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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
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23-4

 店主が戻って来ると、宣言通りに亜莉香とユシアは歩き出した。

 はぐれないとは思うが手を繋いで、後ろは決して振り返らない。数メートル後ろにいるトシヤとルイ、キサギの三人がユシアを説得して皆で回ろう、と異議を唱えたが、それは意味がなかった。

 二人がいいの、と有無を言わせなかったユシアは強かった。最初は少し回って露店に戻って来る話だったが、話し合いの途中で店主が戻って来て、男組は一定の距離を置いて付いて来ている。

 スキップをしそうなくらい嬉しそうに、ユシアは話し出す。


「私、友達と祭りを回るのが夢だったのよね」

「私で良かったの?」

「当たり前じゃない。それに、あの場に居たら、もっとルイにヤキモチをしてしまいそうで、逃げ出したかったの」


 素直な本音に、亜莉香は納得した。


「ルイさんは本当に可愛いよね、男だけど」

「そうなのよね。ムカつくほど可愛いのよね。隣にいたら男の視線はルイに注がれるくらい可愛いけど、男なのよ」


 同じことを言い、同時に笑い出す。

 前を見ながら、ユシアは吹っ切れた顔になった。


「後ろには、美少女と取り巻きの男二人がいるのね。絶対に振り返らないわ」

「私も振り返らない。振り返ったら、絶対に気になっちゃうから」


 お互いに頷き合う。ユシアは少し話を変えた。


「折角ならルカもいれば、こっちはいい男と女二人だったのよね。ルイの傍にルカがいないのは珍しいけど、具合でも悪かったの?」

「ううん…ちょっと用事があって、神社の舞が終わったら合流するの」


 姫巫女として舞うことは言わず、事実だけを述べる。まさかルカが姫巫女として舞うとは思わないユシアは、用事に付いては追及しなかった。


「そうだったのね。舞は観たことないのよね」

「それなら、一緒に行かない?」


 興味がない、と前に言っていた。

 そうだとしても、折角のルカの舞を見て欲しい。


「今年の舞は、凄く綺麗だと思う。私も観たことがないけど、そう聞いたから。ユシアさんと一緒に観られたら凄く嬉しい」

「アリカちゃんに誘われたら、私は断りづらいのよ」


 うふふ、とユシアが笑い声を押さえる。


「何だか、今日のアリカちゃんはいつもより楽しそうで、嬉しそうに見えるわ」

「そう…かな?」


 実感はないが、言われれば楽しくて、嬉しくて仕方がない。

 どこが、何がとはっきりとは分からない。気持ちが落ち着かなくて、唸りながら亜莉香は空いていた右手を口元に持っていった。


「ずっと…今日を楽しみにしていたからかな」


 自信なく言って、話ながら気持ちを整理する。


「私、祭りに行ったことがなかったから。いつもは祭りがあっても遠巻きに眺めて、自分とは縁遠いものだと思っていた」


 もう遠い昔に思える過去を、思い出そうとした。

 両親の顔は曖昧な記憶で、よく思い出せない。鮮明に思い出せるのは親友だった少年のことだけで、それ以外の人の記憶は忘れてしまった。

 断片的な記憶しか、もう残っていない。

 今の幸せを、噛みしめる。


「祭りは、友達や家族と行くもので、一人では行けないと思い込んでいたの。だからいつも家に籠って、必要最低限しか外には出なかった。今年は皆と回れるのが楽しくて、嬉しくて――とても幸せだと思う」


