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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
172/507

36-2

 エイミ、と少女は名乗った。

 玄関で靴を脱いで、廊下の突き当たりの部屋に亜莉香達を案内する。

 家の中に入ればエイミとは別の少女が怒りながら叫んでいて、ドタバタと駆ける音もした。男の子の反発する声も響いていたが、少女の声が何倍も大きい。

 平然とエイミは進み、開いていた部屋の入口で立ち止まる。


「メルお姉ちゃん、お客様」

「――っだから、今はそれどころじゃないのよ!反省しないと、夕食を抜きにするわよ!!」

「そうやって怒ってばっかりいるから、男が出来ないんだ!」

「貰い手がいないんだ!」

「この――馬鹿共が!!」


 広いとは言えない部屋の中で、年長の少女は年下の男の子二人を追いかけていた。

 メル、と呼ばれた怒り狂う少女は片手にはフライパンを持って、もう片手には菜箸を握っている。無地の青い着物の裾にだけ黄色の向日葵が一輪咲いていて、黒の帯は細かい格子柄。腰まで伸びた、透き通る細い水色の髪の先端が凍り出して、深い紺色の瞳のメルが走った跡に霜が降りる。

 部屋の温度が下がっても、男の子二人は笑って逃げ回っていた。

 一人は明るい紫の髪を後ろで結んでいて、黒に近い灰色の瞳。もう一人は短髪の茶髪の髪と同じ色の瞳で、どちらも案内してくれたエイミと同じくらいの年齢。お互い砂のような色の着物姿で、帯はそれぞれの髪と同じ色。

 達観したエイミが振り返って、男の子を一人ずつ指差す。


「あの、紫がムト。もう一人の茶色がテト。怒って部屋を凍らしてしまうのが、語り部でもあるメルお姉ちゃん。これがいつもの光景だから、気にしないで」

「まだ話が通じなさそうだね」

「そうかもしれない。とりあえず部屋に入って」


 手招きをされて、亜莉香はルイの後に続いた。

 エイミが隅を歩いて、部屋の奥にあったテーブルまで移動する。

 円形のテーブルは子供なら十人は囲める大きさで、子供用に作られたのか高さが低い。木製で、悪戯書きや引っかいた跡があった。

 騒がしい光景が見える位置に、エイミは腰を下ろす。

 どうぞ、と言われて、反対側に座ったルイの隣に亜莉香は正座した。後ろにいたトシヤとルカは立ったまま、段々と悲惨になっていく現状に思わず声を零す。


「うわ」

「昔のユシアを思い出すな」


 どこか懐かしむトシヤの声に、亜莉香は顔を横に向けた。

 メルが両手に持っていたフライパンと菜箸、髪の半分まで凍っている。対してムトとテトの顔が引きつり始めて、メルが走った跡の霜を踏まないように駆ける。二人の逃げ足は速いが、逃げ場が無くなっているように見えた。

 エイミは姿勢を正して、部屋の中を見つめる。


「あの霜を踏むと、すぐに足が凍ってしまうの。メルお姉ちゃんの魔法のせいで、他の子は二階に避難中。私は焔が使えるから問題ないけど――」


 不意に思い出したように、少女は亜莉香とルイに顔を向けた。


「寒かったら焔を出すよ?」

「僕は大丈夫。アリカさんは?」

「私も大丈夫です」


 まだ、と内心付け加えた。

 間違いなく部屋の温度は下がっていて、ムトとテトの吐く息など白くなり始めている。このままでは夏のはずが冬の気温になってしまいそうだと思えば、腕を組んで片足に体重を乗せたルカが無言で結界を張った。

 寒気を遮断して、結界の中では寒さが和らぐ。

 ほっと安心したのは亜莉香だけで、エイミが辺りを見渡した。まるで何かを探すように、ぐるりと首を回して視線が戻る。


「誰か、魔法を使った?」

「分かるの?」


 頬杖をついていたルイが興味深い眼差しになり、エイミは正直に答える。


「何となく、そんな気がした。どんな魔法なのかは分からなかったけど、お姉さん達も魔力の強い人なのね」


 断定した言い方に、ルイは微笑んだ。


「どうしてそう思ったの?」

「だって、このシエルに入ったもの」


 当たり前のように言って、エイミはそっと走り続けるメルを見た。


「魔法を上手く使えない私達の溢れる魔力は、大抵の人を遠ざける。語り部に話を聞きに来る人は何人もいたけど、私達の魔力を感じて森の途中で帰った大人もいたし、尻込みして家に入るのを拒む大人もいた。シエルに入れるとしたら、魔力の強い人だけだってお姉ちゃんがいつも言っている」

「偶々かもしれないよ」

「偶々でも、あのお姉ちゃんを目の前にして帰らなかった人は珍しいの。だからシエルにお客様が来るのは久しぶり」


 ふわりと笑ったエイミは心底嬉しそうで、亜莉香とルイに笑いかけた。


「もしお姉さん達が私達のことを警戒していたら、絶対にお姉ちゃんは気が付くよ。そういう気持ちに敏感だから、部屋に入る前に追い出していたと思う。お姉さん達はお姉ちゃんが語るための一つ目の条件を満たしたの」

「いくつの条件を満たしたら、話を聞かせてくれるかな?」

「それは今日のお姉ちゃんの機嫌次第かな」


 少し楽しそうに言って、エイミはテーブルに両手を付けて立ち上がった。


「私、お茶を用意して来ます。お姉さん達は座っていて。きっともうすぐ喧嘩が終わって、お姉ちゃんがこっちに気が付く」


 足取り軽いエイミを、亜莉香は目で追った。トシヤとルカの傍を通り、部屋から出て行く。幼いながらもしっかりしている背中はたくましくて見えて、白に近い水色の氷の魔法を物ともせずに歩く。

 エイミの足跡だけが霜を溶かして、ぱたんと部屋の扉は閉まった。

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