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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
169/507

35-4

 知らない土地で過ごす時間はあっという間で、とても楽しかった。

 足取り軽く街を歩いて、至る所で足を止めた。

 甘く美味しい匂いに誘われた先には、かき氷の有名な甘味の店。煌びやかな宝石の並ぶ屋台には、様々な腕輪があって目を奪われた。歩き疲れたら船に乗って、観光案内を聞きながら優雅に過ごす。


 気が付けば空が赤く染まり、領主の家から遠い海辺の近くの酒場にいた。

 海の近くまで行くと、塩の匂いが鼻をくすぐる。海と繋がっているセレストに水路が追い理由がよく分かった。低い山を背景にした領主の家まで川で繋がっている。

 帰りは船で真っ直ぐ帰るとして、テーブルの上の新鮮な魚介料理が美味しそう。

 感動の声が零れたのは亜莉香と、その膝の上に乗っているフルーヴ。

 フルーヴは最初こそ隠れていたが、途中で目を覚まして人探しに加わった。人通りの多い道では兎のぬいぐるみのふりをして亜莉香の腕の中に収まり、夕食と聞いて女の子の姿になった。

 酒場の隅のテーブルで瞳を輝かせて、舌足らずに声を上げる。


「すごいねぇ!」

「美味しそうですね」

「有名なお店だって、船主さん言っていたよね。沢山食べて、お腹いっぱいにして帰ろうね」


 ルイの言葉に、亜莉香とフルーヴは大きく頷いた。

 醤油の香る焼きサザエに、柔らかくて歯ごたえのあるタコと胡瓜の酢の物。白身魚の海鮮ユッケの黄身を箸で突けばとろりと割れて、脂っこくないアジフライはからりと揚がっていた。しっかり味付けされたタコ飯の香ばしい匂いで、お腹の音が鳴る。

 ただの水で乾杯して、亜莉香はサザエを頬張った。


「美味しいです」

「おいしい!」

「海の近くは新鮮だね。これガランスでも食べられないかな?」


 近くに店員が通ったタイミングを見計らって、ルイはユッケを味わいながら言った。

 あら、と振り返って足を止めてくれたのは若い女性。少し年上で活発そうな印象の、瞳の大きな女性が下げる皿を両手に乗せたまま、興味津々でルイに訊ねる。


「お嬢さん達、ガランスの子なの?」

「そうなの。お姉さんのおすすめ、もう一品追加してくれない?」

「承りました。すぐにお持ちするわ」


 ウインクした女性がいなくなり、にやっと笑ったルイが声を落とす。


「さて、情報集めの始まりだよ」

「そうなのですか?」

「目立つ容姿は人を集める。女二人の子連れで、酒場の注目は十分だ。誰だって興味を持って、話かけるきっかけを探している。こっちのことを話しつつ、相手から情報を聞き出せばいい。特に店員はこの辺りに詳しくて、味方にすれば頼りになるよ」


 箸が止まっていた亜莉香とは違い、ルイは平然と食べ続ける。フルーヴは何も分からずにもぐもぐとアジフライを食べて、首を傾げた。


「おはなしだめ?」

「大人しくしていてくれたら、後で僕が魚をもっと食べさせてあげるよ」

「おとなしくする!」


 両手で口を塞いでみせたフルーヴに、ルイは微笑んで身を乗り出して口を拭いた。亜莉香と目が合うことはなく、こっそりと耳元で囁く。


「僕が話をするから、アリカさんは適当に相槌をお願いね」

「頑張ります」

「いつも通りで緊張はしなくていいから」


 笑い声が耳から離れて、ルイは席に戻った。他愛のない会話をして間を持たせれば、若い女性店員はいそいそと戻って来る。

 戻って来るなり両手を合わせて、ちょっと申し訳なさそうに話し出す。


「ごめんなさい。この店一番の天ぷらを出そうとしたら、ちょっと注文が重なっちゃって。すぐに作ってもらうけど、時間は大丈夫?」

「大丈夫ですよ。実は昨日この街に辿り着いたばかりで、朝から張り切って観光をしたら食べそびれて。今は満足するまで食べ終わらないと、この店から出る気分にならないの」


 いつもより心なしか声の高いルイはにこにこと笑い、亜莉香は尊敬の眼差しを向ける。

 見た目が美少女はいつものことだけど、最初の敬語以降は言葉を崩した。女性店員の興味を引きつけて、親しみやすさを感じるように笑いかける。


「この店は観光案内をしてくれた船主に聞いて、美味しい料理ばかりでびっくり」

「それは嬉しいわ。わざわざガランスからの観光でしょう?姉妹にしては似ていないけど、友達同士?祭りのために?」


 おそらく聞きたくて堪らなかった質問に、ルイがさらりと答える。


「友達同士で、親に内緒で馬車を走らせてセレストに来ちゃった。一度でいいから水花祭りを見たくて、この近くの宿に泊まっているの」


 嘘を交えた会話になって、亜莉香は余計なことを言わないように頷きながらタコと胡瓜の酢の物を食べる。酸っぱいながらも甘さもあって、フルーヴと同じ顔でもぐもぐしていると、女性店員が亜莉香をちらっと見た。

