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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
139/507

29-2

 このまま外にいても仕方がない。さてどうするかと相談していると、トウゴの髪の中からもぞもぞと青い精霊が飛び出した。

 トウゴの周りをくるくると回る。

 誰にも相手にしてもらえないと悟って、亜莉香を見つけた。蛍のようにふわふわと浮いて、伸ばした右手の指先に止まった。

 数秒じっとした後に、可愛らしい女の子の声で喚く。


「あっつい!」

「えっと…ごめんなさい」

「あつい。あついよぉ」


 泣きそうな青い精霊は、小刻みに震えるが離れない。

 普通に返事をしてしまったことに今更気が付けば、右手で閉じた瞳を隠すルカが何も見ていないと物語る表情をしていた。ルイは興味深く瞬きを繰り返して、キサギに至っては最早言葉を失い気絶しそうである。

 唯一、平然としていたルイが亜莉香を見ずに訊ねる。


「精霊、いるよね?」

「いますね。声が聞こえましたか?」

「聞こえたね。おかしいな。なんでこんなにはっきり見えて聞こえるかな?」


 腕を組んで、ルイは青い精霊に顔を近づける。


「僕の声は聞こえているかな?」

「聞こえているの!それよりあついの!」

「離れればいいのですよ?」


 当たり前のことを言えば、嫌々と身体を震わせた。うぬぬ、と唸ったかと思うと、精霊の光が強くなって指先がひんやりと冷たくなった。

 川の水のような冷たさが全身に流れて、少しずつ高くなっていた体温を下げる。亜莉香の身体は僅かに淡い白と青の混じった光に包まれ、瞬く間に掠り傷が消えていく。感じていた痛みやだるさが薄れて、疲労と眠気まで吹き飛んだ。

 驚いた亜莉香に、青い精霊は怒った口調で話す。


「もう!ばか!」

「…ありがとうございます」

「あつかったの!」


 ふふん、と息を吐くと、満足したようだ。機嫌よく鼻歌を歌い出す。

 その間に軽く全身を確認すれば、脇腹の痛みもなくなって、着物に滲みそうだった血の痕まで消えていた。便利だと言いそうになった言葉を飲み込んで、キサギに声をかけて下ろしてもらうことにする。

 青い精霊は浮いて、ルイの肩に乗り移った。

 ルイは青い精霊と目を合わせて、不思議そうに質問する。


「時々、トウゴくんの傍に居たよね?」

「うん!」

「なんで僕にもこんなにはっきりと姿が見えるの?」

「分かんない!」


 とても楽しそうな青い精霊の声に、ようやく現実を認め始めたルカは目蓋の上の右手を外す。青い精霊を見て、普通に会話しているルイを見て、若干引いた声を出す。


「…なんで普通に話せる?」

「普通に聞こえるからでしょう?ルカこそ、驚き過ぎじゃない?」

「いや…だって…神社の兎みたいに力の強い精霊とは違うだろ?力の強い精霊が姿を変えて、人前に現れることはあったとしても、普通は見えない存在だろ?」

「それであれは大丈夫だったのか」


 しどろもどろになったルカに、ルイは小さく呟いた。

 あれ呼ばわりされたピヴワヌは今頃くしゃみをしているかもしれない。青い精霊はルカの言葉を理解していないが、興味対象が変わった。

 ルイの肩から飛び上がり、驚くルカの瞳を覗き込む。

 おろおろするルカの姿がお気に召したようだ。近付いては離れて、くるくると楽しそうにルカの周りを回り出した。遊ばれているとも言える様子を、ルイは助けようとはしない。状況を把握できていないキサギが心なしか一歩下がって、自分の足で立った亜莉香の傍に寄った。

