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Last Crown  作者: 香山 結月
第1章 月明かりと牡丹
103/507

22-2

 祭り前日の空は、晴天で青空が広がっていた。

 晴れ渡る空には薄く白い雲がゆっくりと流れて、小鳥がまとまって空を舞う。天気の良い空模様とは反対に、亜莉香の心には今にも雨が降りそうだ。


「なんで、こんなことに…」


 独り言に答える人はいなくて、ソファに座って膝を抱える。

 アンリの寝室の大きなソファに座ったまま、外の景色を眺めること早一時間。昼まで時間があって、アンリの寝室の中でやることがない。

 暇で仕方がないが、部屋を出ないように言われている。


「なんで、こんなことになったのかな」


 本日何度目か。

 途中で数えるのをやめた言葉を呟いて、大きなため息を零す。ずっと同じ体勢で、借りている薄い桃色で縦縞の着物に皺が付いた。顔を膝に埋めて、亜莉香は昨晩のことを思い出す。

 ルカが舞を舞うことを、ルイも承諾するところまでは良かった。問題はその後で、日中の姫巫女の話はどうするのか、トシヤに取り押さえられていたヨルが、おそらく興味本位からアンリに尋ねたこと。


 それが、予想外の事態に繋がった。


 何故か、意気揚々とルイは亜莉香を姫巫女に推薦した。

 呆然と、実感のない亜莉香とトシヤを置いて、話はどんどん進んでしまう。ルカもヨルも反対せずに、寧ろ賛成の声を上げた。アンリに至っては貴族から選ばなくて済み、尚且つこのまま自室で保護しておくことを提案される始末。

 途中で辞退しようと亜莉香が声を上げても、誰も聞き入れてくれなかった。

 基本は座っているだけ、それなら別の人にと抗議しても無駄だった。

 話が終わるなり、ヨルは与えられている客室に下がり、ルカとルイは強引にトシヤを引きずって部屋からいなくなった。置いて行かれた亜莉香が、アンリの部屋から出られるわけがない。領主の家の構造も把握していなくて、着替えもない。人に会わずに、家に帰れる自信はなくて、アンリと共に一晩過ごした。

 目を覚ました時には、アンリはすでに部屋に居なかった。

 部屋の中には使用人である女性がいて、朝食に軽いものを用意してくれた。

 亜莉香よりは年上でもまだ若く、とても物静かな雰囲気を醸し出していた。表情があまりなく、感情が読み取りにくい女性と話したのは数分で、基本的に会話は続かない。


 一人で大丈夫だと、言ったのは亜莉香だ。

 大丈夫だと言っても、素直に聞き入れては貰えなかった。一生懸命説得をして、女性は扉の前で待機していると言った後に、部屋から姿を消した。

 何かあればすぐ駆けつけてくれる使用人の女性ではなく、普通の話し相手が欲しい。誰でもいいのに、と考えていると、扉を二回叩く音がした。


「アリカ様、お客様がいらっしゃいました。ご案内してもよろしいでしょうか?」

「あ…はい、どうぞ」


 女性に曖昧な返事をして、亜莉香はソファから立ち上がった。

 お客様、と言われても思い浮かぶ人物がいない。亜莉香にわざわざ会いに来る人がいるのか、と考えながら、先に誰が来たのか名前を聞けば良かったと後悔する。

 無意識に背筋を伸ばして、夕焼け色の帯の前で両手をぎゅっと握った。

 緊張したのは取り越し苦労で、お客様と呼ばれた三人の顔を見て肩の力が抜ける。


「ユシアさん、トウゴさん…それに、キサギさんまで」

「えっと…何だか、凄いことになっているのね」

「やっほー、元気?」

「失礼します」


 驚きながらも笑みを零したユシアと、明るく片手を上げたトウゴ。その一歩後ろにいたキサギが礼儀正しくお辞儀をした。

 三人を部屋の中に招き、ソファに座るように勧める。

 ソファに四人は座れない。まずは部屋の中に常備してあるお茶の用意をしようとしたが、何も言わずに女性がお茶の用意を始めている。手伝おうと傍に行くが断られ、亜莉香の座る場所がないことを悟るなり、女性は一旦部屋から出て、椅子を軽々と持って戻って来た。

 仕事の早い人で、無駄口はない。余計な手出しをすれば邪魔になる。

 亜莉香はソファの近くに置かれた一人掛けの椅子に、大人しく腰下ろした。お茶を待ちながら、興味津々で部屋を見渡したトウゴが話し出す。


「それにしても、ここ寝室?広くない?」

「そう…ですね。広くて、私も最初は驚きました」

「いやー、こんな部屋で毎日過ごしてみたい。ここまで来るのに軽く案内されたけど、領主の家はやっぱり広いよな。うち何個分だよ、みたいな――」

「トウゴ、もう少し静かに出来ないの?」


 呆れているユシアに注意されて、トウゴは舌を出した。どんな場所でもいつも通りのトウゴに、亜莉香は微笑む。


「三人がいらっしゃるとは、思いもしませんでした」

「本当は私とキサギで来るつもりだったのよ。それなのにトウゴが途中で便乗して、一緒にここまでやって来たの」


 肩を落としてユシアが言い、隣に座っていたトウゴは明後日の方向を見る。

 ユシアを真ん中にして、トウゴとは反対側に座っていたキサギは、膝の上で持っていた風呂敷を広げた。中から出て来たのは木製の二重の重箱で、ゆっくりと蓋を開ける。

 綺麗に並んでいたのは、兎の形をした小さめの饅頭。

 一段目の重箱を、キサギの隣にいたユシアが引き受けて、膝の上に乗せる。二段目の重箱の中にも、それぞれ五つずつの色の違う饅頭。表情も違って見える兎の饅頭はあまりにも可愛らしくて、亜莉香は目を輝かせた。