 その視線の先がフルーヴに下がり、その子はね、とルイが笑いながら説明する。


「妹。勿論、私じゃないよ。お姉ちゃんのことが大好きで離れると騒ぎ出すから、一緒に連れて行くしかなくて」


 ね、とルイが同意を求めると、フルーヴは一瞬ぽかんとした。

 けれどもすぐに顔を輝かせて、何故か嬉しそうに大きく頷く。


「うん!」

「可愛い。妹さん、撫でてもいい?」

「どうぞ」


 亜莉香に確認を取って、女性店員はメニュー表を抱きしめたまま右手を伸ばした。

 頭を撫でられたフルーヴは嬉しそうに頭を下げて、うふふん、と声を出す。ますます可愛いと感情が高ぶる女性店員の目的がフルーヴだったと、亜莉香とルイは同時に察した。

 誰よりも注目を集めていたのがフルーヴだと知り、亜莉香の緊張が解けた。

 片手で口を隠して笑いながら、ルイが訊ねる。


「お姉さんはずっとこの街に住んでいるの?」

「そうよ。この街のことなら、なーんでも知っているわ」


 フルーヴの頭を撫でながら得意げに答えた女性に、ルイは質問を重ねる。


「じゃあ、友達と同じ黒髪の青年は知らない?私達祭りも楽しみだけど、黒髪の青年も探しているの」


 実はね、とルイが声を落とせば、女性が耳を寄せた。


「本当はそのお兄ちゃんの子で、妹に子供を押し付けて愛人と駆け落ちしたの」


 驚きの声が女性店員の口から零れて、慌てて口を閉じた。

 小声だけど、好奇心を掻き立てられた女性店員が問う。


「そうなの?」

「そうよ。酷い兄でしょう?まだ生まれたばかりだったから、私の友達は妹として育てていたの。でもそろそろ父親を見つけてあげたくて。駆け落ちした相手の家族…えっと、金色の輝きを持つ赤い髪を持つ母親と、赤みを帯びた鼠色の髪の父親がいる家族も一緒にいるはずだから、何か心当たりはない?」