 青い精霊には背を向けて、ルイが真面目に訊ねる。


「あの精霊が、強い精霊かどうか分かる?」

「それは分かりませんが、見た目は他の精霊と一緒です。ルイさんにはあの子しか見えていませんか?」

「見えない。他にも近くにいる?」

「そうですね…」


 空を見上げると、赤い精霊が風に乗って横切った。

 何かを目で追う亜莉香に倣い、両手を首の後ろに当ててルイも空を見上げる。お互い無言でいる間に、他の精霊の姿も見つけたが、ルイの反応はなかった。

 一応確認を込めて、亜莉香は目を凝らしていたルイに微笑む。


「どうですか?」

「綺麗な夜空だね。今の僕にはっきり見えるのが、あの精霊だけだとよく分かったよ」

「私達の身に何か起こった、と言うよりは、精霊の力だと思います。ピヴワヌ曰くですが、精霊は姿を見せることも隠すことも可能だったと」

「そのはずだけど、あの精霊は何も考えていなさそうだと思うのは僕だけかな?」

「いえ、私もそう思います」


 冷静に分析し始めた亜莉香は右肘を左手で支えて、右手を口元に寄せた。腕を組んだルイから視線を下げて、地面を見つめて考える。


「元々、トウゴさんの傍に居た精霊です。今までは姿を見せないようにしていただけで、本来見せようと思えば姿を見せられたのではないでしょうか?」

「どうだろう?僕が時々見かけた時は、その姿は一瞬だった。力の強い精霊なら、人前に現れることはあるけど――」


 唸ったルイが言葉を止めて、亜莉香は顔を上げた。


「けど?」

「うーん…力の強い精霊は人の前に姿を現す時、別の姿を取るものである。あの姿で、見て話が出来る話は聞いたことがなかったからさ。ちょっと不思議で」


 前半は何かの書物の一部を抜粋したような話し方だった。

 あの、を強調したルイが後ろを振り返る。

 ルカに遊んでもらっているのか。ルカが遊ばれているのか。どちらとも思える光景で、青い精霊は嬉しそうだったが、ルカは少し疲れ始めていた。

 ルカと青い精霊を見守るルイは優しい眼差しで、ゆっくりと話し出す。


「まあ。害はないから、別に問題はないとも言えるけどね。不思議な精霊だとは思う」

「ルカさん懐かれましたね」

「昔から、ルカは精霊に好かれる体質なのは知っていたよ」


 ルイの何とも言えない表情を盗み見て、亜莉香の口角が上がった。

 話に加われなかったキサギは一部始終を見ていて、素直に気持ちを吐き出す。


「あの…目の前の状況は、ガランスでの常識なのでしょうか?」


 ほぼ同時にキサギを振り返って、亜莉香とルイは視線を交わす。そんなことはない、と亜莉香が否定するより前に、ルイはにやりと笑った。


「よくあることだね」

「…え?」

「もしかしたら、これから喋る兎も出てくるかもしれない。驚いて悲鳴を上げると呪われるから、気を付けた方がいいかもしれないよ」


 腕を組んで頷きながら、ルイはこれが当然のように語った。

 喋る兎とはピヴワヌのことで、キサギの前に姿を現す可能性がないとも言えなかった。亜莉香の傍に居る限り、ひょんなことで姿を見せそうな予感はある。

 ただ、呪うことはしないだろうし、させない。

 顔が引きつって怯えたキサギが気の毒で、亜莉香はため息交じりに言う。


「ルイさん、それくらいにして下さいね」


 亜莉香にじっと見られて、ルイは可愛く舌を出した。

 すぐに視線をルカに戻しつつ、どこか遠くを見つめて呟く。


「前のアリカさんだったら、一緒に信じたのに」

「ピヴワヌに関しては、私が手綱を握っているつもりですので」


 亜莉香の言い分は軽く聞き流されて、ルイがルカの元へ歩き出す。キサギに冗談だと伝えれば、あからさまに安心していた。

 青い精霊は遊ぶのをやめて、亜莉香の方へやって来る。

 亜莉香も踏み出して、右手を伸ばす。


 その瞬間、青い精霊の光は爽やかな空の色になった。

 瞬く間に地面に光の線が現れて、青い精霊と亜莉香が収まる大きさの花が描かれる。状況は亜莉香が結界を作った時と似ているが、咲き誇る青い花の中心は白い光で、可憐な丸みを帯びた花びらの外側に行くほど濃い青だ。


 瑠璃唐草の紋章の光が眩しい。

 地面から放たれる光に、目を瞑りたくなる。それでも必死に足に力を込めて、前を見据える。右手で光を遮ると、光の中心で蜃気楼のように人影が揺れた。

 その人影は片膝をついて、地面に片手をつけていた。

 青い靴紐のスニーカーはくたびれていて、黒の長ズボンを穿いている。白シャツの上に水色の前開きパーカーを羽織って、パーカーに付いているフードで顔を隠していた。

 その姿を見間違うことはない。

 こんな所で会えるとは、考えもしなかった。


「――透?」


 小さく亜莉香が名前を呼べば、顔を上げた幼馴染は笑みを零した。

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