22-5 Side利也
家に辿り着く前に、トシヤは待ち伏せしていたヨルに捕まった。
領主の屋敷から出た途端に付いて来いと言われて、二人で路地裏を歩く。朝早くて人通りは少ないが、路地裏はいつだって薄暗い。
黙って歩いていたヨルが、前を見ながら言う。
「悪いな、朝から捕まえて」
「別にいいけど…何か用事があったんだろ?」
「ルグトリスのこと、知っているよな?」
本題と言わんばかりに斬り込んだ質問に、トシヤは素直に答える。
「まあ」
「なら、このことも覚えておけよ。あいつらは護人の魔力に敏感だ。俺達リーヴル家や領主の関係者がよくルグトリスに出くわすのは、遠い昔に緋の護人の加護を受けた人間が血筋の始まりにいて、代々受け継がれているからだ」
驚いたトシヤが質問をする前に、ヨルは淡々と言う。
「ルグトリスはいつの時代も、護人を狙う。数年前に姫巫女に選ばれた女は、緋の護人じゃないかと噂された魔力の強い奴だった」
「…過去形、なのか?」
「死んだからな。貴族の嫌がらせが原因の自殺と表面上は公表して、実際はルグトリスに殺された」
何も言えないトシヤに目もくれず、ヨルは話を続ける。
「その女にシンヤは惚れていた」
「…え?」
「その女自身もシンヤに惹かれていたみたいだ。婚約者になるのも時間の問題だと、一部では有名な話になっていたらしい」
「嘘、だろ?」
「嘘じゃない。決して裕福とは言えない庶民の女だったが、姫巫女に選ばれた。舞の練習をしていたある朝、シンヤが会いに行ったら身体が冷たくなっていた」
ふと足が止まったトシヤに、ヨルが振り返る。
「けど、殺されたのがルグトリスのせいだとは――」
「ルグトリスの気配が残っていたと、シンヤ本人から話を聞いた。祭りの日が近づくにつれ、襲われる頻度が増えていたのは事実だったみたいだな。それは当時の警備隊の連中からも話を聞いた。ルグトリスの件を公にしないためにも、貴族の嫌がらせを死んだ理由にした。それもそれで事実だったからだ」
そして、と言ってヨルは空を見上げる。
「今回の姫巫女にルイが推薦したアリカも、その身に凄まじい魔力を宿している。例え魔力を感じ取れなくても、今日まで無事でいても。危険なのは祭りの当日。それぞれの土地の護人の力が強まる日であり、ルグトリスの力が増す日でもある」
「何だよ、それ…」
「そういう風に、この土地が存在するんだ。ルグトリスは闇を好むから、日中の行列は襲われる心配をしなくていい。あれだけの人目があって、襲われることはまずない」
ヨルの言葉が、トシヤの頭にすんなり入らない。
「問題は黄昏時から夜が明けるまでだ。俺も出来る限り協力するが、アリカから目を離すな。どこに危険が潜んで、狙われているか分からない」
「ちょ――っと、待ってくれ」
思考が追いつかなくて、トシヤは言った。
「そもそも、アリカの魔力は封印されているはずで――」
「封印されているはずなのに、精霊と契約したよな?」
トシヤの言葉を遮って、断定したヨルの声が路地裏に響いた。
「実際にその力を目にするまで、俺も半信半疑だった。魔力を封じられている状態であるにも関わらず精霊と契約を交わすなんて、火事場の馬鹿力でも不可能だ。そんな芸当はイオでも出来ない」
はっきりと言ったヨルが、少しだけ声を落とす。
「そんなことが出来るとしたら、護人しかない」
護人、言う単語がトシヤの心の奥で反響する。
そんなはずがない、と言い切れなかった。精霊の姿が見えて、話せて、契約を交わして。信じたくないのに、否定は出来ない。
視線を下げたトシヤの心情を読み取ったかのように、ヨルは言う。
「アリカが護人であることを認めろ、とは言わない。ただ事実として、これから話すことを知らなかったことにするな」
「何が言いたい?」
「今までの緋の護人は、魔力を封印されていることもなければ、戦えないこともなかった。リーヴル家には自分から足を運んで、自ら護人であると名乗っていた。何度も生まれ変わり、何度も現れていたけど」
けど、と間が空き、目を逸らせなかった。
「――いつも、若くして命を落としている」
静かなヨルの声に、周りの音が遠くなった。
やけに喉が渇いて、トシヤの声が掠れる。
「なんで?」
「理由なんて俺は知らない。知っているのは繰り返された、護人の過去だけだ」
それから、と言ったヨルがトシヤを指差す。
「その過去には、必ずお前がいた」
「…俺?」
訳が分からないトシヤに、腕を下ろしたヨルはしっかりと頷いて見せた。
「ここから先は、リーヴル家の本家しか知らない極秘事項だ」
「それを話していいのか?」
「イオには許可を取った。ルイはおそらく話そうとはしないから、俺が話す。話を聞いた上で、これからどう行動するか決めろ。護人ではないお前には、その選択肢がある」
僅かに、トシヤは首を縦に振る。
「分かった。何を選べばいいのか分からないが、話してくれ」
「護人は毎回姿形が変わるのは知っているよな?」
「前に聞いた」
「緋の護人は生まれ変わると言っても、いつも女だった。護人以外が生まれ変わることはないはずなのに、緋の護人はいつも同じ名前の男と一緒にいた」
背中に、嫌な汗が流れた。
ヨルの声が、はっきりと耳に届く。
「緋の護人は短命で、二十歳まで生きられれば長生きしたと言われている。護人と共に死ぬこともあれば、護人を看取ったこともあった男の名前は――」
風が髪を揺らして、ヨルの口元が動く。
「【トシヤ】」




