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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
129/507

27-3

「ふはは、見たか我が力!」


 ルイの肩の上でふんぞり返っているピヴワヌの姿に、亜莉香は言葉を失った。


「…こんな予定ではなかったのですよ」

「だろうな」


 片手で目を覆っていたルカが呆れ、呆然と身体が止まっていたルイを眺めた。少しずつ状況を把握しているルイはゆっくりと武器を下ろして、目の前にいるトウゴを見下ろす。

 眩い光はすでに消えて、月明かりが辺りを照らす。

 とても苦しそうに、トウゴは胸を押さえて息を乱していた。僅かに震えている身体の自由は奪ったのかもしれないが、やり過ぎを感じずにはいられない。

 心底満足なのはピヴワヌだけで、調子に乗って話し出す。


「禁術で闇と繋がっておる限り、精霊の持つ光はさぞ苦しかろうな。全く、儂は力を温存しておきたかったと言うのに、我が主の命なら仕方あるまい」

「それ、本当に命じられたの?」

「勿論だ!だから儂は華麗に参上したのだ!」


 ピヴワヌが大きく頷いて、ルイが亜莉香を振り返った。思いっきり首を横に振れば、憐れむような視線を送られた。それはルカも同じで、二人の視線に居心地が悪い。

 これ以上の大事にならないことを祈っていると、ルイがピヴワヌに視線を移す。


「それより、禁術って何?」

「この男が厄介な契約をしていてだな、その話だ」

「うわー、またとんでもない話が出て来たね。詳しく教えてくれない?」


 呑気にルイとピヴワヌが話し出して、亜莉香はルカにしか聞こえない音量で言う。


「トウゴさん放置で話し出してしまいましたよ」

「仕方がないだろ。トウゴはまだ動けない」


 確かに、と小さく頷く。

 あからさまに弱っているトウゴは顔を上げられない雰囲気で、僅かにしか瞳が開いていない。焦点も定まっておらず、それでも必死に掠れた声で問う。


「なんで…俺の邪魔をした?それに禁術のこともどうして――」

「質問ばかりしないでよ。僕が訊ねても、全然答えてくれなかったくせに」


 ルイに図星を言われて、トウゴが唇を噛みしめた。

 ピヴワヌとの話を中断されたルイはわざと大きなため息を零して、日本刀から足を引いてしゃがみ込む。ようやく顔を上げたトウゴと視線を合わせると、両手を頬に当てた。


「さっき話した通り、君が見捨てたアリカさんは君を連れ戻しに来た。その結果がこれ。これ以上は本人と話しなよ」

「本人…?」

「いるでしょ?そこに」


 そこに、と強調したルイが首だけを動かして亜莉香を見た。

 ゆっくりと体を起こしたトウゴの瞳に亜莉香の姿が映るまで数秒かかり、目が合って思わず微笑んだ。トウゴにまで届く声を上げるつもりはなかったが、お互いを認識するには十分だ。