「それは…お饅頭ですよね?」

「祭りの時期に出回る伝統菓子だそうです。私もユシアから教えてもらったのですが、良かったら後で召し上がって下さい」

「私に、ですか?」


 信じられなくて、亜莉香は饅頭から顔を上げて尋ねた。

 キサギは微笑み、ユシアは持っていた重箱を差し出した。


「私とキサギから、アリカちゃんへ。祭りが終わるまで家に帰れないなら、時間がある時に食べて。一つ一つは小さくて、味も全部違うから飽きないと思うわ」

「全部味が違うのですか?」

「一段目には、つぶあん、こしあん、白餡、黄身餡、胡麻餡。二段目には鶯餡、抹茶餡、芋餡、栗餡、林檎餡と、お店の方に伺いました」


 すらすらとキサギが述べた。

 何もしていないのに、わざわざここまで来てもらい、饅頭を貰うだけなのは気が引ける。受け取るのを迷っていた亜莉香を見て、ユシアは重箱をキサギに戻すと、キサギはそのまま重箱を元の風呂敷に包み直して、足音立てずに傍にいた女性に手渡す。

 女性はすでに紅茶の用意を終えていて、重箱を受け取った。

 慣れた動きで重箱は女性の手に渡り、どこかに持って行かれる前に亜莉香は提案する。


「あの…今、皆で食べませんか?」

「甘さ控えめだから、あれぐらい一人で食べられるわよ」

「そうそう。ユシアならあの量でも足りなくて、あの三倍は食べちゃうから。アリカちゃんなら丁度いい――っいてぇ!」


 女性から紅茶を配られたユシアが、肘でトウゴを突いた。痛がるトウゴの横で、ユシアは優雅に紅茶を口に運び、キサギは何も言わないことに決めて口を閉ざす。

 どんな時でも懲りないトウゴを眺めていると、女性が亜莉香にも紅茶のティーカップを差し出した。昨日とはまた違う、繊細な紫の花の絵が描かれたティーカップから、仄かに香った甘い金木犀の匂い。

 口に含めば癖はなく、すっきりとした味わいの紅茶。

 亜莉香は肩の力を抜いて、ユシアとキサギに微笑んだ。


「では、本当に有難く頂いてよろしいのですよね?」

「「どうぞ」」


 同時に嬉しそうに返事をされて、亜莉香は素直にお礼を言う。


「ありがとうござ――」

「はい!俺もお土産持って来たよ!」


 お礼の途中で、トウゴは挙手して大きな声を出した。

 深々と頭を下げようとしていた亜莉香は驚き、ぎこちなく顔を上げる。トウゴは視線を集めても気にせずに、一人楽しそうに胸元から一冊の本を取り出した。

 見覚えのある本の表紙に、亜莉香の目が釘付けになる。


「あれ、それって?」

「見覚えあるでしょ?」


 自信ありげに、トウゴは本の表紙を見せびらかした。

 受け取ったのは、歳時記の本。随分前に図書館で借りて、とても気に入っていた。綺麗で可愛い絵が描かれている絵本を手にして、亜莉香は本を確認する。

 表紙は図書館で借りた本より古びていて、中身は何度も読んだ跡があった。

 懐かしい、と思いながらページを捲る。

 両手を頭の後ろに回したトウゴは、ソファに深く背を預けて上機嫌に話し出す。


「前にアリカちゃんが気に入っていた本だと思って、古本だけど持って来たんだよねー」

「トウゴさんは記憶力が高いのですね」

「「それは、違う」」


 感心したキサギの言葉を、とても重いユシアと明るいトウゴの声が否定した。

 深いため息を零して、ユシアがティーカップを膝の上に置く。


「トウゴの記憶力が高いわけがないじゃない。出会った女の子の名前と特徴以外の記憶力なんて皆無。それにその本だって、どうせ昔に女から貰ったのよ」

「ユシア、よく分かっているな」

「素直に認めるのね」


 呆れ返ったユシアの隣で、トウゴがにやりと笑った。


「女の子からの貰い物を、俺が付き返すわけがないだろ。可愛い女の子なら尚更、いつどこでどんな子から貰ったのか、忘れられないんだよなー」

「その記憶力で、別のことを覚えなさいよ」

「いやいや、これ以上有効な使い方はない」


 黙って聞いていると、同じく成り行きを見守っていたキサギと目が合った。

 話しているユシアとトウゴは楽しくないのかもしれないが、話を聞いているのは面白い。それはキサギも同じようで、どちらかともなく小さく笑う。

 笑い声に気が付き、ユシアは振り返った。


「何?何かあったの?」

「いえ、ユシアさんとトウゴさんは本当に仲が良いと思いまして」

「うわー。そんなことを言われたら、鳥肌が立つよ」


 両腕で身体を抱き抱えるようにして、顔をしかめたトウゴが言った。少しでも離れようとするトウゴを、ユシアは勢いよく振り返る。


「こっちの台詞よ!」

「ほら、ユシアはすぐ怒る。俺が好きなのは大人しくて可愛い女の子なのに、ユシアは正反対だろ。女には程遠いよなー」

「何ですって!」

「キサギだって、そう思うだろ?」


 怒られているのに気にしないトウゴが、急に話を振った。

 キサギが答えるまで、少し間が空く。


「…そんなこともないとは思いますが」

「さっきの間は何よ!」

「この機会に、キサギも本音を言った方がいいぞー」


 キサギまで巻き込まれて、ユシアが叫びながら暴れ出す。キサギはユシアを押さえようとするが、トウゴは火に油を注ぐようなもの。

 騒がしい室内の空気に微笑み、亜莉香は紅茶を飲んで様子を見守ることにした。

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