げる。

 温かな風が吹いて、気まずくなった空気を壊すようにニチカは遠慮がちに言う。


「そう…みたいだな。十分に分かったから、怒るなよ?」

「怒っていません」

「いやいや怒っているだろ?気分の悪くなること言って悪かった。謝るから許してくれよ」

「別に謝って欲しかったわけじゃ…」


 ぼそっと敬語を外したトシヤは小さくため息をついた。不満そうではあるが、機嫌は悪くはない。じっと顔を見つめていると視線に気が付いて、そっと右手が伸びた。

 左頬に触れたと思った瞬間、軽く引っ張られる。

 小さく悲鳴を上げた亜莉香に微笑んで、軽い口調で話し出す。


「どっちかと言うと、アリカに謝って欲しいけどな」

「なんれ、れすか?」

「誰のせいで変な噂が流れているか、よく考えてくれよ」


 ぽかんとした亜莉香に、トシヤは呆れ果てていた。亜莉香が全く理解していないと悟ると、手を離して自分の額に移動させる。

 頭を抱えるような素振りに、亜莉香は頬をさすりながら首を傾げた。

 一部始終を見ていたニチカは口元を隠して笑いを耐えて、トシヤに言う。


「大変だな。もう一人のシンヤ殿のご友人、トシヤ殿で合っていたよな?」

「合っているから、この件に関してはこれ以上言わないで下さい」


 会話に置いていかれた亜莉香は、目の前の二人を見比べる。

 眉間に皺を寄せたトシヤが明後日方向を向いて、本日何度目か分からない深いため息を零した。可笑しそうに笑っているニチカは亜莉香に目を向けてから、もう一度トシヤに視線を戻す。

 不意に何かを思い出したニチカが、トシヤに顔を寄せてまじまじと顔を眺めた。


「それにしても――ちょっと聞いていいか?」


 突然のことに驚いたトシヤは後退り、ぎこちなく答える。


「何…ですか?」

「知り合いに似た顔がいてだな、セレストに親戚いるか?」


 突然の質問に、トシヤは言葉を失った。

 ゆっくりと首を横に振った姿に、ニチカが残念そうに顔を引く。


「そうか?そうだと言われても驚かなかったが」


 前置きのように言って、ニチカは亜莉香に視線を向ける。


「ほら、嬢ちゃんが人を探していただろ?黒髪の青年のことは分からなかったが、赤い髪の一家。警備隊の中にも赤い髪の奴がいて、その中の一人とトシヤ殿の顔がよく似ている気がする。孤児院に妹がいてよく顔を出す奴で、会わなかったか?」


 驚きの声が出て、亜莉香はトシヤと顔を合わせた。該当する人物には会っていなくて、お互いに首を横に振る。

 戸惑いの表情になったトシヤが何も言えず、亜莉香は問いかける。


「その人の年齢はいくつですか?」

「十三、だったかな?」


 曖昧な回答を聞き、十三、と亜利香は口の中で呟いた。

 探していたトシヤの弟の年齢と同じだ。予想外の手掛かりを見つけて、質問を重ねる前にトシヤが口を開く。


「そんなに俺と似ていますか?」

「そっくりだと思うぞ。髪の色は違うけど、怒っている時の顔はよく似ていると思う。何年か前にセレストに来た子供で、そこら辺を詳しく聞こうとして毎度睨まれる。負けん気は人一倍で、真っ直ぐ過ぎて危なっかしい見習いだ。年少だから、周りの奴らによくからかわれているよ」

「元気、ですか?」


 トシヤの妙な間を気にせず、ニチカは笑って頷いた。


「ああ、今日も元気に警備隊のお手伝いを頑張っているはずだ。と言っても、まだ見習いだから敷地の端の方だな。本当に親戚じゃないのか?」


 俺の気のせいか、とニチカは付け加えた。

 言葉が詰まったトシヤは曖昧な返事を返して、僅かに視線を下げる。思考が追いつかない、と顔に書いてある。

 その気持ちを察して、亜莉香は静かに息を吐いた。

 その見習いがトシヤの弟だという、保証は一つもない。探していた家族かどうかなんて会ってみないと分からなくて、会った所で何を話すか考えていない。

 それでも、とトシヤから視線を外して、真っ直ぐにニチカを見つめた。


「その人に会うことは出来ますか?」

「まあ、会えないことはないだろう。今だって敷地内にいるわけだし、明日の予定は聞いてみないと分からないが」

「今から、会えますか?」


 前半を強調すれば、トシヤが慌てて顔を上げた。

 驚いたトシヤとニチカの視線を集めて、会うことを躊躇している手を握り返す。真剣な表情を浮かべた亜莉香は、はっきりと述べる。


「可能なら、今から案内して頂けますか?」

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