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Last Crown  作者: 香山 結月
第2章 星明かりと瑠璃唐草
153/507

32-4

 アスパラガスの肉巻きと、細かく叩いて味噌や日本酒などを加えたアジのなめろうをそれぞれ大皿に盛り付けた。いんげん豆の胡麻和えは小鉢で、炊きたての真っ白なご飯と熱々の玉葱入り味噌汁を合わせた本日の献立。

 平穏に始まったはずの夕食は、お茶会の話から雲行きが怪しくなった。


「――と言うことで、俺とアリカは明後日からいないからな」


 淡々と説明して、目の前のトシヤが味噌汁をすすった。

 亜莉香は湯呑に手を伸ばして、お茶を飲みながら一同の様子をちらりと見る。

 隣のユシアと、その向かいに座っていたトウゴは驚き過ぎて、アスパラガスの肉巻きに手を伸ばしたままトシヤを凝視した。トウゴの膝の上でもぐもぐと、両手でおにぎりを口に頬張っていたフルーヴは話を理解していなくて、入口から一番遠い誕生日席と言える場所に座るピヴワヌは黙ってご飯を食べる。

 家の中では、ピヴワヌとフルーヴは人の姿をしていることが多い。

 ユシアの隣のルカは静かにアジのなめろうをご飯に乗せて、入口近くでトウゴの隣に座っているルイは茶碗と箸を持ったまま不満げに口を尖らせる。


「今からでも、馬鹿領主の息子の首を絞めて来ようか?」

「まだ朝の件を根に持っているだろ?」

「当たり前でしょう?それにしても、明後日に出発して祭りに参加するなんて馬鹿なの?わざわざ行く必要ある?トシヤくんがはっきりと断れば良かったのに」

「最初は断ろうとしたけどさ」


 歯切れの悪い返答をして、トシヤの味噌汁のお椀をテーブルに置いた。

 ルイがそれ以上追及する前に、静止していたユシアとトウゴが動き出す。どちらも箸を置いて、身を乗り出すように叫ぶ。


「ちょっと、待って!明後日からアリカちゃんがいなくちゃ、誰がご飯作るの!」

「そうだ!誰がユシアの癇癪を止めるんだよ!」

「トウゴ!!」

「すいません、間違えました!」


 流れるように膝の上のフルーヴを横に置き、身を引いて謝罪したトウゴは頭を下げた。わざと怒らせようとしているようにしか思えない言動に、フルーヴが首を傾げる。


「どうしたの?」

「フルーヴ、ちょっとこっち来られますか?」

「うん!」


 半分ほどのおにぎりを持ったまま、フルーヴはトシヤとピヴワヌの後ろを回って亜莉香の元へやって来た。ちょこんと膝の上に座ってから、またもぐもぐと食べ始める。

 トウゴが姿勢を戻して、ルイは真面目に問う。


「トシヤくん。断ろうとしたけど、セレストに行こうとした理由があるの?」

「まあ、な」

「はっきり言いなさいよ」

「…俺の家族が、いるかもしれないだろ?」


 箸と茶碗を持ちながら、視線を上げずに言った。

 しんと静まり返った部屋に、トシヤは慌てて顔を上げて言葉を続ける。


「会えるとは思ってないからな。機会があったら、一度くらいセレストに行ってみたいと思っていたぐらいで、顔も覚えてないから期待はしてない」

「でも、会いたいとは思っているのでしょう?」


 畳みかけるようなユシアの質問に、トシヤは微かに頷いた。


「もしかしたらセレストに俺の家族がいるとトウゴに話を聞いた時から、ずっと心に引っかかっていて。会えるなら、会って話をしてみたい」


 ごめん、とトシヤは小さく謝った。

 何か言いたそうなトウゴが口を開いて、何も言えずに口を閉ざす。静かに食事を再開したトシヤとトウゴを見比べて、ユシアは頬を膨らませた。


「誰に謝ったかはどうでもいいけど、この家にちゃんと帰って来なさいよ」

「それは当たり前だろ?」

「なら、いいわ。トシヤの言い分は聞いたから、アリカちゃんの気持ちは?」


 フルーヴが逃げ出さないように腕を回していた亜莉香は、真っ直ぐな瞳で見つめられて瞬きを繰り返した。


「私の気持ち?」

「領主の息子であるシンヤ様に逆らえなかったから行く、なんておかしいわ。行きたくないなら行かなくていいの。無理してない?」

