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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
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34-1

 ガランスの街を出てから、初めての野宿は五日目のことだった。

 ここ数日の雨は少なくて、雨が降ってもナギトの魔法で雨除けをして貰った。亜莉香はほぼ毎日の半分をルカと一緒に馬に乗って、嬉しそうなフルーヴやルイと過ごしていた。

 夜空には星が輝き、赤と橙と時々黄色の混じった炎が薪の上で燃えている。

 夕食を食べるために焚き木を囲んで円になって、長細い敷物の上に座っていた亜莉香の両隣にはルカとルイ。ぴったりと肩がくっついているルカとは違い、ルイは亜莉香と腕を組んでいる。ルイの胸に腕が当たるほど、ぎゅっと引き寄せて離さない。


「アリカさん、これ美味しいから食べなよ」

「ついでにこの野菜も食べとけ」

「…ありがとうございます」


 棒読みのお礼を言って、作り笑いを浮かべた亜莉香の皿に魚と野菜が増えた。

 どうにかして亜莉香との間に隙間を作らないようにするルカとルイの強引な作戦に、自棄になって箸で蒸し野菜を口に放り込む。

 もぐもぐと食べていると、目の前でルカとルイがおかず交換を始めた。

 どれにしようかな、とわざとルイが時間を稼いで、どれでもいい、と言いながら皿を差し出すルカは待ってあげるふりをする。

 目の前で繰り広げられる茶番を無視して、亜莉香は必死に考える。


 一番の問題は、フルーヴが亜莉香の背中にしがみついていることである。

 女の子の姿で地面に足を付けて、震える小さな手は着物を握りしめる。

 また何か、やらかしたに違いない。たった数日しか経っていないのに、目を離せば宿にいた飼い犬に吠えられて怯えて、隠れるのに失敗してベッドの隙間に落ちて抜け出せなくなって。泣き出しそうになるフルーヴを何度も慰めた。

 宿だったらさっさと部屋に籠れたが、野宿ではどこに行けばいいのか。

 野宿で、それも夕食を食べている途中でしがみつかれたら逃げ場がない。隣にいたルカとルイはすぐさまフルーヴを隠すように動いてくれたが、それだけでは問題は解決しない。

 せめて兎の姿になって髪の中に隠れて欲しい。

 唐突なルカとルイの行動に、左斜め前にいたトシヤが呆れた声で言う。


「お前ら…近い」

「えー?そんなことないよ」

「気のせいだろ」

「まあ、仲が良くていいことではないか。私ともおかず交換をするか?」

「「しない」」


 トシヤの向かいで、右斜め前にいたシンヤに、ルカとルイは口を揃えて言った。

 一瞬で静まり返った空気に、シンヤの隣にいたチアキがそっと口を挟む。


「食べながら、火の番の順番でも決めたらいかがですか?」

「…そうだな。私も入れて、男六人を二人ずつでよろしいか?」


 首を傾げたシンヤは食べる手を止めて、ルイに訊ねた。亜莉香の腕を離すことはなく、ルカの方へ身を乗り出すのをやめたルイが姿勢を正す。


「いいよ。僕はトシヤくんと一緒に朝方の時間帯を希望する」

「勝手に決めるなよ」

「トシヤくん以外とだったら、火の番を放棄するからね」


 意見を無視されたトシヤが、何を言っても無駄だと肩を落とした。

 薪の向こうでナギトとサクマの頭の上に疑問符が浮かび上がっているが、それに気付いているのは亜莉香だけ。宿の部屋割りでは、二人はシンヤと一緒に早々に部屋に消えてしまった。未だにルイを女だと思っているに違いない。

