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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
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04-1 数多団欒

 乾杯、とユシアが言って、亜莉香は酒を一口飲んだ。


 その後は意識が朦朧として、よく覚えていない。トシヤやユシアが慌てていたり、トウゴが笑っていたりしていた気がしたが、詳しい記憶が無い。

 どうなったのだろう、と重たい瞼を開けて、ゆっくりと起き上がる。


 いつの間にか布団の中で眠っていた。隣にあるのはぬいぐるみが散乱している誰もいないベッドで、部屋の中には他に箪笥と、小さな丸椅子とセットの鏡台。窓は二つあり、カーテンが閉まっている。窓の外は明るいようで、部屋の中も仄かに明るい。壁の色は少し黄色を帯びた薄い灰色で、天井は明るい茶色の木材。床は畳の和室に見える部屋を亜莉香は見渡した。


「ここは…?」


 誰もいない部屋で、亜莉香は首を傾げながら呟いた。

 酒を飲んだところまでは記憶があるのに、その後のことがどうやっても思い出せない。亜莉香の部屋ではないのは確かだ。考えられるのはユシアの部屋だけれど、本人がいない。


 どうしよう、と思いつつ、布団から出る。

 敷きっぱなしにしておくのは悪い。布団を畳み、ベッドの脇に置いた。

 立ち上がって、自分自身を見下ろした。制服姿は変わっていない。後ろで結んでいる黒い髪飾りは寝ていても取れなかったようで、髪はぼさぼさだけど一つ結びのまま。部屋にある鏡台の鏡を見たいところだけど、鏡の前に鮮やかな花柄の布が被せてあり、下手に触りたくない。

 仕方なく、一度髪飾りを取ってから、手で髪をとかしてまた一つに結び直す。

 髪を結ぶと一日が始まった気がして、深く息を吐いた。


「さて、本当にどうしよう」


 これからのことを考えながら、亜莉香は言った。

 昨日の話だと、午後からユシアに買い物に誘われていたが、出来ることならその前にシャワーを浴びたい。それが駄目なら顔だけでも洗いたい。

 どっちにしろ、このまま部屋に居座っても何も始まらない。


 よし、と気合を入れて、部屋の外に出た。


 そっと横に開けた扉の先は、廊下。

 家の中は静まり返っているので、亜莉香は足音を立てないように、短い廊下を進む。左に曲がると階段があり、迷わず階段を下りた。階段を下りた先に、見たことのある木製の扉が二つあり、その反対側に茶の間の曇りガラスの扉があった。


 誰かいるかな、と思いながら、亜莉香はゆっくりと扉を開ける。


 ソファの上で、身体を丸めて眠っているユシアがいた。テーブルを挟んで、トシヤは自分の腕を枕にして、座ったまま寝ている。トウゴは、とその姿を探せば、カウンターの奥で横になっている誰かの足が見えた。


「なんであんな場所で寝ているのだろう…」


 素直な感想を呟き、亜莉香は半分まで開けた扉の前で立ち尽くす。

 時計の針は朝の六時を指し、朝早いと言えば早い時間。勝手に起こすのは気が引けて、だからと言って先程までいた部屋に戻る気にはなれない。


 うーん、と考えていると、後ろで扉が開く音がした。振り返った亜莉香と、ルイが部屋から出てきたのはほぼ同時。木製の扉の一つから出てきたルイが、にっこりと笑う。


「おはよう、アリカさん。何しているの?」

「おはようございます。えっと…何をすればいいのか考えていたところで」


 小さな声で返した亜莉香の様子に、ルイは何か察した顔になった。静かに亜莉香の傍にやって来て、茶の間の中を覗く。


「見事に潰れているね。アリカさんは、お酒飲まなかったの?」

「私は、一口飲んでから意識がなくて。さっきまで上で寝ていたので」


 段々と小さくなった言葉に、なるほど、とルイは呟いて、茶の間の扉をそっと閉めた。どうするのだろう、と亜莉香がルイの様子を伺うと、目が合って微笑む。


「まだ三人共起きないと思うから、先にお風呂場を借りた方がいいよ。お風呂場分かる?あと、着替えとかタオルは持っている?」

「えっと…何も持っていなくて。お風呂場もどこにあるのか」

「まあ、僕達も最初に来た時、説明なかったから。今のアリカさんの不安な気持ちが分かるかも。そこまで不安にならなくても大丈夫だよ」

「…そんなに不安そうな顔になっていますか?」


 自覚していなかったことを言われて遠慮がちに尋ねれば、ルイは小さく頷いた。


「少し、そんな風に見えたかな。とりあえず、簡単に案内するよ」


 こっち、と言いながら歩き出したルイの後を、亜莉香は慌てて追う。


「茶の間の向かい二部屋は応接室だけど、今は僕とルカが使わせてもらっている。その奥に洗面所とお手洗いがあって、一番奥の扉が書庫。書庫は鍵がかかっていて、立ち入り禁止だよ」


 階段を通り過ぎて、奥の廊下に進む。

 男女別のお手洗いとその間にある洗面所は説明だけで通り過ぎ、ルイは一番奥の扉の前で立ち止まった。木製の扉だけど、ルカとルイが使っている応接室の扉より、重々しく様々な花が彫ってある。


