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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
168/507

35-3

 昨晩。泊まった場所、別名客の間にいると、やって来たのはナギトだった。

 後ろには食事持って来てくれた使用人がいて、すぐに夕食の用意をしてくれた。

 ついでに布団を二組持って来てくれて、その布団でトシヤとルイが寝た。

 流石に男二人がベッド一つで寝たくないと言われて、亜莉香はルカとフルーヴと一緒に寝室でぐっすり眠った。ふかふかのベッドは、ルカと並んでも全く狭くない。むしろ広すぎるくらいで、隠れる必要のないフルーヴが飛び跳ねて遊んでいた。

 疲れているだろうと気を遣ってくれたシンヤは、昨晩亜莉香達のいる客の間を訪れることはなかった。ゆっくり休むように、そして朝食は共にしよう、と代わりのナギトに伝言を託した。

 朝食はシンヤ達と共に、のはずだった。

 早朝からルイに誘われるがままセレストの街に繰り出して、噴水の縁に座っている。晴天の空を見上げた亜莉香は呟く。


「帰ったら、怒られるかな?」

「大丈夫だよ。怒られるのは僕で、アリカさんは僕に誘われただけでしょう?」


 独り言のつもりだったが、すぐ近くの屋台から戻って来たルイの返事があった。

 売り物の桃を片手に持っていたので、差し出された瑞々しい桃を受け取って、お礼を言った。亜莉香の隣に腰を下ろしたルイは左手に持っていた桃の入った風呂敷を隣に置き、そのうちの一つを豪快に食べ始める。


「うん、美味しい。アリカさんも食べたら?」

「そう…ですね。頂きます」


 前を見据えるルイを真似して、皮ごと齧れば甘くて柔らかい果実が口の中に広がった。

 美味しくて、もう一口と口に運ぶ。両手で包める小ささだけど、甘みは強い。何個でも食べたくなる美味しさに頬が緩むと、ごめんね、と小さくルイが謝った。


「朝早く、連れ出しちゃったね」

「私は構いませんよ?こうして桃を頂いていますし、人探しはどれだけ時間があっても足りないとは思っていましたので。ただ、トシヤさん達が少し心配で」

「馬鹿領主の息子の誘いを、僕達は断ってここにいるからねー」


 どこか他人事のように言って、目を合わせないルイは桃を噛みしめる。

 朝食も食べずに、早朝に亜莉香はルイと共に部屋を出た。

 ルカと顔を合わせたくない、と辛そうな顔をされたら断れない。

 トシヤとルカはまだ寝ていて、起こさないように置き手紙を残した。フルーヴを置いていくと騒ぎそうなので袖の中に隠して、走って揺れたはずなのにまだ寝ている。


「ルカさんと何があったのかは、まだ聞きませんね」

「それは助かるな。まだと言うことは、そのうち聞き出すの?また狭間で精霊の力を借りちゃうのかな?」

「そんなことしませんよ」


 そっと言って、桃を味わう。


「話したくなったら聞きますし、話したくないことなら無理やり聞きたくないです。ただ仲直りしたら、ちょっと色々あってね、の一言は言って欲しいとは思いますが――言いたくないことって、誰にでもあるじゃないですか」


 やっぱり美味しくて笑顔が零れて、ちょっと疲れた顔のルイを見た。


「報告でも相談でも、言いたいことがあったら話して下さい。私は待つだけです」

「相談は…いつでもいいの?」

「勿論です。相談事がおありですか?」

「相談と言うより、これはお願いになるのかな?僕の気持ちの整理がつくまで、まだ数日はルカと顔を合わせたくないから協力して欲しいな。今日の夜ご飯を外で食べるとかね」


 とても簡単なお願いに、亜莉香は瞬きを繰り返す。


「とことんルカさんと顔を合わせないつもりですか?」

「まあね。ルカの方が僕の顔を見たくないと思うから、それに馬鹿領主の息子も気にくわないからね」

「新鮮な魚料理でしたらフルーヴが喜びますので、ご検討ください」

「了解。人探しついでに、美味しいお店も探すよ」


 はっきりとは言わなくても、ルイには協力する意思が伝わった。

 お互いに一つ目の桃を食べ終えて、二つ目を手に取る。

 後ろには噴水があって、涼しい水の音が響く。早朝なので、まだセレストの大半の店が開いていない。ルイが買って来た桃は準備中の屋台から手に入れたもので、少しずつ活気づく街を眺める。


