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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
174/507

36-4

 昼食を用意した時点で、メルは自分の出した条件が間違いだったと気付いたようだった。

 テーブルに並べたのは台所にあったパンに、孤児院シエルの裏で育てていた新鮮なレタスとハムを挟んだサンドイッチ。元々置いてあったパンはフランスパンで耳が固かったので、大きめに切った上でパンの耳は外した。切れ込みに卵を挟んだサンドイッチの二種類に、軽く揚げて砂糖をまぶしたおやつ感覚のパンの耳。

 時間があまりなかったので昼は簡単に、夜は気合を入れるつもりだ。

 途中で台所にやって来たエイミが手伝ってくれて、予定よりも早く出来上がった。


「どう、美味しそうでしょう?」


 まるで自分のことのように言ったエイミは、両手を腰に当てて亜莉香の隣にいた。テーブルの前で立ち尽くしていたメルの腕にくっついて、上目づかいで話し出す。


「いつもより少し早いけど、もうお昼にしようよ。美味しそうなうちに、美味しいもの食べよう。二階にいる皆なら私が呼んで来るから」

「ちょっと、待って――今、頭の整理を」

「そんな整理いらないよー」


 エイミが腕を引っ張っても、メルは目の前の現実を受け止めきれずに呆然としていた。

 どんな勘違いをしていたのかは想像も出来ないが、少なくとも亜莉香が昼を用意するのすら想定外だったのだろう。それは台所で料理をしている時から様子を伺っていたムトとテトも同じようなもので、扉から顔だけを覗かせて話し出す。


「あれは貴族のお嬢様じゃないぞ」

「むしろ料理人だ」


 どちらも違うと思って振り返れば、ムトとテトはさっと顔を隠した。

 亜莉香が条件を飲んでから、早々に氷の塊から出た二人は一目散に外に出て日光浴をしていた。十分に身体を温めた後は、ずっと亜莉香を観察している。

 姿は見せたくないのか隠れる姿にフルーヴを重ねて、笑みが零れた。

 固まって声が出ないメルの肩を優しく叩いて、亜莉香は目線を合わせる。深い紺色の瞳と目が合ってから、優しく笑いかけた。


「外にいるルイさんのお昼は頂きました。テーブルの上にあるお昼は、好きな時に食べて下さい。私は外で洗濯をしていますので、足りなかったらすぐに作ります」

「え――」

「エイミちゃん。皆が食べ終わったら、私を呼んでくださいね」

「分かった!」


 大きく挙手したエイミを確認して、亜莉香はその場を離れた。

 部屋から出る前に、ムトとテトの二階に駆け上がる音がした。お昼を呼びに行った声は下まで届いて、亜莉香はエイミに教えて貰った浴室へ向かう。

 浴槽がある浴室の手前に洗面所があり、大きな桶の中に入った洗濯物が溜まっていた。

 桶ごと持って隣の台所に移動して、裏口から外に出た。

 空には太陽がさんさんと輝いているが、裏口は日陰だ。その傍で腰を下ろしていたルイはサンドイッチを食べていて、亜莉香と目が合うと手が止まった。

 見つかったと言わんばかりの顔のルイに、亜莉香は笑いかける。


「お味はどうですか?」

「いつも通り美味しいね。そっちは順調?」

「洗濯をしたら、あとは掃除ですね。夜は夏野菜のカレーにしようと思っていますので、その時もお持ちします」


 追い出されても外にいるのはルイだけで、トシヤとルカの姿はない。

 条件を満たすために亜莉香が動き出すと早々に、ルイは外に出てトシヤとルカも連れ出した。外にいるだけでは何もすることがないので、二人はトシヤの乗馬の練習を兼ねて、本日の夕食と明日の朝食を一緒に食べられないことをシンヤに伝えに行った。