「無理はしてないよ?」


 心配してくれるユシアに嘘は言いたくないが、護人であることは言えない。フルーヴを抱きしめる力を少しだけ込めて微笑む。


「私には知らないことが多すぎるから、何事も経験かなと。知らない土地は興味があるし、水花祭りは楽しそうだなって」


 その傍ら、瑞の護人である透やリリアを探してみよう。

 待っているだけは嫌だ。見つからなくても、透は夏までに帰って来ると約束した。透ならリリアのことも知っていて、あの場所も知っているに違いない。

 前に進めた気がすれば、黙っていたピヴワヌが口を開く。


「儂は一緒に行かないが、まあ祭りを楽しんで来るだけなら行って来ればいい」

「精霊様の許しが出たから、行くのは決定だね」

「そうかもしれないけど…ルカも何か言って!」


 反対はしていないが、何か言いたくて仕方がないユシアの視線がルカに移った。

 なめろうを食べ続けるルカは手を止めず、平然と言う。


「俺も付いて行く」

「ああ、ルカも付いて行く…て、なんですって!?」

「アリカとトシヤが行くなら、俺も付いて行く」

「二度も言わないで!」


 一人だけ騒がしくなったユシアは耳を塞ぐように頭を抱えた。


「勝手に話を大きくしないでよ!そうしたら…この家に残るは私とトウゴとルイの三人になるの!?」

「いやいや、ルカが行くなら僕も勿論行くよね」

「私とトウゴの二人!!そんなの絶対に嫌よ!!」

「俺も嫌だよ」


 本気の本音が零れたトウゴを、ユシアは思いっきり睨んだ。

 予想外の展開になったのは亜莉香も同じで、改めて確認を込めてルカとルイを見る。


「ルカさんとルイさんも、一緒に行ってくれるのですか?」

「そのつもり」

「お前ら、仕事はいいのか?」

「元々、最初はお手伝いだったからね。暫くいなくても何とかなると思うから、明日になったら急いで話をしてみるよ」


 驚いたトシヤの疑問に、ルイは問題ないと言ってのけた。


「明後日に出発なら、明日の朝一で準備を始めれば間に合うはず。一番の問題は、僕がいない間のトウゴくんの監視役かな。トウゴくん、誰に監視されたい?」

「そんな軽く言われても――女の子の方が嬉しいです」


 遠慮がちに小さく挙手したトウゴに、冷ややかな視線が集まった。

 トウゴらしいと言えば済んでしまう言葉に、ルイは視線を下げて静かに考え始める。トウゴがそっと手を下げて、トシヤが低い声を出した。


「真面目に答えるな」

「質問されたから、俺は返しただけだろ」

「最低ね」


 ぼそぼそと言い返したトウゴに、はっきりとユシアは言って箸を動かした。

 話を聞いていたピヴワヌが食べ終わり、湯呑に入ったお茶に手を伸ばす。


「おい、ルイ。どうせ街の中で気配が消えないように見張るだけの、監視役の代わりを探しているのだろう?」

「え…ああ、うん。何かあった時に、すぐに動ける人が必要かな」

「それくらいなら、儂が引き受けてやる」

「可愛い女の子は!」


 がたっとテーブルに手をついたトウゴに、ピヴワヌが呆れた顔をした。


「可愛い女の子ならフルーヴがいるではないか」

「フルーヴは幼すぎて」

「幼くなかったらいいのかよ」

「そもそも精霊である前提は問題ないのかな?」

「見境ないな」

「最低ね」


 若干引いたトシヤと首を傾げたルイ、素っ気ないルカの後に軽蔑するユシアの言葉が続いて、反論を遮られたトウゴが撃沈した。

 話はそろそろまとまったのだろう。

 途中で名前を呼ばれたフルーヴは、ごっくんと最後の一口を食べ終える。

 おにぎりでべたついた両手を広げたまま、不思議そうな顔で亜莉香を振り返った。何も分かっていない純粋無垢な青い瞳に、思わず優しく頭を撫でた。フルーヴは嬉しそうな顔をして、小さな素手でなめろうを掴もうとする。

 その直後、亜莉香とピヴワヌは全力で声を上げた。

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