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エイミの布団に潜り込んで、亜莉香は感動していた。
子供布団は小さめで、隣にいるエイミが幼くても二人では狭い。それでも何とか布団に収まり仰向けになって、星空のように光る装飾が施された濃紺の天井を眺める。
明るい夜空の下にいるような、素敵な子供部屋だ。
両手を布団の上に出していた亜莉香の隣で、エイミが片手を天井に伸ばす。
「凄いでしょう。この部屋だけ、魔法がかかっているのよ」
「違うだろ。これはただの飾りだ」
「子供騙しだな」
「ムトもテトも、余計なことを言わないで!」
頬を膨らませたエイミが起き上がれば、二人は斜め前の布団の中に逃げ込んだ。
うつ伏せになった亜莉香は腕を枕の上に乗せて、部屋の中を見渡す。すでにエイミの隣の布団では幼い子供が二人眠っていて、その隣の布団は空いていた。向かいの布団にはトシヤとルイが肩を並べて壁に寄りかかり座っていて、その隣にムトとテトが隠れている。
二階の子供部屋の中はすでに薄暗くて、八人分の布団を敷き詰めると隙間が無い。真ん中に頭を寄せるように四組ずつ横に並んで、今日ばかりは四人も増えたせいで、ムトとテト、それから別の子供二人が同じ布団で寝ることになっていた。
空けてもらった二組の布団は正反対の位置にあり、亜莉香の隣の布団の上にルカがいる。
壁際で胡坐をかいて腕を組み、眉間に皺を寄せて瞼を閉じていた。横にはならずに寝ているようにも見えるルカが何もしなくても子供達が興味を示すので、部屋に入った途端に寝たふりをしてしまった。
トシヤとルイが時々小声で話して、ムトとテトは布団の中で内緒話をする。
内緒話のはずが漏れる声をエイミが拾って、忙しなく会話が飛び交った。
静かにはならない部屋の中。残りの子供二人をトイレに連れて行ったメルが戻って来るまで、うとうとしながら待つ。
日中に頑張り過ぎたせいなのか、気を抜くと寝てしまいそうだ。折角メルが話してくれるのに、寝てしまっては意味がない。話が終わるまでは起きていようと踏ん張ると、扉を開けたメルが呆れた声を出す。
「廊下まで響くくらい五月蠅いわよ。特に、ムトとテト」
「何を!俺達は静かに話している!」
「五月蠅くするのはエイミだ!」
「違うもん!布団の中で私の悪口を言うからでしょ!」
布団から顔を出したムトとテトの言い分に、エイミが突っかかった。
メルが手を引いていた子供の一人は目を擦り、ムトとテト、それからエイミの前をふらつきながら歩いて空いていた奥の布団に潜った。もう一人は亜莉香の向かいの布団に腰を下ろしたメルの隣、入口に一番近い布団で寝る一番幼い子で、メルと手を繋いだまま座り込んだ。
今にも寝そうな顔なのに、メルから離れないで首が落ちては上がる。メルが寝るように促しても、首を横に振ってまだ寝ないと意思表示。
和んでいるのは亜莉香だけで、エイミが呆れた声を出す。
「眠たいなら寝ればいいのに」
「馬鹿だな。それでも起きていたいのが、大人への第一歩だ」
「起きていられたら、大人への階段を上ったことになる」
いつの間にか布団から出て、ムトとテトが腕を組んで座っていた。エイミは布団の中でうつ伏せになると、両手を頬に当てて馬鹿にする。
「そう言って、私より長く起きていられたことがないのに」
「違う!あれは不可抗力だ!」
「目を閉じていただけだ!」
「はいはい、もう少し声を落としてよ。他の子を起こしたいの?」
優しく幼い子の頭を撫でていたメルの言葉で、ムトとテトは舌を出して変顔になり、エイミは負けまいと口を尖らせた。ルイが微かに笑い声を上げれば三人は黙って、誰のせいだと無言で視線を交わした。
ため息を零したメルがルイを振り返って、それで、と話しかける。
「聞きたかったのは、千年前の話よね?」
「まあね。護人の話でもいいよ?」
「護人の話は沢山あり過ぎて、全てを語っていたら夜が明けるわ。千年の魔女の話なら護人にも関係があるし、短いから話しやすい」
さて、と言ったメルと亜莉香の目が合った。
眠たさも混じって微笑めば、メルが気まずそうな顔をした。
「そんな期待した眼差しを向けないでよ」
「期待はします。メルさんの御話がようやく聞けるわけですから」
「メルお姉ちゃんの声を聴いているだけで、そのお話の中にいるみたいになるからね」
「声だけは不思議と悪くはない」
「声以外の長所がないのが可哀想だが」
「ムトとテト、明日も氷の中に閉じ込められたいみたいね」
にっこりと笑ったメルの眼差しに、二人は両手で口を塞ぐ仕草をした。首を横に振って青ざめて、懲りない二人は学習をしない。
メルが視線を前に戻して、ふっと息を吐く。
それだけで部屋の空気が変わった。視線は宙で止まって、部屋の中で起きていた者は誰もが耳を澄ませる。
「これから語るは、千年前から続く魔女の御伽噺です――」
ゆっくりと語り部が話し出して、物語は始まった。