 チアキは最初からルカを女性と認識していて、ロイは途中で気付いたようだ。

 知らないのはナギトとサクマだけで、男女一人ずつ増えたと勘違いしている。わざわざルイとルカの性別を誰かが説明することはなく、五日間も騙されたままだ。

 頃合いと判断したルイは、シンヤに向けて話し出す。


「女性陣は馬車の中で寝るなら、女であるルカも一緒でいいよね?」

「勿論だ。馬車の中のクッションを使って、快適に過ごせるようにチアキには頼んである。その代わり、男であるルイ殿は私と外で寝ることになる」

「君の傍で寝るはずがない」


 心底嫌そうに言い返せば、シンヤは気にせずに笑みを浮かべた。


「この機会に、ヨル殿のように私と親しくなってくれないか?」

「愚兄とも仲良くはないだろ?」


 笑っているルイの笑顔が怖い。

 にこにこと微笑んでいるロイと無関心を貫くチアキ以外の食べる手が止まって、ナギトとサクマに至ってはぽかんと口が開いていた。

 正気を取り戻したのはサクマの方が早く、戸惑いながら訊ねる。


「えっと…あのヨル殿の、弟ですか?」

「そうだ。似ているだろ?」

「何日か前に突然現れて、警備隊の訓練に参加したかと思うと途中でいなくなった。あのリーヴル家次男の、ヨル殿の弟ですか?」


 長くなった同じ質問に、眉間に皺を寄せたルイは呆れた顔になった。

 思いがけない情報に、亜莉香は頭の中で何日か前に慌てて帰ったヨルの姿を思い浮かべる。どこに行っていたのかと思えば、まさか警備隊に顔を出して特訓に参加していたとは思わなかった。

 シンヤがもう一度肯定する前に、ルイは問う。


「愚兄、警備隊にも顔を出していたわけ?」

「あ…はい」

「愚兄の気配は気のせいだと思って無視したのに、フミエと一緒に来ていたのか。それならちょっかい出しに行ったのに」


 悔しそうな独り言に、ルカは盛大なため息を吐く。


「余計な真似はやめろよ」

「だって、街に来ていたのに僕に顔を見せないとか酷い兄でしょう?」

「お前のような弟を持ったヨルは可哀想だな」


 ぼそっとルカが呟いた。

 ルイは全く気にしていなくて、にやっと笑う。

 会話の途中で、サクマがルイを見る目が変わった。リーヴル家でヨルの弟と認識を改めて、緊張した面立ちで何か言おうとしては口を閉じす。

 ナギトは信じられなくて、口から本音が零れた。


「似てない…ですね」

「僕と愚兄のこと?あれは母親似だからね、似ているとも言われたくないよ」


 食べる手を再開して、ルイは素っ気なく言った。


「因みに僕とルカの雰囲気が似ているのは、僕達の父親の血が繋がっているからだよ。僕が本家で、ルカは本家ではないとは言えそれに近い身分だと言うこと。忘れないでね」


 何も言えないナギトとサクマに向かって、ルイがにっこりと笑った。釘を刺したとも言える。ルカは余計なことを言うなと冷ややかな視線を向けて、黙っていたトシヤが真面目な顔で話し出す。


「ルイ、リーヴル家関係なく年上を敬えよ」

「えー」

「お前が俺を保護者だと言ったよな?」


 トシヤがじっと見つめれば、分かったよ、とルイは素直に答えた。

 亜莉香の皿に乗せたはずの魚を食べていいか訊ねられて、思わず皿ごと差し出した。話し合いのうちに落ち着いて兎になったフルーヴの姿がルイの瞳に映って、そっと腕を解く。

 微笑んで、ルイは亜莉香に優しく言う。


「アリカさん。眠たそうだから、そろそろ馬車に戻って休んだら?」

「え…でも」

「それなら俺が連れて行く。行こうぜ」

「…はい」


 ルイの意図を察したルカに、今度は左腕を掴まれた。

 立ち上がればフルーヴを隠すように背中に手が回って、大丈夫だと耳元で声がして頷いた。このまま話し合いに参加していたい気持ちもあったが、フルーヴのことも気になる。失礼しますと挨拶をして、亜莉香はルカと共に、急ぎ足でその場を離れることにした。

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