表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
14/507

03-4

 蹴飛ばされたトウゴを放置して、トシヤは四人分の味噌汁を用意した。

 亜莉香も手伝おうとしたが、ユシアに抱きしめられたまま動けず、何も手伝えないまま夕飯の用意は整った。いつの間にか復活したトウゴはトシヤの隣に座り、何もなかったかのような声を上げる。


「うわー、今日は豪華だね」

「「喋るな」」

「これくらい言わせてよ!」


 トシヤとユシアに同時に言われ、トウゴが頬を膨らませる。

 はあ、と息をついたトウゴが手を合わせて、それに倣うかのようにトシヤとユシアも手を合わせた。慌てて亜莉香も手を合わせれば、今度は三人が一斉に言う。


「「「いただきます」」」

「いただき、ます」


 揃って言った三人よりワンテンポ遅れて、亜莉香も小さく言った。

 自分で作った料理に特に何も感想を抱かない亜莉香と違って、ユシアとトウゴは騒がしい。ご飯を食べながら、二人の口は塞がらない。


「いやー、本当に美味いわ。トシヤの作る野菜炒めとは大違い」

「そうよね。トシヤは焦がすか生焼けが基本だし、野菜炒め以外作らないし。アリカちゃんの手料理は本当に美味しいわ」

「悪かったな、料理が下手で」


 静かに食べていたトシヤがぼそっと言うが、トウゴとユシアの耳には届かない。


「味噌汁なんて、爺さんも作らなかったよな」

「作らなかったわね。私は時々出前で先生と食べたことあるけど、その出前よりもこっちの方が好き。アリカちゃん、夕飯を作ってくれてありがとう」


 突然お礼を言われて、口に入れていた箸が止まった。お礼を言われ慣れていなくて、少し顔が赤くなりながら、亜莉香小さく首を横に振る。


「いえ、私の方がありがとうございます。一緒にご飯を食べさせてくださって」

「もう、そんなこと気にしなくていいのに!アリカちゃんの面倒は私が見るから。そう言えば、アリカちゃんは何歳?」

「私ですか?私は十五です」

「そうなの?じゃあ、私と同い年ね」


 同い年、と言われ、納得した。年が近そうだ、と思っていたのは当たっていた。ユシアから視線をトウゴに向け、ふと気になったのは、唯一年齢の知らないトウゴ。


「…トウゴさんは、えっと。トシヤさんの何歳年上ですか?」


 亜莉香の素朴な質問に、トシヤとユシアが同時に吹き出した。トウゴは悲しそうな顔になり、泣きそうな顔でもある。


「俺、そんなに老けて見える?」

「見えるわよ。本人気付いていなくても、老けて見えるわよ」

「ああ、間違いなく。おっさんだよ」


 腹を抱えながら笑うトシヤに、トウゴは頬を膨らませる。


「アリカちゃん、こいつは何歳に見える?」


 こいつ、と言って、ご飯を食べている途中のトシヤの肩を引き寄せたトウゴ。

 嫌そうな顔で睨むトシヤを気にしないトウゴの問いに、昼間話していたことを思い出す。


「えっと…私の二つ上、と聞きました」

「言うなよ!言わなきゃ、絶対年下に見えたのに!」


 騒ぐトウゴを、トシヤは無理やり引き離す。


「耳元で騒ぐな。トウゴは俺の一つ上、ちなみにルカは俺と同い年で、ルイは一つ下らしい。年上だからって敬語じゃなくていいから。ユシアなんて、敬語を使った試しがない」

「だって、使う必要ないでしょう?」


 何か問題が、と言う表情のユシアに、トシヤは口を閉ざす。だからね、とユシアが亜莉香の方を、目を輝かせながら振り返る。


「敬語なしでお話ししましょう!駄目?」


 子犬のような眼差しで問われ、うぅ、と亜莉香は唸る。

 同世代の友達は少なく、敬語なしで話していた人は一人しかいなかった。ユシアは同い年でも、トシヤやトウゴは年上で敬語は外したくない。

 えっと、と申し訳なさそうに口を開く。