 街の建物はガランスと似ているようで違う。

 色鮮やかな煉瓦造りの建物が立ち並んでいるが、どの建物も三階か四階と高い。

 大きく違うのは水路の多さで、細長い船が目につく。水路を跨ぐ煉瓦造りの橋もあり、祭りが近いせいなのか建物のベランダの多くに花が飾られていた。

 早い時間で聞き込みは無理だけれど、街を歩いて雰囲気を感じるのは楽しそうだ。


「異国に来た感じがしますね」

「迷子になって、帰れなくなっちゃったりして」

「それは困りますね。私達が帰らないと、ユシアさんが大騒ぎしますよ」

「怒らせたら厄介だよね」


 冗談交じりのルイと目が合って、先日の件を思い出した。誰よりも怒らせたら駄目な人物として、ユシアの名前は上位にある。

 あーあ、と肩の力を抜いたルイが話し出した。


「今回の旅のお土産買って、ご機嫌でも取ろうかな?ついでに、キサギの分も」

「トウゴさんの分は?」

「それはトシヤくんが買うでしょう?僕は買わない」

「買って帰ったら、きっと喜びますよ?」


 笑みを浮かべた亜莉香の言葉に、いやいや、とルイは首を横に振った。


「女の子からの貰い物なら何でも喜ぶけど、僕は違うので」

「それは確かに言えますね。女の子からなら、どんなものでも受け取りそうです。断ることを知らなそうですもの」

「だよね。アリカさんはお土産沢山買う予定?」


 ルイが首を傾げて、亜莉香は少し悩んだ。


「そう、ですね。ピヴワヌとトウゴさんと、ユシアさんとキサギさんとヤタさんと。ケイさんのお店の皆さんや、パン屋のワタルさんとコウタくんの御一家…色々と何か買って帰りたいとは思っています。ルイさんはご家族に買う予定は?」

「イオには買って帰る予定だけど、愚兄には凄くくだらない物を買いたい」


 少し楽しそうな顔になったルイに、思わず質問を重ねる。


「何だかんだ言って、ヨルさんのことを嫌っていませんよね?」

「えー、嫌いだよ。嫌いだから、嫌がりそうなお土産を贈りつけたいの。愚兄の嫌いなものなら把握しているからね」

「…皆さんに、何を買いましょうか?」


 少しだけ話題を変えようと質問をすれば、ルイは空を見上げた。


「セレストのことはよく分からないから、何が特産か知らないな」

「私達、知らないことだらけですね」


 でも、と亜莉香はルイと入れ替わるように空を見た。


「だからこそ色々なことを知りたいと思って、知識や経験を得て、今の私達があるのですよね。何も知らないままではいられない、みたいな?自分でも何が言いたいのか、よく分からないのですが」


 緑の精霊を瞳に映して、ルイの視線に気付かずに口角を上げる。


「ねえ、ルイさん。今日は色んなことを調べに行きましょう。初めての場所に行って、初めての食べ物を食べて、ちょっとでも気になったら追いかけましょう。私達は私達の心のままに、それが一番の近道な気がします」

「アリカさんが言うと、そんな気がするね」


 ルイの相槌に亜莉香は振り返り、笑みを浮かべた。これから内緒話をするように人差し指を口に当てて、根拠のない自信を持つ。


「何事も、信じることから始まるのですよ」

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