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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
127/507

27-1

 微かに赤と青の光を纏う武器が衝突して、亜莉香は木箱を抱きしめた。

 殺す気はないはずなのに、ルイの小刀は的確にトウゴの心臓や首元を狙う。その攻撃を日本刀で防ぎつつ、トウゴも同じように急所を狙って攻撃を仕掛けた。

 殺し合い、とも言える光景に足が震える。

 結界の傍に寄ったルカは、緊張した面立ちで言う。


「安心しろ。ルイが負けるわけがない。アリカは結界の中で大人しくしていろ」

「その通りだ。間違っても戦いに参加しようなど絶対に考えるな。儂らが結界の外に出たところで、足手まといにしかならんからな」

「分かっています」


 ピヴワヌにまで言われて、亜莉香は目の前の透明な結界を瞳に映した。

 攻撃されなければ安全な結界が白の光に包まれているとしたら、トウゴの姿は黒い闇。ルグトリスではないのに黒い光を纏うトウゴに目を向け、疑問を口に出す。


「ピヴワヌにはあの黒い光が見えますか?」

「見える。あれは闇の力だ」


 ピヴワヌが戦いを睨みつける。


「ルグトリスと同じく、闇に落ちかけているのではないか?」

「闇に落ちる、とは?」

「簡単に言えば、負の感情に囚われることだな。言っただろ?ルグトリスは悲しみや苦しみ、憎しみや嘆きの負の感情を集めて生まれた闇の存在。あの男もそれになりかけていて、闇に落ちてしまえば戻すのは困難になるぞ」


 アリカを振り返ってピヴワヌの瞳が、どうするのかと問いかける。

 答えるよりも早く、不意にルカが問う。


「なんでトウゴはそんなことになっているんだ?」

「それは…」


 どこまで、何を話すべきか。

 考えれば考える程に言葉は出なくて、視線が下がった。あからさまに困っている亜莉香の様子に、ルカは前を向く。


「やっぱり、アリカは何か知っているわけだ」


 両手にクナイを持ったまま、腕を組んだルカが結界に背中を預けた。結界を通り抜けることはなく、それ以上の質問はない。

 気遣ってくれることに感謝しつつ、今度は亜莉香の方から訊ねる。


「ルカさんは、結界の中に入らないのですか?」

「誰でもほいほい護人の作った結界の中に入れると思うか?」

「えっと…入れないのですか?」

「どんな結界でも抜けられるのは、緋の護人ぐらいだ。お主以外は、そう簡単に結界の中には入れん」


 呆れたピヴワヌの言葉に口ごもれば、張り詰めていた空気が少し和らいだ。

 周りに警戒をしつつも、亜莉香は木箱に視線を落とす。

 木箱は手に持っているだけで温かくて、花びらは中に消えてしまった。開けるタイミングを逃して持っているだけで、今すぐ木箱を開けるのも一つの選択肢。

 その選択を選ばずに、亜莉香は話し出す。


「私は…トウゴさんの過去の一部を見ました」


 ルカもピヴワヌも、何も言わずに耳を傾ける。


「一部ですから、記憶は断片的でした。これからの話は私の憶測も混じりますが、トウゴさんは両親のことを心の底から愛していていました。兄弟はいなくて、両親と三人で幸せな日々を過ごしていたのです」


 一呼吸置いて、でも、と続ける。


「幼い頃から魔力が強くて、ルグトリスに狙われていたそうです。そんな時に、トシヤさんと出会いました。別の土地に移動する途中で、まだ十歳にも満たない子供も戦闘に混じって、トウゴさんの両親は――いなくなりました」


 曖昧な言葉でも、ルカにはその意味が伝わった。


「…そうか」

「ここからが重要な話になりますが」


 前置きをして、ルカを見つめる。


「戦いが終わった後に、一人の老人が現れました。その人はトウゴさんを器と呼び、無理やり契約を結びました」

「契約?」


 呟いたルカが、驚いた顔で勢いよく振り返った。


「待て、その契約が今のトウゴの状態と関係あるのか?」

「察しがいいな。契約の内容であれになると思えば、その契約が普通ではないことも分かるであろうな?」

「…禁術か?」


 一瞬の間があった。信じられないと言わんばかりのルカに、亜莉香は小さく頷く。


「契約を結んだ日から、トウゴさんは逆らう術がなかったのです。どうやらトシヤさんは契約を弾いたらしく、そのための監視も命じられていたみたいで」

「兄と名乗ったのは、監視しやすい立場にいるためだったのかもしれんな」

「私は違うと思います」


 瞳を軽く伏せて、過去を思い出す。

 馬車の中で交わした会話。お互いにルグトリスに狙われやすくて、年が近くて、魔法が得意で、血が繋がっていない。あんな悲惨な出来事が起こっていなかったら、皆で幸せに暮らしていたかもしれない。


 両親の代わりにはならないけど、あの場に残った誰よりも家族に近い存在。

 守りたいと思ったから、トウゴは契約を交わした。


「トシヤさんとは、本当に家族になりたいと思ったのではないでしょうか。監視なら別の方法だってあったはずなのに、兄と名乗ったのは離れたくなかったからだと思いました」


 想像するしかないトウゴの気持ちに、反論はなかった。

 眉間に皺を寄せたルカが、話を元に戻す。


「どっちにしろ、禁術は厄介だな。解く方法なんて、俺もルイも知らない。トウゴの気配がいつもと違うから何かあるとは思っていたが、禁術となると俺達は手の出しようがない」

「下手に手を出せば、こちらもただでは済まないからな」


 考え始めたルカとピヴワヌを見比べて、亜莉香はおそるおそる右手を上げた。


「一つ、いいですか?」

「なんだ?」

「護人の力なら、その禁術を解くことは出来ますか?」


 突拍子もない提案に、ルカは瞬きを繰り返した。亜莉香の考えを即座に読み取ったピヴワヌが小さな手を額に当てると、じっと見定めるような視線を向ける。


「想涙花の力を使って、自らの封印を無理やり解くつもりか?」

「はい。想涙花に魔力を底上げする力があるなら、私の魔力も同じことが可能かと」

「不可能ではないだろうが、無理やり封印を解くのは反動があるかも分からん。それに禁術の解き方を知っているわけでもない。そもそも、想涙花をどうやって手に入れるのだ?」

「トウゴさんから手に入れる方法は、ピヴワヌに任せます」

「また無茶ぶりを言うようになったな」


 口を尖らせつつも、出来ないとは言わなかった。嫌だとも言わなかった。命令ではなくお願いのつもりだったが、盛大なため息を零してピヴワヌは戦っているトウゴを瞳に映す。

 ピヴワヌは言われた通り、トウゴから想涙花を奪うだろう。

 禁術を解いたら、トウゴを縛るものはなくなる。生きたいと願ったトウゴを死なせるつもりなどない。例え、トウゴ自身が死を覚悟していても。

 戦いに視線を向けた亜莉香に、勝手に話が進んで置いていかれたルカが慌てて尋ねる。


「あのさ。色々聞きたいことはあるけど…想涙花は希少で、確かに魔力を底上げる幻の花とも言われている。それをトウゴが持っているみたいだけど、それを手に入れたとしてアリカがそこまでしなくても――」

「これは私の我が儘ですよ」


 ルカの言葉を遮って、亜莉香の静かな声が響いた。


「想涙花の力を借りても、私の封印が解ける保証もなければ、禁術を解く保証もない。そんなことして、意味はないのかもしれません」


 それでも、と胸に秘めた決意と共に笑み零す。


「このまま立ち止まるのは嫌なのです」

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