「慣れるまではこのままで、では駄目ですか?努力はしますので」


 段々と声は小さくなったが、亜莉香はじっとユシアの顔を見つめた。

 今度はユシアの方が、言葉を詰まらせて唸る。


「友達だから敬語なしで話して欲しいけど、でも友達のお願いは断りにくいわね。うぅ、どうしましょう」

「そこまで深く考えるなよ。アリカ、敬語あってもなくても、どっちでもいいから」


 トシヤの言葉に、ほっと亜莉香は息を吐く。

 分かったわ、と少し残念そうなユシアが箸を取り、卵焼きに手を伸ばす。


「でも、やっぱり早く敬語をなくして欲しいわ。友達なら、そういうものなのでしょう?」

「その定義は、俺よく分からないけど。友達の形は色々だろうし、これから仲良くなっていけば問題ないと思うけどね」


 味噌汁を飲みながら言ったトウゴの真面目な回答に、トシヤとユシアが目を見開く。


「トウゴ、頭でも打ったか」

「美味しい食べ物を食べて、頭も平常になったのかしら?」

「んん?俺、今いいこと言ったよね?」


 三人の掛け合いが面白くて、亜莉香は声を上げずに笑った。

 笑い出した亜莉香の姿にユシアが微笑み、ねえ、と話しかける。


「アリカちゃんは明日も暇?午後から、私と一緒にお買い物しましょう!」

「あ、でもその前に。働いてお金を貯めないと…」

「大丈夫、生活に必要なものを買いに行くだけ。お金は心配しなくていいから。ね、いいでしょう?」


 ユシアの勢いに押され、亜莉香は小さく頷く。やった、と声を上げたユシアに、トシヤが少し考えた。


「それなら…午前中は家にいた方がいいかもな。俺も仕事あるし、街の案内出来そうにない。午後からはユシアが買い物ついでに案内すればいい」

「あら、トシヤは午後から私達の買い物の荷物持ちをしてよ。問題あるかしら?」

「ないけど」


 答えたトシヤは本心とは裏腹に何か言いたそうな顔だった。けれどもユシアの態度から逆らえない何かを悟ったようで、口応えはしない。

 はいはい、とトウゴが挙手して注目を集める。


「俺も一緒に荷物持ちしましょうか!?」

「仕事しろよ」

「仕事しなさいよ」

「…ですよね」


 突き放すような口調のトシヤとユシアに、トウゴは分かっていたと言いたげな、悲しそうな顔になった。

 それは一瞬で、じゃあ、と明るく話し出す。


「アリカちゃんは、これから仕事探しするわけでしょ?」

「出来れば…はい」


 具体的なことは思い浮かべられないが、お金は必要だと思った。今日食べた分の食費やお世話になる分のお金は返したい。

 ならさ、とトウゴが楽しそうに言う。


「仕事の希望がなければ、俺の働く喫茶店で一緒に働いちゃう?アリカちゃんは何でも似合いそうだから、接客でもキッチンでも、俺が手とり足とり――」

「それはないわね」

「ないな」

「――俺に対してだけ、冷たくない!」


 トウゴが喚くが、トシヤもユシアも聞き流した。

 トウゴには申し訳ないが、接客は出来そうになくて、ごめんなさい、と小さく亜莉香は返した。その返答で、トウゴが、がっくし、と言いながら、一人落胆する。

 困っている亜莉香の表情を見て、トシヤが食器を片付けながら、立ち上がる。


「仕事の話は、明日以降でいいだろ。今日は疲れているだろうし、ユシア部屋に案内しろよ」

「えー、まだここでお話しするの。それに、私トシヤに聞きたいことがあったのよね」


 何故か低くなったユシアの声に、トシヤの動きが止まる。

 亜莉香が静かに自分の食べた食器を重ねる横で、ユシアは肘をテーブルの上に置き、笑顔を浮かべていた。決して目を合わせようとはしないトシヤに、ユシアは言う。


「最初はトシヤがアリカちゃんを連れて来るなんて、思いもしなかったし。連れて来て、仲良くなれたことには感謝しているのよ。でもね、どうしてトシヤがアリカちゃんをおんぶしていたの?」