 こんな幸せがあるなんて、知らなかった。

 誰かと一緒にいるのが当たり前だなんて、考えたこともなかった。傍に居てくれる人達がいて、笑い合う日々が来るなんて信じてなかった。

 握っていたユシアの手の力が、少しだけ強くなる。

 隣を見れば何故か泣き出しそうな顔で、ユシアが必死に耐えている。


「私は、忘れてないわよ。最初に会った時に言ったこと」

「え?」

「アリカちゃんのことは、私が一生面倒みるの。友達として、家族として、縁を切るつもりはないわ」


 言葉が心に染みこんだ。涙が滲んだのは亜莉香で、同時に笑いも込み上げてきた。


「私、ユシアさんに出会えて幸せ者だな」

「それなら私こそ、アリカちゃんと出会って幸せなの。世界が広がったの。昔なんて、友達と祭りを回れる日が来るなんて思いもしなかった」


 昔、の単語で、ふとトシヤとルイとの会話を思い出した。


「昔と言えば、小さい頃はヤタさんも一緒に、トシヤさんとトウゴさんも一緒に祭りを回ったこともあった?」

「あったわよ。それも、面白い話があるわ」


 にやりと笑ったユシアが、人差し指を口元に寄せた。


「これは内緒よ」


 実はね、と声を潜める。


「トシヤとトウゴが最初にこの祭りに参加した時に、迷子になったの」

「迷子?」

「そうよ。私と先生が途中で怪我人を見つけて立ち止まった間に、最初にトウゴがいなくなって、そのトウゴを探しにトシヤまでいなくなってしまったの」


 当時のことを思い出しながら、ユシアは心底楽しそうに言う。


「そうしたら、どこにいたと思う?」

「どこにいたの?」

「神社の階段の途中で、トシヤが大泣きしていたの。何でもトウゴを追いかけている最中に階段で滑って、転びそうになったところをトウゴに助けられて、代わりにトウゴが頭を打って気を失って。気が動転して、泣いて騒いで、おかげで私と先生は迷子の二人を見つけたわけだけど」


 ほんの一瞬だけユシアがトシヤを振り返って、また前を向く。


「その当時のこと、トシヤは一生の不覚と思っているのよ」

「子供だったのだから、仕方ないのでは?」

「それまで私と先生を警戒してトウゴにしか心を開こうとしなかった奴が、この件で泣き顔を見られると言う恥を晒して、暫く部屋に引きこもりました」


 ほっこりする話に、亜莉香は微笑む。


「なるほど、そんなことが」

「その一件からトシヤとは関わるようになって…いつの間にか四人で回ることはなくなったのよね。先生が仕事で忙しい日もあって、私は一人が嫌で先生の傍にいて。トシヤもトウゴも一人で出歩いて、トシヤはいつの間にか知り合いを増やして、トウゴはあんな風に知らない女と――」


 トウゴに似ている人だと思って、ユシアと同じ人物を目で追った。

 数メートル先を通り過ぎたトウゴと、その隣にいた女性に亜莉香の目が釘付けになる。予想外の本人の登場に足が止まり、ユシアは驚きの声を出す。


「うわ、また女と一緒にいたわね」


 呆れ返ったユシアの声が、耳を通り過ぎる。

 見覚えのある、真っ白な雪のような腰まで伸びた髪。亜麻色の瞳には強い意思が宿り、どこにでもいるような花柄の着物を身に纏った、儚さを持つ女性。

 ユシアを殺そうとした名も知らない女性が、笑っているトウゴの隣にいた。


「…なんで」


 とても小さく、亜莉香の声が零れた。

 追いかけたい衝動に駆られたが、足は竦んで動かなかった。

 心臓が五月蠅いくらい鳴り響いて、心の中で警告が発する。近づいてはいけないと、関わってはいけないと思うのに、頭から離れない。


 どうして、トウゴと一緒にいたのか。

 どうして、まだこの街にいるのか。


 急に頭が痛くなって、ユシアと掴んでいた手を緩める。ずるずると亜莉香がしゃがみ込めば、ユシアが慌てて名前を呼んだ。


「アリカちゃん!?」

「ごめんなさい…食べ過ぎて、気持ちが悪い」


 本当のことを、ユシアには言えない。心配してくれる声に、何も答えられない。

 女性の姿の本当の姿が、ユシアには見えていたのだろうか。また前回のように別人に見えていたのではないか。考え始めたら、顔色は青白くなる。

 隣にしゃがみ込んだユシアが、背中をさする。


 嫌な予感がして、身体が震えた。

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