 裏口の傍にあった蛇口を捻って桶に水を溜めながら、亜莉香は話しかける。


「それにしても、私は貴族のお嬢様か料理人ではないかと言われました」

「確かにアリカさんの料理は美味しいけど、貴族のお嬢様か」


 空を見上げてルイが言い、可笑しそうに笑い出す。


「そうすると、さしずめ僕はアリカさんの侍女かな。刀を持って、いざという時お嬢様を守る役とか?」

「トシヤさんとルカさんは護衛役ですね」

「的確な役柄だよ」


 腹を抱えて笑うルイが楽しそうで、桶の水はあっという間に溜まった。

 亜莉香は裏口に座って裸足になって、袴の裾を結んだ。桶に足を入れると袴を持ち上げて、膝ぐらいまで上げながら洗濯物を何度も踏む。

 エイミに聞いた洗濯方法で洗う亜莉香に、ルイはサンドイッチを食べながら言った。


「そんなに洗濯が似合う貴族のお嬢様はいないね」

「そう勘違いをしているのなら、それはそれでいいのです。そもそも貴族のお嬢様ではありませんが、それでお話が聞けるのなら」

「アリカさんがそこまで話を聞きたかったとはね」


 しみじみと言ったルイの言葉に、亜莉香は足を止めて顔を上げた。


「護人の話なら、私だって興味がありますよ?」

「それでもさ。ここまでするとは思わなかった」

「これくらいなら、いつもと同じです。適材適所で、自分の出来ることをして結果が得られるなら苦ではありません。昨日はルイさんが情報を集めてくれて、今日は私がお話を聞くために動く。セレストにいる間は、ルイさんとお互いを補って行動するべきかと」

「二人一組だから?」

「二人一組で、相棒だと。えっと…これは私の勝手な意見ですよ?相棒なんて言って、本当は大した役に立ってないとも思いますので」


 誰もいないのをいいことに素直に答えれば、ルイが嬉しそうな顔で首を横に振った。


「アリカさんは凄く頼りになるよ。そりゃあ戦闘能力はないかもしれないけど、戦うだけが強さじゃないでしょ?それにいざという時、僕より強いもん」

「そのいざという時はいつ来るのでしょうね」

「来ない方がいいけどね」


 その通りだと思った亜莉香が笑い出したのが先か、ルイが笑い出したのか先か。

 お互いに言いたいことを言い合って、穏やかな空気が流れた。

 洗濯を再開する亜莉香の傍らで、ルイは食べ終わって欠伸をする。天気が良くて昼寝日和の平穏な時間に、背中にくっついていたフルーヴが亜莉香の髪を引っ張った。


「どうかしましたか?」

「おりていい?」

「今ならいいですよ」


 亜莉香の許可を得て、隠れていたフルーヴは兎の姿でぴょんと地面に降り立つ。桶の周りをぐるりと回って小さな足でルイの元まで行くと、胡坐をかいていた足の間に収まる。


「ここにいるの」

「あれ?アリカさんと一緒じゃないの?」

「ありか、忙しいもん。フルーヴはじゃましない」


 ふん、とフルーヴが大きく頷いた。

 小さな身体を丸めてじっとすれば、すぐに寝息が聞こえた。ルイが優しく撫でても起きる気配はなくて、単に眠かったかもしれない行動に亜莉香は笑みを零す。


「では、今日はフルーヴのことをよろしくお願いします」

「この姿で誰かに見られたら、野生の兎と言うことにするからね」

「そうして下さい。その間に私はとことん洗濯をして、掃除をします!」

「いつもより張り切っているよね?」


 得意分野で気合の入った亜莉香に、呆れてルイは呟いた。

 聞かなかったことにして洗って、濯いで。絞って近くの物干し竿に干して、急いで台所の中に戻った。フルーヴがいて傍に寄って来なかった精霊達が一緒に家に中に入って、楽しそうな声で亜莉香に話す。

 手伝いたい、と。

 魔法は使うのを禁止されたが、精霊の手伝いは禁止されていない。人ではない精霊が手伝った所で、その姿は誰にも見えない。気付きもしないだろう、と安易な気持ちが芽生えた。

 精霊達のお願いを断る理由もなく、亜莉香は小さく返事を返した。

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