「へえ、そんなことが――」

「トウゴは黙って」

「はい」


 ユシアの一言で、トウゴは姿勢を正し、口を閉ざした。トシヤは動けないまま必死に考えているようで、亜莉香が慌てて話し出す。


「あれは、私が腰を抜かして動けなかったせいで」

「へえ、腰を抜かすほど怖い思いをしてしまった、と」


 悟ったように、ユシアはトシヤから視線を放さずに言った。トシヤは何を言っても無理だと思っているのか、口を閉じたままだ。

 ユシアが深く大きなため息をついた。


「トシヤが人様を傷つけるとは、思っていないわよ。ただ、もうちょっと気を付けなさい。面倒事、起こさないでよ」


 面倒事、と言う言葉が、自分自身に当てはまった気がした。無意識に亜莉香の口を開く。


「その面倒事が、私なんかですみません」

「え…なんでアリカちゃんが落ち込むの!そんなつもりで言ってないわ!」


 否定されても、一度当てはまると考えを変えられない。

 面倒をかけないように、と思えば思う程、これから先が不安になってしまう。皆に迷惑をかけないように、どうすればいいのか分からない。

 あまりに落ち込む亜莉香と、必死に言葉を訂正するユシアに、トシヤが軽口をたたく。


「ユシア、アリカを苛めるなよ」

「苛めてないわ!あー、もう!!アリカちゃん、泣かないで!!!」

「…泣いてはいないのですが」


 これくらいでは泣かない、と思いながら、亜莉香が顔を上げると、一瞬だけトウゴと目が合った。任せろ、と言わんばかりの表情で、トウゴが口を開く。


「嫌なことがあったら、やっぱり酒だよな!」

「違うだろ」

「そうね!今日は、アリカちゃんの歓迎も含めて、飲みましょう!」


 自棄になったユシアが、トシヤの言葉を無視して言った。トシヤは呆れ果て、背を向けて台所に歩き出す。そのトシヤの背中に向かって、ユシアが叫ぶ。


「トシヤ!トウゴが買って来たお酒を持って来て!」

「全部!」

「…酔っぱらったお前らの相手は面倒くさいのに」


 盛り上がる二人に、トシヤは呟いた。

 戸惑っているのは亜莉香だけで、ユシアとトウゴは酒と言う単語を連呼し始めた。トシヤは深いため息をついて、振り返って言う。


「用意するから少し待て。先にテーブルの上を片付ける!」

「「はーい」」


 トシヤの命令に、ユシアもトウゴも素直に従う。どうしようか、少し悩んだ亜莉香は、ユシアの食器を自分の食器と重ねて、立ち上がった。

 亜莉香の行動に少し驚いて、ユシアが言う。


「食器なら、重ねて置けばトシヤが片付けるわよ?」

「いえ。何もしないのは悪いので、トシヤさんを手伝います」


 亜莉香は食器を持って、トシヤの方へ向かう。ルカとルイの食器、それからトシヤが運んだトシヤとトウゴの食器の傍に食器を置く。

 トシヤは台所で冷蔵庫を開けて、一人悩んでいた。


「どうかしましたか?」

「あ、いや。大したことじゃないけど、あいつら酒と一緒につまみを用意しないと、五月蠅くなるから」

「おつまみ、ですか?」


 どうしようかな、と呟くトシヤ。すでに一度没収した酒と人数分のグラスはお盆の上に乗っている。おつまみ、と聞いて、何も思い浮かばない。

 あの、と遠慮がちに、亜莉香は声をかける。


「普段のおつまみは、何を食べているのですか?」

「普段?漬物を出していたけど、それは一昨日なくなった」


 一昨日、桜の花びらの件か、と悟り、亜莉香は一人納得した。漬物なら、と口を開く。


「野菜スティックはどうですか?野菜を切って、ソースを作るだけです」

「それでもいいけど、ソースって作るのは難しい?」

「マヨネーズだけでもいいですし、ケチャップや山葵を少し混ぜたりしても美味しいです」


 それなら、とトシヤが台所のスペースを空けた。


「俺が作るより、アリカが作った方が早いだろ?その間に洗い物を終わらせるから」


 はい、と頷いて、亜莉香は胡瓜と人参、大根を適当な大きさに切った。

 野菜を切る亜莉香の隣で、洗い物を始めたトシヤが問う。


「アリカは酒強い方?」

「どうでしょうか。飲んだことがないので」


 そもそも未成年はお酒が買えなかったので、と言う言葉は、思い浮かんだが言わない。


「飲んだことがないなら、無理だと思ったらすぐに飲むのを止めろよ。多分、あの二人は飲み始めたら酔っても飲み続けるから」

「そんなに飲むのですか?」


 亜莉香の疑問に、トシヤは深く頷く。


「途中で酒を水に変えても気付かないぐらい、すぐに酔って喋り続ける」

「そう、なのですね」


 想像出来るような、出来ないような光景だと思った。

 お酒がなくても、ユシアとトウゴはすでに二人で盛り上がっている。その延長線上だろうな、と予想しながら、亜莉香は野菜を切るのに集中した。


 野菜を切り終わり、棚から大きな皿を取り出す。一緒に小さな皿も取り出し、その中に二種類のソースを作る。亜莉香がおつまみを作り終わるのと、トシヤが洗い物を終えるのは、ほぼ同じタイミングだった。

 お酒とおつまみを持って来た亜莉香とトシヤを見て、ユシアは羨ましそうに言う。


「いいなー、トシヤ。アリカちゃんと仲良くて」

「なら、手伝え」

「嫌、料理の担当はトシヤだもん」

「そうそう、俺らは食べる専門。ちなみに今日の酒のつまみの話は、トシヤの子供の頃から今までを振り返るということで!一晩中語ろうぜ!」


 親指を立てて、トウゴはウインクをした。トシヤは持っていたお盆から酒とグラスをテーブルの上に置き、迷わずお盆でトウゴの頭を叩いた。

 殴った音が響くが、トウゴは頭を殴られても笑顔を浮かべている。


「これくらいなら、余裕」

「なら、もう一発いくか。てか、なんで俺の話だよ。自分のことを語れ」

「語っていいなら、それでもいいけど!」


 騒ぎ出したトウゴを無視して、トシヤは自分の席に戻る。おつまみをテーブルの上に置いて、亜莉香も元の席に座った。待っていました、と言わんばかりのユシアが、テーブルの上に置かれたグラスの一つを亜莉香に差し出す。


「はい、アリアちゃん。飲みましょうね」

「あ、はい…」


 ね、とユシアに同意を求められて、亜莉香は素直に頷けなかった。

 少しだけ、と思っていたのに、ユシアは並々とお酒を注ぐ。騒いでいたトウゴとトシヤのグラスにも酒を注ぎ、全員にお酒が行き渡ったのを確認して、それでは、とグラスを掲げた。


「アリカちゃんがこの家に来たことに――乾杯!」


 乾杯、と言う言葉と同時に、ユシアとトウゴは持っていたグラスの中のお酒を飲み干した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