 とんでもない設定になって、女性店員の憐れむ視線に心が痛む。


「知っていたら教えてあげたいけど、珍しい黒髪は今日初めて見たわ。赤い髪の家族はセレストにも沢山いて、名前が分かれば探しやすいけど」

「そうだよね」

「そうね、人探しをするなら――」


 話している途中で、女性店員は名前を呼ばれた。

 片手で謝って急いで奥に戻る姿を見送り、ルイは一息つく。


「さーて、ちょっと冷めたけどご飯は食べなきゃ」

「親切な方ですね」

「ほら、お姉ちゃんの手が止まっていると、妹の手も止まるよ?」


 妹の単語で一瞬だけ疑問が浮かんだが、すぐに膝の上を見た。

 フルーヴは首を傾げてじっと亜莉香を見ていて、もう一つアジフライを食べさせる。両手でもぐもぐすれば、膝の上には食べかすが落ちてしまう。

 後で綺麗にすることにして、手を付けていなかった料理を口に運ぶ。

 なあなあ、と近くにいた酔っ払いの男性に声をかけられて、亜莉香とルイはほぼ同時に顔を向けた。テーブルの上には料理が散乱していて、日本酒の匂いがする。

 四十代にも見える顔が僅かに赤いが意識はある男性は隣の席で、楽しそうに問いかける。


「人探しをしているのかい?」

「そうなの。素敵なおじさん、黒髪の青年を知らない?」

「知っていたら素敵なおじさんが教えるけど。生憎、何も知らないな」


 素敵なおじさんが気に入って繰り返した男性に、ルイは微笑む。

 全く落ち込まずに、肩を竦めて見せた。


「残念。どこを探せばいいのかは、知っている?」

「屋台が多い場所に行っても、今の時期は観光客が多いだけだな。赤い髪は港より街の方が多い。人に聞くなら古株の婆共に聞けよ。あいつら皆、噂話が好物だからな」


 あっはは、と男性が声を上げて笑った。

 一緒のテーブルにいたもう一人、すでに潰れていた若い男性がむっくりと顔を上げて、不意に思い出したように言う。


「あの子はどうでれか?ほら、いつも噴水の近くで、何か話している子。よく人を集めて、人探しの手伝いをしてくれるかもしれまへんよ」

「馬鹿、あれは語り部だろ」

「語り部?」


 咄嗟に聞き返したルイに、意識のある男性は手に持っていたお猪口の中の酒を飲み干す。

 呂律の回っていなかった男性が、へらりと笑って何度も頷いた。


「ものがたりを、話す女の子。何でも知っていて、かしこーい」

「酔っている今のお前よりな」

「酔ってらせん!」


 何故か敬礼して、呂律の回っていなかった男性はがくっとテーブルにうつ伏した。呆れ果てた意識のある男性が揺らしても起きず、いびきをかき出した姿にため息を零す。


「あーあ、置いて帰ろうかな」

「それより、語り部の話を教えてくれない?」

「なんだ、若いのに興味があるのか?」


 両手を合わせたルイのお願いに、酒を飲もうとした男性が言った。

 お猪口を口に当ててから空だと気付いて、もう一度ため息を零す。

 タイミングを見計らったように女性店員が戻って来て、亜莉香とルイのテーブルに揚げたての天ぷらを差し出した。熱々で湯気の出そうな、はもの天ぷら。

 亜莉香とフルーヴが目を輝かせてから、女性店員は両手を腰に当てて後ろを振り返る。


「もう、ここの常連だからって、うちのお客さんと勝手に仲良くならないで」

「少しくらい、別にいいだろ?」

「あ、そこのテーブルにお酒を追加してあげて」

「お、分かっているな」


 ルイの一言で男性が日本酒の入っていた、細長く白い酒器を揺らした。女性店員はじろっと男性を睨んでから、また奥へ戻って行った。

 酒を待つ間にテーブルに肘をついて、身体の向きを変えた男性が話し出す。


「語り部、名前は知っているよな?」

「うん。ガランスにはいなかったから、ちょっと気になった話で詳しく教えて」

「俺が知っているのは、この街の人間なら皆知っている話だ。それでもいいか?」


 にやっと笑ったルイが頷いてから、男性は続けた。


「この街の領主の家の後ろ、山の中に孤児院があるのさ。そこの孤児院は魔力の強い子供が多くて、面倒を見ている老婆が代々語り部をしている。街の子供も話が好きだから、時々街まで来て語っていた。けど、その老婆も年で、最近新しい語り部として孤児院の子供が一人街へやって来るのさ」

「へえ、子供が」

「十三歳の女の子だったかな?子供が語り部で珍しくて、ずっと注目を集めているよ」

「そうやって興味本位で大人が集まるから、あの子はすぐに孤児院に帰っちゃうのよ」


 どん、と勢いよく日本酒がテーブルに置かれた。むすっと頬を膨らませた女性店員から酒を受け取り、男性は上機嫌でお猪口に酒を注ぐ。


「やっぱり酒はいいねぇ」

「酒を奢らせないで、知っていることなら教えてあげなさいよ」

「お前さんと違って、こっちは金に困っているわけだ」

「この店に来て、酒ばかり飲んでいるからよ」


 呆れ果てた女性店員が男性に冷ややかな瞳を向けても目が合わず、酒を一気に飲む。

 何を言っても無駄だと悟り、女性店員は亜莉香とルイを振り返った。


「祭りの間はまだいるの?お詫びに甘味を奢るわ」

「もう十分です。お会計をよろしいですか?」

「そう?ちょっと待っていてね」


 急いで女性店員が会計を調べに行って、亜莉香は改めてテーブルの上を見た。

 話をしていたはずのルイが素早く食べていて、綺麗に完食している。フルーヴも満足そうに腹を膨らませていて、口には醤油の痕が付いていた。

 亜莉香がフルーヴの口を拭っている間にルイは会計を済ませて、さっさと立ち上がる。


「行こうか」

「何か情報を見つけたら、この店に置いといてやるよー」


 冗談交じりの男性の声だったけど、立ち上がった亜莉香は背筋を伸ばした。

 相手の目を見て、深く頭を下げる。


「よろしくお願いします」

「おねがいします!」


 予想外に亜莉香とフルーヴの声が響き、店内が静まり返った気がした。

 そっと顔を上げれば驚いた男性がいて、瞬きを繰り返す。余計なことをしたかもしれないと思ったが、男性は声を上げると腹を抱えて笑い出した。

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