 有り得ない、とトウゴの口から零れる。

 呆然と、信じられないものを見るトウゴの傍から、ルイがそっと離れた。

 不意にトウゴの周りに淡く赤い花びらがくるくると舞い上がって、その胸元に溶けて消えるように無くなった。

 もしかしたら、狭間で消えてしまったもう一枚の花びらだったのかもしれない。

 どうして花びらがと不思議そうに、ルイは花びらが現れた方向を見た。


「トウゴ!」


 聞き慣れた声に肩を震わせたトウゴが、今にも泣き出しそうな顔で固まった。

 見つかってしまったと言わんばかりに、小さな子供が叱られる前のような怯えた瞳で、階段を駆け上って鳥居の真下に現れたトシヤを振り返る。


「…トシヤ」

「この――!」


 息を切らしていたトシヤは怒った顔で、右手には日本刀を持って現れた。

 勢いよくトウゴの胸倉を左手で掴むと、そのまま頭突きをかます。咄嗟の対応の出来なかったトウゴの小さな悲鳴が上がった。

 あまりに痛そうな音に、ルイが一歩引いた。

 ルイの肩にいたピヴワヌは驚いて、思わず小さな手でルイの肩にしがみついた。

 トシヤはトウゴの着物を握ったまま、額の赤くなったトウゴを睨みつける。頭突きをして額が痛いはずなのに、そんな素振りを微塵も見せない。


「勝手に面倒事に巻き込まれるな!何か事情があるなら、さっさと話せ!何も言わずにお前がいなくなって、心配するこっちの身を考えたことがあるのか!!」


 怒りの収まらないトシヤの叫びに、トウゴが息を呑む。

 返事がなくても、トシヤは深いため息を吐き出す。


「お前に振り回されているのは慣れているけどな、今回みたいのはやめろよ。散々周りに迷惑かけて、後で色んな人に謝りに行かないといけないだろうが」

「なんで…一緒に謝るみたいに言うんだよ」


 絞り出すような声に、トシヤの眉間に皺が寄った。


「なんで、とかお前――」

「なんで俺を信じているみたいな言葉を言うんだよ」


 トウゴの瞳に涙が滲む。


「俺は…俺はずっと裏切っていたんだよ。何年も前からずっと嘘ばかりついて、本当のことは言わなかった。本当は…血の繋がっていない赤の他人に、信じてもらえる人間なんかじゃない」


 段々と小さくなった声に、トシヤは静かに左手を離した。そのまま腰を下ろしてしゃがみ込み、じっとトウゴの瞳を見つめる。

 視線を逸らしたトウゴに、ふっと笑みを零す。


「やっぱり、俺達兄弟じゃなかったのか」

「…ああ」

「でも今は家族だろ」


 突然知らされた事実に対してあまり驚くことはなく、トシヤは言った。


「家族だから、信じるのは当たり前だろ」


 さも当たり前の言葉に、トウゴの頬を伝って涙が落ちた。泣き顔を見られまいと顔を伏せても、ぽたぽたと雫が地面を濡らす。


「泣くことないだろ?」

「…」

「何か言えよ」


 静かに泣き始めたトウゴの頭に、呆れたトシヤが手を伸ばす。


「何か事情があったんだろ?色々気付けなくて、俺も悪かった。周りが何と言おうが、俺はトウゴを信じているからさ。お前が何の理由もなく誰かを傷つける奴じゃないことを分かっていると――わざわざ俺に言わせるな」


 途中でぶっきらぼうになって、少しだけ撫でた手を宙に上げる。

 そのまま垂直に、トシヤの左手はトウゴの頭部中心に振り下ろされた。


「――っい、たい!」

「トウゴ、本当に馬鹿だな」


 馬鹿野郎だと、トシヤはしみじみと繰り返した。

 涙が止まりかけたトウゴが、嗚咽の混ざった声で何度も謝る。本人が納得するまで謝罪を受け入れるトシヤは、泣き止むまで傍にいた。

 長い時間はかからない。

 必死にトウゴが涙を止めた時には、黒に近い焦げ茶の瞳と目が合った。

 微笑んだトシヤは袴に付いた埃を軽く払いながら立ち上がる。トウゴはすぐに立ち上がらない。日本刀を鞘に戻したトシヤが真っ直ぐな眼差しを向けて、迷うことなく右手を差し出した。


「帰ろうぜ」

「――え?」

「それとも、ここに残るか?」


 優しい表情のトシヤが、亜莉香の心の中で過去の記憶と重なった。

 トシヤは覚えていないはずなのに、前にも同じような光景を見た。あの時はもっと幼くて、トウゴの両親の元に向かって駆け出すために差し伸べられた手だった。

 状況は違うのに、変わらない仕草と言葉。

 言葉に詰まったトウゴがぎこちなく笑って、ゆっくりと首を横に振る。


「トシヤ…本当に変わらないな」


 小さく呟いたトウゴの震える手を、トシヤは力強く掴んで立ち上がらせた。

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