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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
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03-1

 数分後。休憩時間が終わる、と騒ぐトウゴと別れた。


 市場で注目を浴びていた。買い物はせずに逃げるように、亜莉香とトシヤはその場を去り、裏路地を通って街の外れの方へ歩く。


 街の外れ、市場と路地裏を通り抜けた先の道は、一軒家の家が立ち並ぶ住宅街。

 どの家も煉瓦造りで、二階建てまたは平屋で庭の付いた広い敷地。住宅街の道は市場とも裏路地とも違い、暖かな日差しが降り注いでいる。道の両端に一定の距離で咲き誇る桜の木は見頃で、人通りは少ないが穏やかだ。

 同じ住宅は一つもない。庭がある新築のような住宅もあれば、年季の入った金属の門の付いた住宅もある。それらが集まって、統一感のある住宅街が広がっていた。


 懐かしい、と感じた。

 初めての場所のはずなのに、来たことのない場所なのに。


 感じた感情に戸惑い、黙ってトシヤの横を歩いていた亜莉香は立ち止まった。立ち止まった亜莉香に気付き、トシヤが振り返る。


「どうかした?」

「あ、いえ。ただ…綺麗だな、と」


 綺麗、とも思った。それ以上に懐かしかったが、気のせいだと思い込む。


「こんな場所もあるのですね」

「こっちは静かな方だから、朝や夕方じゃなければ人は少ない。市場に店を持っている人やそこで働く人は、その近くに家があることが多いけど、そっちは狭くて夜遅くまで騒がしい。そう言うのが嫌な人とか、静かな時間を持ちたい人が街外れに家を持っているわけ」


 トシヤが亜莉香と同じ景色を見ながら言った。


 こっち、と言ってトシヤが歩き出し、亜莉香は置いて行かれないように追いかける。市場で離れそうになったせいか、トシヤは歩幅を合わせて横を歩くようにしている。

 隣を歩くのに慣れないながらも、亜莉香は歩きながら問う。


「ルカさんとルイさんが来るまでは、ずっと三人で住んでいたのですか?」

「いや、もう一人。俺達三人を育ててくれた爺さんがいたけど、仕事が忙しい人で、ここ数年は家に帰って来なかった。ルカとルイが来る前から、職場でもある診療所で暮らしている」


 診療所、と聞いて、思い浮かぶのはユシアがいた診療所。


「さっきの診療所ですか?」

「そう。さっきは会えなかったけど、あそこの診療所の医者で、ユシアの先生が、俺らの住んでいる家の本当の持ち主、俺らの育ての親。それで、俺らが住む家がここ」


 ここ、と言って、トシヤが一軒家の前で立ち止まる。

 五人が住んでいる、と聞いていた家は、木製の小さな門を越えた先にあった。垣根で囲まれ、煉瓦造りの家は周りの家と変わらないが、深い赤い屋根で白や薄い灰色の外壁。玄関の扉や窓枠が木製で、ひっそりと存在している。


「ここ、ですか?」

「そう。爺さんが二十年前に譲り受けた家で、一階に茶の間と台所と書庫と、ルカとルイが使っている応接室が二つ。二階に風呂場と、俺とトウゴとユシアのそれぞれの部屋と、爺さんの物置部屋がある」


 門を押したトシヤと共に、敷地に入る。

 敷地の中には小さな庭が備え付けられているが、雑草が茂っていた。奥には枝垂れ桜が植えてあり、桜は咲く手前。

 数段の階段を上り、玄関の扉の前でトシヤが立ち止まった。

 カチャ、とした鍵が開く音がした。

 鍵は挿していない。音がしてから、トシヤは玄関の扉を引いた。どうぞ、と勧められて、ゆっくりと亜莉香は家の中に入る。


 家に入ると、目の前に階段があった。玄関は広く、数人分の靴が並べられる。見た目は煉瓦造りだけど、家の中は木造。木の温もりを感じる床や壁。

 右手に曇りガラスの扉、左手には木製の扉が二つある。

 トシヤ草履を脱ぎ、家に上がった。倣うように亜莉香も靴を脱ぎ、揃えた後に向かった先は曇りガラスの扉。


「ユシアの部屋に勝手に入ると怒られるから、茶の間で待ってもらうことになるけど。それでいい?」

「はい」


 迷うことなく亜莉香が頷いて、トシヤが先に茶の間に入る。

 広い茶の間は庭に面した正面の壁の半分が、大きなガラスの張りの窓。窓を開ければそのまま庭に出ることが可能で、枝垂れ桜の木がよく見えた。

 真っ白なカーペットが敷いてあり、その上に六人が悠々と食事を出来る、高さの低い長方形の木製のテーブル。焦げ茶のソファがテーブルの近くに壁を背に置いてあり、部屋全体の壁の色は胡桃色。

 部屋の隅に暖炉があって、シンプルな時計と花の絵画が飾られていた。


「適当に座っていて」

「適当に…?」


 扉の前から進めない亜莉香と違って、トシヤは茶の間の奥、料理が出来るカウンター付の台所に足を踏み入れる。冷蔵庫から桃色の飲み物を取り出し、奥の棚からグラスを一つ取り出すと、飲み物を注ぐ。

 グラスを一つ持ったトシヤが亜莉香の元に戻り、首を傾げた。


「珍しいものでもあった?」

「いえ、特には?」

「だよな。はい、これ」


 手渡されたグラスを両手で受け取ると、甘い桃の匂いがした。

 口に含むと優しい桃の味がして、喉を潤す。


「美味しい」

「良かった。俺はこれから夕飯作るけど、アリカはユシアが帰って来るまで、そこのソファに座って待っていればいい。あとは自由に」


 自由に、と言われ困った亜莉香を置いて、トシヤは台所の方へ行った。同じ部屋の中にいるので、何かあれば声をかけられる。亜莉香は一人静かに、ソファの方へ移動して腰を落とした。

 トシヤの方をじっと見ているのは悪い気がして、窓の外に目を向ける。


 明るく晴天だった空は太陽が沈んでいる最中で、赤とオレンジの混ざった色に変わっていく。見知った空のはずなのに、いつもより綺麗に見える空。


 遠くに来てしまった、と思いながら、亜莉香は空を見つめていた。

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