「ここ、開かなくてさ。アリカさんも試してみる?」

「いえ、大丈夫です」

「そう?もし鍵を見つけて開けられたら、僕に教えてね。ルカは本が好きだから、中の書庫が気になるみたいでさ。僕も少し気になっているんだ」


 片目を閉じて見せたルイが言い、後ろにいた亜莉香を追い越して、また一歩先を歩き出す。来た道を戻りながら、亜莉香は訊ねる。


「あの書庫の鍵は、誰が持っているのですか?」

「誰も持っていないよ。と言うより、この家に鍵は必要ないとも言えるかな」


 ルイの言葉の意味が分からず、亜莉香は首を傾げる。全く意味が分かっていない亜莉香の様子を盗み見したルイは階段のところまで戻り、今度は二階に向かった。

 階段を上りながら、説明は続く。


「この家、色んな結界が働いていてね。家の主、今はトシヤくんとトウゴくん、ユシアさんの三人のうちの誰かが主で、その主の許可がないと、招かれざる客は家に入れない。この家に害を為すものは家を見つけることすら出来ない。書庫は物なのか、人なのかが鍵となって、条件が揃わないと開かない。とか、色々ね」

「そんなことも、結界で可能になるのですか?」

「家を建てる時に、組み込めば不可能ではないよ。でも、普通の家はここまで厳重な守りをしない。普通の家じゃないんだよ、この家は」


 それで、とルイが階段を上りきった。


「二階にあるのが、個人の部屋だよ。目が覚めたのは、どの部屋?」

「右手の奥です」

「ユシアさんの部屋だね。ちなみに、二階は部屋を使っている人の意思によって、入れたり入れなかったりするみたい。証明してみようか」


 ルイは迷わずユシアの部屋に向かう。

 扉に触れようとした途端、バチッと音がした。

 一瞬だけ、扉からルイの右手に向かって電気が走ったように見えた。右手を開いては閉じ、閉じては開いて見せたルイが、にっこりと笑っている。


「つまり、ユシアさんが許可していないから、僕はこの部屋に入れない。アリカさんなら部屋に入れると思うから、扉を開けてみてくれる?」

「え、でも…」

「いいから、いいから」


 少し強引に、ルイが亜莉香の背を押した。

 先程の現象を見ると、扉を開けるのが怖くも思えたが、ルイが引いてくれる気配がない。おそるおそる亜莉香は右手を伸ばす。

 そっと、扉に手が触れた。

 電気が走ることもなく、ほっと安心した亜莉香に、ルイが言う。


「大丈夫でしょう?触れられたなら、部屋に入れるよ。開けてみて」

「あ、はい」


 言われるがまま、扉を開ける。目が覚めた時の部屋が、扉を開けた先にあった。部屋の中を確認して振り返れば、ルイは一歩下がってにこにこと笑っている。


「証明出来たかな?」

「多分…はい」


 亜莉香はユシアの部屋の扉をしっかりと閉めた。後ろを振り返ると同時に、ルイは歩き出す。


「なら、二階の部屋を案内するね」

「お願いします」

「まず、階段の右手突き当たり、書庫の上にある部屋はユシアさんの部屋。その間にある扉がお風呂場。それで、階段を上がって正面の扉二つの、右がトシヤくんで、左がトウゴくんの部屋。ちなみに、トシヤくんの部屋は誰でも入れて、トウゴくんの部屋は誰でも入れるわけではないみたい」

「それも試したのですか?」


 ルイの後ろを歩きながら、尋ねた質問に答えはない。笑顔を浮かべているだけのルイの姿に、それ以上聞くのを止めた。それでね、とルイが軽い口調で口を開く。


「階段上がって左手の奥に、前の主の物置部屋があって、誰でも入れる。玄関の上は小さいベランダで、ここで洗濯物が干せる」


 ここで、と言って、ルイはベランダの前で立ち止まった。

 二枚の両開きの扉を開けると、朝日が眩しく亜莉香の顔を照らした。ガラス戸が嵌め込まれたベランダに入り、ルイは窓を開ける。


 温かい春の風が、亜莉香の頬を撫でた。

 窓の前まで進み、外の景色を眺める。

 静かで、のどかな住宅街。歩いたはずの道もあるのに、二階から見下ろす景色は別の景色。どの家も広い敷地に色とりどりの緑や花が溢れていた。


 どこかで、見たことがある。

 懐かしい、と昨日も感じた感情が蘇る。

 ずっと景色を見つめていると、涙が溢れそうになるくらい懐かしくて、嬉しい気持ちになった。来たことがない場所のはずなのに、そんなことはない、と考えてしまう気持ちもあって、違和感は増えるばかりだ。


 亜莉香は胸の前まで持って来た両手をぎゅっと握りしめた。

 立ち尽くす亜莉香に、さて、とルイが言う。


「簡単な案内はこれくらい。今、タオルとか持って来るから、ちょっと待っていて」

「…はい」


 頷いた亜莉香が振り返ると、ルイは足取り軽くその場から去って行った。ルイの背中を見送ってから、もう一度景色を眺める。


「どうして、こんなに懐かしいの?」


 答えのない問いを呟き、亜莉香は目の前の景色を目に焼き付けることしか出来なかった。

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