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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
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34-6 Side琉華

 夕食後に借りていた本を返すため、ルカが部屋を出たら廊下にルイがいた。

 腕を組んで壁に背を預けて、不貞腐れた顔で口を固く閉じる。ルカがいることに気付いているはずなのに視線は上げず、じっと床を睨んでいた。

 何か言いたければ言えばいいのに、ここ数日はその理由を尋ねても教えてくれない。

 明日の午後にはセレストの街に着くのに、ルイとは街に着いてからの行動について何も話していない。どうせ亜莉香とトシヤに付いて行くとは言え、子供の頃に両親と旅した街を案内しようとしていた気分は消え失せてしまった。


 旅に出て、いつからだろうか。

 多分、最初の野宿が終わってからだ。時々混じるルイの喧嘩腰の態度が気にくわなくて、ルカも反抗的な態度を取っていた。段々と口数が減って、お互い黙り込むこともあった。素っ気ない会話になって、何か言いたそうな亜莉香とトシヤの視線が気になれば、関係ない二人を睨みつけたこともあった。

 意味もなく喧嘩を売られて買っていたとしても、完全に八つ当たり。

 自覚があるだけにすぐに謝罪すれば亜莉香やトシヤは許してくれるが、ルイには謝るつもりはない。そもそも謝る理由がない。


 意外と読書家で、本を持参していたナギトから借りた本を返したくても、部屋に行くにはルイの目の前を通り過ぎる必要がある。回れ右して部屋に戻るのは癪で、右手に本を持ったまま、ルカは不機嫌な顔になってルイの前を過ぎる。

 左手首を掴まれて、ルカの足は止まった。


「また、本を借りていたわけ?」


 とげとげしい声に振り返って、ルイを睨みつける。


「またって言うけど、これで二回目。離せよ」

「嫌だって言ったら?」


 振り払おうにも、ルイの手に力が入った。

 痛いと認めたくない。じっと睨み合って、ルイは淡々と言う。


「ちょっと来て」

「嫌だって言ったら?」


 同じ言葉を返せば、ルイは怒ったような顔になった。

 踵を返して歩き出して、手を掴まれているルカも歩くしかない。問答無用の背中に向かって、口を開こうとしてやめた。

 どうせ答えないのは、長年の付き合いで分かった。

 こうなったらとことん喧嘩をしてやる。

 内心意気込んで、誰もいない宿の廊下を進む。日付が変わっていない時間とは言え、気配が読めるルイが人を避けているのか誰にもすれ違わない。宿泊客は部屋にいる時間帯もあって、二人分の足音だけがよく響く。


 迷うことなく、宿の二階にあった非常口に辿り着いた。

 どうやって手に入れたのか分からない鍵を取り出して、外に出ると夜風が髪を撫でた。先に外に出たルイが振り返って、左手はルカの耳元付近で音を立てて扉を閉じた。

 向かい合って、目線が同じになったルイの瞳を見つめる。

 深い緑の瞳が何を考えているかなんて、全く分からない。

 後ろは扉で、左手が掴まれたままでは逃げられない。右手には本があって反撃も出来なくて、睨んで威嚇するしかない。


「何の用だよ」

「ナギトのこと、最近よく見ているのはなんで?」


 無視されるかもと思ったのに、単刀直入に答えは返って来た。

 見ていたのが事実だとしても、その件についてルイに話すつもりはなかった。誰にも話すつもりはなくて、ルカはふっと笑みを浮かべる。


「さん、を付けろ。年上だろ」

「年上に興味あったわけ?はぐらかさないで答えて」


 何が何でも聞き出そうとするルイに、ルカの表情は消えた。


「お前には関係ない」

「関係なくない」

「関係ない話だろ。俺がちょっと気になっていただけで――」

「気になっていた、か」


 途中で遮って、ルイが独り言のように反復した。

 目を逸らしたと思った瞬間、顔を上げた真剣な表情に声が出ない。思わず一歩でも下がろうとすれば頭と背中は扉に当たって、ルイの顔が近づいた。

 声を出そうにも唇を奪われて、頭が真っ白になった。

 どうしてと問いかけることも出来ず、ほんの少し離れたと思えば深くなる。

 息の仕方を忘れて苦しくなって、身体から力が抜けそうになればルイの左手が腰に回った。引き寄せられて動けないまま、ぎゅっと瞳を閉じる。

 何も考えられなくて、右手に持っていた本が落ちた。

 その音を合図に、ルイはそっと離れた。

 腰が抜けたルカをそっと座らせて、目の前に膝をつく。掴んでいた右手は離さず、涙が浮かびそうになっていた顔をルカは思いっきり下げた。


「ルカ、聞いて」


 申し訳なさが混じった声に耳を塞ぎたいのに、身体は震えただけで動けなかった。


「ルカが僕を男として意識していないことは知っている。ずっと今の関係を続けたかったとしても、僕は違う。このままなんて嫌だし、ルカが誰かのものになるのも嫌だ。ずっと傍に居たくて、ずっと僕だけを見ていて欲しい。僕はずっと前から――」


 その先の言葉を聞くのが怖くて、聞きたくないのにルイは続ける。


「ルカが好きだよ」


 悲しそうに囁かれた声に、ルカは唇を噛みしめた。

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